インピーダンス・センシング向けアナログ・フロント・エンド技術
(Overview of analog front end technology for impedance sensing)(1)

渡邉 慶太郎(わたなべ けいたろう)
アナログ・デバイセズ(株)
インダストリアルビジネスグループ
渡邉 慶太郎

1. はじめに

 半導体技術の進歩により、測定対象物(Device Under Test; DUT)のインピーダンス測定、そしてDUTの特性変化の検知を目的とするインピーダンス・センシングはその応用範囲を広げている。本稿ではまずインピーダンスの測定手法を概観し、次いで最新半導体製品が可能とするインピーダンス測定/センシング・システムの構成と、その応用事例について紹介する。

2. インピーダンスとその測定手法

2.1. インピーダンスとその周波数特性

 インピーダンスは交流における電気の流れにくさを表す物理量であり、電気抵抗(実数軸のR)とリアクタンス(虚数軸のX)の和として複素平面上のベクトルで表現される(図1)。リアクタンスは容量性リアクタンス(=キャパシタンスXC)と誘導性リアクタンス(=インダクタンスXL)から構成される。

図1 インピーダンスの複素数表示
図1 インピーダンスの複素数表示

 電気抵抗の大きさは周波数によらず一定、キャパシタンスは周波数に反比例、インダクタンスは周波数に比例するが、現実世界においてインピーダンスは理想と異なる複雑な周波数特性を示す。
 例としてキャパシタの等価回路とその周波数特性を図2に示す。キャパシタンスCの周囲には、寄生成分として等価直列抵抗(ESR)、等価直列インダクタンス(ESL)、そして誘電体吸収の効果を反映するRDA, CDA、漏れ電流を反映する絶縁抵抗RPなど、様々な非理想性に起因する成分が存在する。結果としてキャパシタのインピーダンスは、自己共振周波数より低い周波数においては周波数が高くなるに従って減少するが、それより高い周波数では増加する。

図2 現実のキャパシタの電気的モデル(上)と周波数特性(下)
図2 現実のキャパシタの電気的モデル(上)と周波数特性(下)

 上に示したように現実に存在するDUTの電気的モデルは複雑な周波数特性を示すため、より現実に近いモデルを適用するためには、インピーダンスを複数の周波数で測定し周波数特性を得ることが必要である。

2.2. インピーダンスの測定手法

 インピーダンスの測定に適した機器や特徴は、測定周波数により異なる。以下に、現在広く用いられている代表的な測定機器とその手法、そして特徴の概要を示す。

測定機器 測定手法 適用周波数 特徴
周波数特性分析器(FRA) FRA法 10uHz – 1MHz 高確度だが周波数スイープ測定不可
FFTアナライザ FFT法 < 数百kHz 高速測定可能だが周波数分解能が低い
LCRメータ/インピーダンス・アナライザ 自動平衡ブリッジ法 1mHz – 100MHz 高確度かつ広いインピーダンスレンジでの測定可能
RF I-V法 1MHz – 数GHz 広帯域での測定可能
ベクトル・ネットワーク・アナライザ(VNA) ネットワーク解析法 100kHz – 数十GHz 周波数ごとの校正が必要
特性インピーダンスから離れた値で確度が低下する

表1 代表的なインピーダンス測定手法

 なお各測定手法の原理については紙幅の都合で割愛する。電子計測器各社のアプリケーション・ノートやセミナーにおいて解説がなされているので、必要に応じて活用いただきたい。

3. インピーダンス測定/センシング・システムの代表的なアプリケーション

 インピーダンスはDUTの電気的特性のひとつであり、DUTの成分や構造に起因する物理的性質を反映する。この特徴から、インピーダンス測定/センシングは様々な用途に応用されている(図3)。以下に、その代表例をいくつか紹介する。

図3 インピーダンス測定ならびにセンシングのアプリケーション(EDAはElectrodermal Activity; 皮膚電気活動)
図3 インピーダンス測定ならびにセンシングのアプリケーション
(EDAはElectrodermal Activity; 皮膚電気活動)

3.1. 生体インピーダンス法(Body Impedance Analysis; BIA)

 人体は、血液や組織液等の電解質と、脂肪や骨等の電気を通しにくい物質から構成されている。このことを利用して、インピーダンスの測定結果から人体の電気的モデルを求めることが可能である。BIAは非侵襲的でありながら、体組成分析から疾病診断まで幅広い用途に応用できる
 BIAでは、利用する人体モデルの複雑さによって、50 kHz程度の単一周波数でのインピーダンス(Single-frequency BIA; SF-BIA)または約1 kHz~1 MHzの複数周波数でのインピーダンス(Multi-frequency BIA; MF-BIA)が利用される。
 また、BIAは食品の品質測定や検査への応用も試みられている。魚の脂肪含有量を推定する装置が実用化されている他、冷凍による鮮度変化や果実の熟し具合、そして異物検知等への応用も学術的に検討されている。

3.2. 電気化学分析

 電気化学分析にはいくつかの手法があるが、電極間のインピーダンスの周波数特性を測定し電極において生じる化学反応の過程を把握する電気化学インピーダンス分光法(Electrochemical Impedance Spectroscopy; EIS)はその代表的なものの一つである。
 EISは研究開発用途で広く活用されており、リチウム・イオン・バッテリや今後の電池材料として期待される固体電解質等の特性評価、また金属材料の腐食等の評価に活用されている。また酵素や抗体などの生体物質を修飾した電極を用いることで、いわゆるバイオ・センサとして様々な有機物のセンシングにも用いられている。
 EISに用いる周波数は測定対象物によって大きく異なり、低周波数の場合はmHz程度から、高周波数の場合はMHzを超える場合もある。

3.3. 電子部品試験

 インピーダンスの測定は、抵抗、キャパシタ、インダクタといった受動部品や、トランジスタ・FETなどの能動部品等様々な部品の研究開発や量産試験に広く活用されている。研究開発用途では周波数スイープ可能なインピーダンス・アナライザ、量産時試験には各電子部品の規格に対応した周波数のインピーダンスを高速測定可能なLCRメータが用いられる場合が多い。
 電子部品試験に用いられる周波数はDUTと試験する特性によって大きく異なるが、一般的な電子機器に用いられる受動部品では、100Hz(キャパシタの容量測定) – 数百MHz(インダクタの自己共振周波数測定)程度である。
 一方、近年、モバイル通信、Wi-Fiなどの無線通信やUSB、PCI Expressなどの有線通信において、高データレートでの信号伝送のため高周波数帯の利用が拡大している。このことを背景として、各種部品やプリント基板等に対して、例として数GHzまでの広帯域の周波数特性を実測する要求も増加している。

3.4. インピーダンスを用いたCbM

 近年、状態基準保全(Condition based Maintenance; CbM)が次第に普及している。CbMとは、各種センサを用いて測定対象物を監視し、製品の劣化・故障の兆候を検知することで、不意のダウンタイムを削減するとともに保守作業を効率的に実施するための製品保全の手法である。
 CbMに活用し得るデータには、振動や音、温度、電流などが挙げられるが、インピーダンスもその1つである。ケーブルの断線検知・コネクタの嵌合検知から、電極やフィルタ等の劣化/故障検知、水位監視に至るまで、産業からインフラまでの広範なアプリケーションにおいてインピーダンスに基づくCbMが活用されることが期待される。このようなシステムにおいては、いわゆるラボ・グレードのインピーダンス測定装置ではなく、常時モニタリング可能を可能にする小型かつ経済的なソリューションが求められる。



次回に続く-





【著者紹介】
渡邉 慶太郎(わたなべ けいたろう)
アナログ・デバイセズ株式会社
インダストリアルビジネスグループ インスツルメンツ
シニアフィールドアプリケーションエンジニア

■略歴

  • 2015年3月東北大学理学部 卒業
  • 2017年3月東北大学大学院理学研究科 博士前期課程修了(修士(理学))
  • 2017年4月アナログ・デバイセズ(株)(米国Analog Devices, Inc. 日本法人)入社
  • 以降フィールドアプリケーションエンジニアとして、主に電子計測器市場向け各種ミックスド・シグナルIC及びモノリシック・マイクロ波IC(MMIC)のアプリケーションサポートに従事。
    2020年より、マイクロウェーブ展(MWE)実行委員会展示委員。