サウンドスケープ観測システムの開発 Development of Sound Scape Observation System(1)

笹倉 豊喜(ささくら とよき)
(株)アクアサウンド 名誉会長
笹倉 豊喜

1. はじめに

 水中の音風景(サウンドスケープ)、それは音を聞くことによって水中の景色を想像してみる、夢のような話である。人間は水中に入れば無言で潜水を続けるしかないわけであるが、水中の生物たちは結構頻繁に音を発して、互いのコミュニケーションを行なっている。イルカたちはホイッスルというピューピューといった人間にも聞こえる音を発して、互いの存在確認や意思疎通を行なっている。魚たちの中にも音を発するものは意外に数が多く、自分の縄張りへの闖入者への威嚇であったり、時によっては異性への求愛の音を発生したりする。
 本論文では、海底に設置したサウンドスケープ録音機で水中の音を聞いてそれが何であるかをAI1)を用いて識別し、その結果を水中通信で海面のブイまで伝送し、さらにLPWAを用いて陸上に通信するシステムについて開発を行ったので述べる。

2. システムの概要と構成

 システムの概念図を図1に示す。海中音をリアルタイムで分類し、その結果を水中通信で通信ブイに伝送し、さらに空中通信で陸上局に送信しクラウドサーバーに蓄積する。このシステムは石西礁湖の海域に複数台設置され、多点観測によって音源の分布(サウンドスケープ)を可視化し、海域の利用者(漁業者やレジャー関係者)に配信する。

図1 システムの概念図
図1 システムの概念図

 ハードウェアの構成は、海底に設置する2台のサウンドスケープ録音機(以下SS録音機と略す)と海上に係留する1台の通信ブイからなる。
 SS録音機では、水中の音をSDカードに記録すると同時に10秒ごとに音源解析を行い、その結果を水中通信で海上の通信ブイに伝送する。水中通信はゴールドコード2)と呼ばれるM系列信号の1種である信号を用いて、雑音に強くまた混信にも強い水中通信を実現している。水中通信の伝達距離は1km以上を実現しており、その伝送成功率は80%以上であることが実海域実験で証明された。水中通信で伝送されたゴールドコードは、海上に係留した通信ブイ内部でゴールドコード相関器により検出され、検出された結果を今度はLPWAという空中通信の電波に乗せてクラウドサーバーまで転送している。図2にSS録音機4台と通信ブイ2台、2式の写真を示す。

図2 サウンドスケープ録音機2式
図2 サウンドスケープ録音機2式

 図3にシステムの構成を示す。ハイドロフォンで受信した水中音をSDカードに記録し、その音を10秒毎に切り出して音源解析を行う。音源解析は独自に開発した「AI画像識別モデル」というアルゴリズムを用い、10秒毎に音種識別の結果をゴールドコード通信部に送り水中通信で通信ブイに伝送する。通信ブイでは受信した信号をゴールドコード相関器を通して抽出し、その結果をLPWA通信部に送り空中通信でクラウドサーバーに10秒毎にアップロードする。

図3 システムの構成図
図3 システムの構成図

3. 音源分類アルゴリズム

図4 音源分類アルゴリズム
図4 音源分類アルゴリズム

 図4は音源分類アルゴリズムのフローチャートである。ハイドロホンで受信した水中音を10秒毎にフーリエ変換し、周波数毎に10秒の中央値を除去したスペクトログラム画像を作成する。その画像をあらかじめ教師データを学習させておいた分類処理ルーティンに入力し深層学習モデル3)により分類結果を得る。この音源識別モデルを「AI画像識別モデル」と名付けた。
 図5はドクウツボのスペクトログラム画像であるが、横軸は2秒分の時間軸、縦軸は60Hz〜20kHzの周波数軸である。このような画像を、最低40サンプル以上収集された音種から、52音種、計7775サンプル準備し、それを教師データとしている。52音種の内訳は表1及び表2に示すように生物音39音種、環境音2音種、人為音11音種である。
 PC上での52音種を用いた場合のアルゴリズムの検証の結果を図6に示した。52音種の音源分類の正解率は、93.2%(再現度: 93.1%, 適合度: 94.7%, F値: 93.9%)となった。図6に示した混合行列において、各行が真のクラスを、各列が予測されたクラスを、各要素中に記載されている数字がそのクラスに分類された音種の数を表している。図中右は音源分類の正解率・再現度・適合度・F値について、それぞれのクラスごとに示している。最下段は各値の平均値を示す。

図5 ドクウツボのスペクトログラム
図6 音源分類アルゴリズムの分類精度
図6 音源分類アルゴリズムの分類精度


次回に続く-



参考文献

  1. B.Benson,etal:Design of a low-cost, underwater acoustic modem for short-range sensor networks, OCEANS’10 IEEE SYDNEY.
  2. Robert Gold, Optimal binary sequences for spread spectrum multiplexing, IEEE Transaction on Information Theory, October 1967, pp.619-621.
  3. Szegedy, C., Liu, W., Jia, Y., Sermanet, P., Reed, S., Anguelov, D., Erhan, D., Vanhoucke, V. & Rabinovich, A. (2015), Going deeper with convolutions. In Proceedings of the IEEE conference on computer vision and pattern recognition,1-9.


【著者紹介】
笹倉 豊喜(ささくら とよき)
Toyoki Sasakura, Ph.D.
株式会社アクアサウンド 名誉会長

■略歴

  • 1973年古野電気株式会社入社
    同社在任中、主にソナー・魚探など超音波機器の開発に従事
  • 1984年戦艦大和探索に参加、東シナ海で発見
    舶用機器事業部開発部長を歴任
  • 1990年東京水産大学(現東京海洋大学)より水産学博士号授与
  • 1997年古野電気退社
  • 2010年東京海洋大学 客員研究員
  • 2012年株式会社アクアサウンド設立 代表取締役会長に就任(現在は非役員)
  • 2017年株式会社AquaFusion設立 代表取締役

現在に至る.

古野電気入社以来、一貫して魚群探知機、ソナーなどの水中超音波機器の研究開発に従事。2010年には東京海洋大学と共同開発で日本発小型ピンガー(超音波発信機で魚の体内に埋め込んで魚の行動を研究するデバイス)の開発に成功、現在多くの研究者が使用している。