1.はじめに
近年、QOL(Quality of life:生活の質)向上の観点から、睡眠の質に注目が集まっている。加えて、コロナ禍による生活リズムやライフスタイルの変化から、その意識は増々高まっている1)。睡眠の質にアプローチする商品として、例えば家電や電子機器の分野では、センサやアプリに最新のIT(情報技術)を活用したシステム、サービスが登場している2)。このような新しい領域は「スリープテック」(「Sleep(睡眠)」と「Technology(技術)」の合成語)と呼ばれている。同様に医療や介護、日々の健康の質にアプローチする領域は「ヘルステック」(「Health(健康)」と「Technology(技術)」の合成語)と呼ばれ、状態の計測および可視化から、評価や改善のアドバイスを行う範囲まで広がりを見せている。本稿では、スリープテックやヘルステックに用いられるセンサ技術の一つとして「圧力分布センサ」を紹介する。
2.圧力分布センサの基本原理
圧力分布センサとは、ヒトやモノの間に生じる物理的な接触の強さ(圧力の高さ)と、その位置(分布)を電気信号として検出するシート状のセンサである(「面圧センサ」と記される場合もあるが、ここでは「圧力分布センサ」として統一する)。基本的な技術はタッチパネルやディスプレイとよく似ており、抵抗体や誘電体を電極で挟み、面状に多点配置されたセンシングポイントをマトリクス方式の配線で効率的に電気接続する方法が代表的である。
ここで、当社圧力分布センサを例に構造と検出方法を説明する。主要部材は、圧力によって電気抵抗が変化する半導体布と、一定間隔でラインアンドスペースが設けられた導電性布である。図1のように、半導体布の両面に直線模様が直交する配置で導電性布を重ね、導電ラインの交点をセンシングポイントとする。電子回路で半導体布の電気抵抗を走査し、あらかじめキャリブレーションした電気抵抗と圧力の関係から、接触位置ごとの圧力値を検出する。なお、実使用ではカバーとなる絶縁布を外装することから、センサ全体は電気特性の異なる3種類の布から構成される。
3.圧力分布センサの材質と用途
圧力分布センサの材質は各種あるが、大別すると銀やカーボンを印刷およびコーティングしたプラスチックフィルムがベースの製品と、テキスタイル素材がベースの製品に分類できる3)4)。前者は主に工業計測分野、後者は生体計測分野の用途で利用される場面が多い。
当社圧力分布センサの最大の特長は先述のとおり、センシング部分が柔軟で伸縮性のある布で構成されている点である。従来品においては、硬めのゴムやフィルムを使用していたため身体への追従に若干の違和感があったが、現在は独自開発した布を採用しているため違和感がほとんどなく、人との親和性が高いセンサとなっている。
4.生体計測分野における既存用途
重力のある地球上において、身体は常に体重による圧力を受けており、生活のあらゆる場面で何らかの対象と物理的な接触をしている。圧力分布センサを用いることで、人の基本的な動作である「立つ・歩く」「座る」「寝る」に関し、身体に加わる接触圧(一般に「体圧」と呼ばれる)を知ることができる。
4.1 介護分野での活用
一例として、介護分野においては褥瘡(床ずれ)予防のモニタリング用途に利用されている。図2は圧力分布センサで検出した接触圧を、可視化・数値化するソフトウェアの画面である。センシングポイント間を画像処理で補間した2次元もしくは3次元のカラーマップ表示から、椅子に座ったときの坐骨に加わる高い圧力が一目でわかる。
褥瘡予防のためには、長時間局所的に高い圧力が加わらないよう、体圧(座圧)を分散させることが重要である。図3は車いすクッションの選定を目的とした座圧測定会の様子である。クッションの種類や姿勢による圧力の変化を被験者自身が視覚的に確認し、褥瘡予防のための「圧抜き」を感覚的に理解することができる。
4.2 人間工学・製品開発分野での活用
人間工学分野においては、椅子の座り心地やベッドの寝心地を可視化・数値化するために利用されている。医療機器であるストレッチャー(移動式検査・処置台)の製品開発にあたり、体圧測定した結果を図4に示す。ストレッチャーの傾きであるチルト角を加えることで座面のピーク圧が減少し、背面の圧は増加するものの集中せず、分散している様子が確認できる。
次回に続く-
参考文献
【著者紹介】
伊東 孝道(いとう たかみち)
タカノ(株) 技術開発本部 第1グループ
■略歴
- 2005年山梨大学工学部電気電子システム工学科卒。同年、タカノ株式会社入社。大学発事業創出実用化研究開発事業(NEDO)にて、株式会社山梨TLOへ出向。山梨大学大学院医学工学総合研究部/工学部応用化学科で社会人研究員として導電性高分子アクチュエータの研究開発に従事。
- 2008年タカノ株式会社帰任。
- 2009年研究成果最適展開支援事業(JST)にて、財団法人電気磁気材料研究所(現、公益財団法人電磁材料研究所)と金属薄膜を用いた圧力分布センサの研究開発に従事。
- 近年は、スマートテキスタイルを用いた生体計測向け圧力分布センサの開発に従事している。