微粒子可視化技術を用いた評価手法 ~飛沫を題材に~(1)

古川 太郎(ふるかわ たろう)
新日本空調(株)
ソリューション事業部
事業部長
古川 太郎

1.はじめに

 微粒子可視化技術の開発は、数十年前、当時世界からの猛追を受けていた半導体業界の環境改善活動をきっかけに始まった。その後、微粒子の付着・混入が品質不良や歩留まり悪化に直結するような、例えば製薬や液晶パネルや精密機器の工場などで活用されるようになり、粉じんやオイルミストなど安全衛生上の課題を抱えた自動車工場や大型プラントでも可視化技術の導入が進んだ。ここ何年かは、コロナ感染による健康被害への関心の高まりを受け、さまざまな業界団体から飛沫の挙動や対策に関する評価依頼を受けてきた。流行りのバーチャルや計算ではなく、リアルの現象を高感度に捉える微粒子可視化技術は、適用範囲の拡大とともに求められる社会的役割も大きくなっているように感じる。

2.微粒子の散乱光

 太陽高度が低くなる冬の寒い朝に、カーテンの隙間から太陽光が射しこんできて、たくさんのホコリが照らされているのを見てうんざりすることがある。これは、薄暗い部屋の中で、強い直射光で照らされたホコリから発生する散乱光を可視化していることに他ならない。端的に言えば、微粒子可視化技術とは、微粒子からの散乱光を映像化する技術である。
 微粒子の可視化といえば、空間に強い光を照射して、その光を粒子が通過する際に発生する微弱な散乱光を、カメラで撮影して映像化するのが一般的であり、可視化システムは、照明・カメラ・画像処理の3つで構成されることが多い。「太陽光でホコリ」の事例では、太陽光・目・脳がそれぞれの役目を負っている。

図1 微粒子可視化撮影のイメージ
図1 微粒子可視化撮影のイメージ

 微粒子可視化の原理は極めてシンプルであるが、粒子が小さくなるほど映像化するのが難しくなる。図2は粒子の大きさと散乱光の強度の関係を両対数グラフで示したものである。球形粒子にレーザ光を照射したときの、170°方向へ散乱した光の相対的な強度を計算で求めたものである。図に示している通り、粒径が小さくなるにつれて、散乱光の強さが弱くなることが分かる。例えば、0.1マイクロメートルからの散乱光は、10マイクロメートルのそれの100万分の1しかない。文字通りけた違いに弱いということを示している。
 さきほどの「太陽光でホコリ」の事例では、部屋が明るくなったり、太陽光が雲にかくれて薄曇りになったりするとホコリが見えなくなるが、微粒子可視化技術には、どのような環境条件であっても、微粒子からの散乱光を、明瞭かつリアルタイムに映像化できる性能と撮影技術が要求される。

図2 粒子の大きさと散乱光強度の関係

3.評価事例

 弊社では微粒子可視化技術を中心とした受託実験、出張撮影、関連商品の販売・開発を行っている。本報では、弊社の可視化実験用のクリーンルームにおいて実施した飛沫に関する評価事例を紹介する。
 ところで、高性能な可視化撮影機材を揃えてしまえば無条件に分析評価できる、というわけではない。実験場の外乱をいかに抑えることができるかが可視化成果を左右することが多い。ある特定の微粒子を観察しようとしたときには、環境中の浮遊塵埃の存在によって、対象の微粒子と区別がつかない不明瞭な画像になる。またもしも微粒子の到達距離や滞留時間などの実験をするときには、その環境に形成されている気流を抑制もしくは把握しておかなければならない。撮影そのものよりもそういった外乱を抑制したり制御したりするための時間に多くを割かれる。
 弊社の実験用クリーンルーム施設 ViESTラボ はそういった外乱抑制に優れており、可視化技術を導入した方々からは、実験環境の構築や撮影のノウハウなど可視化技術についての相談や実技指導の場として活用されている。長野の実験用高清浄クリーンルーム ViEST 長野ラボ(ISOクラス1)と、東京の実験用クリーンブース ViEST 東京ラボ(ISOクラス5)の2つの施設を用意している。以降で紹介するのはこれらの実験室で行った評価事例である。

写真1 ViESTラボ

(1)呼気に含まれる微粒子
 呼気に含まれている微粒子を可視化した。実験は実験用クリーンブース ViEST 東京ラボで行った。被検者にはクリーンブース中央に着席して普段通りの呼吸をしてもらい、呼気を微粒子可視化用多機能LED光源 パラレルアイD微粒子可視化用ソフトウェアパッケージで微粒子を可視化した。 画像1は、呼気に含まれる微粒子の輝点の蓄積画像で、明瞭に微粒子を捉えることができる。ちなみに鼻から吐く息の方が少なかったが、もしかしたら鼻毛の効果かもしれない。
 同様に、同じ被験者に五十音発声してもらって飛沫の出方を比較してみた。画像2は、あ行・た行・は行・ぱ行を発声するときの飛沫の画像である。もちろん個人差はあると思うが、当被験者の場合、た行を発声するときに飛沫が多い傾向だった。
 これらの実験は、微粒子の有無や量の比較を目的としており、その挙動には着目していないので、常にクリーンルームを常時換気運転した状態で実験を行っている。よって、微粒子はやや下降傾向の挙動を示す。

画像1 呼気に含まれる微粒子
(参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=iq7HUgCtJ0E
画像2 50音発声したときの微粒子の比較
画像2 50音発声したときの微粒子の比較
(参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=O0dpjsLFW2w

(2)発声・咳・くしゃみの飛沫とその挙動
 次に発声や咳などで生じる飛沫の挙動を可視化した。実験は実験用クリーンブース ViEST 東京ラボで行った。被検者にはクリーンブースの端に立ってもらい、実際の発声・咳・くしゃみをしてもらって、超高感度微粒子可視化用レーザシート光源 パラレルアイH、微粒子可視化用超高感度カメラ アイスコープ微粒子可視化用ソフトウェアパッケージで可視化した。
 画像3はそれぞれ飛沫の発生から数秒の挙動を捉えたものである。沈降傾向の大きな飛沫粒子や、浮遊傾向の小さな飛沫粒子が見られ、また、くしゃみの飛沫は他のそれと比べて圧倒的に多く到達範囲も広いことが明らかである。
 この実験では微粒子の挙動範囲を調べるのが目的なので、下降気流が支配的な環境では実験が成立しない。そのためクリーンルームを停止して、まずは飛沫の挙動に影響のない程度まで気流を抑えないとならない。次に、外乱となる被検者着衣からの発塵や室外からの塵埃侵入を抑えるための設備や手順の検討を行う必要がある。この事例では、被検者にはクリーニング済みのクリーンスーツを全身着用してもらい、また、クリーンブースの外も準クリーンルーム並みの清浄化を行ったうえで実験した。

画像3 発声・咳・くしゃみの飛沫の違い
画像3 発声・咳・くしゃみの飛沫の違い
(参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=ejLJO6-aJgM


次回に続く-



参考文献

  1. 岡本隆太 「飛沫粒子の可視化と計測の技術及び実例」クリーンテクノロジー Vol.33 No.1 2023
  2. 古川太郎 「飛沫の可視化実験技術」空気調和衛生工学 95巻 2021
  3. 新日本空調株式会社ホームページ http://www.snk.co.jp/particle


【著者紹介】
古川 太郎(ふるかわ たろう)
新日本空調(株) ソリューション事業部 事業部長

■略歴
1969年 長崎県生まれ、1991年 九州大学工学部卒、1993年 同大学院修士課程修了。同年 新日本空調株式会社入社、技術研究所(当時の呼称) 室内環境工学研究室で、空調制御用体感温熱センサや外皮負荷低減技術、ダクト騒音の消音装置などの研究開発に関わる。2001年に同社の独自技術である微粒子可視化技術の研究開発に携わり、以降、同技術を中心に据えた受託評価業務や可視化商品の販売を押し進め、現在は微粒子可視化技術の適用拡大と顧客深耕に取り組んでいる。