3. 開発事例
ここでは開発の例として、当社が関わった、強度変調方式センサを紹介する[3]。
3.1 構成および動作
図4にその構成を示す。1550nm広帯域光源から伝送用シングルモードファイバを経由し、偏/検光子・光学バイアス部(以下「光学部」)に光が送られる。光は偏光子で直線偏光に変えられた後、センサファイバに入射・伝搬し、端部のミラーで反射して光学部に戻る。光学バイアス素子によって直線偏光は45°傾けられており、検光子によって二つの直交する直線偏光に分離される。光がセンサファイバを伝搬する間に電流が誘起する磁界のファラデー効果による偏波面の回転が生じると、2本のビームの強度が回転角に応じて変化する。検光子を透過した二つの光は、信号伝送ファイバや光サーキュレータを経由して受光素子で光の強度に比例した電気信号に変換される。この電気信号の変調度を平均処理することで、電流に比例する電圧出力を得る。
3.2 要素技術
特性の安定性、構成簡素化、低コスト化の開発課題に対して、達成するために本開発で用いた主要な要素技術を説明する。
3.2.1 低複屈折センサファイバ
通常のSMFで偏光を扱う場合、光弾性による応力の影響を受けやすく、偏光の変化が、ファラデー効果によるものか、光弾性によるものか区別が困難である。本開発では光弾性係数の小さい鉛ガラスを主成分とするセンサ用光ファイバを用いることで、この問題を解決している。
石英系シングルモードファイバの光弾性の影響を抑える方法として光ファイバを捻る手法が知られており、他機関ではスパン光ファイバ(Spun fiber)等が利用されている。
3.2.2 反射型の光学系
偏光に関する別の問題として、ファイバを通過する偏光の方位が、ファイバの曲線の形に依存する現象がある。この問題を解決するため、ファイバ端に鏡を設ける反射型の構造としている。
3.2.3 信号処理
変調度の平均処理を行う信号処理を用いている。この処理により、光源出力及び光部品の光損失の変化や、光学バイアスの温度による変化などを補償している。
3.2.4 小型・安定な光学系
センサヘッドは、小型化で温度変化に対して安定した確度で電流計測できることが望まれる。小型化を実現するために偏光子が検光子を兼ねる構成と光学バイアスのために回転角22.5°の磁性ガーネット(往復で45°の光学バイアス)を採用した。
また、センサファイバのベルデ定数は温度依存性(0.01%/K)をもつが、上述の磁性ガーネットの回転角温度依存性を利用して、センサヘッド全体の温度依存性を改善している。
3.3 特 性
図5に、上記の構成による標準モデルの外観を示す。仕様は表2の通りである。
項目 | 規格 |
---|---|
定格電流 | 5,000 Arms |
周波数帯域 | 3~10 kHz(-3dB) |
使用温度(センサヘッド) | -20~80℃ |
比誤差 | ±0.5%以下 |
センサファイバ長 | 5 m以下 |
伝送ファイバ長 | 10 km |
3.4 特長
光ファイバ電流センサの特長を列挙すると、次の通りとなる。
- 光ファイバにより絶縁確保が容易、鉄心不要、小型
- 取付が容易、柔軟な光ファイバを導体に巻くだけで測定精度を確保できる
(出力は電流のみに比例し、ファイバの曲線形状や導体の位置に依存しない) - センサヘッドは電磁雑音の影響を受けにくく、また長距離信号伝送が容易
- 磁気飽和による出力歪みが無く、電力系統事故時の大電流の検出に適する
- 応答の高速化が可能で、測定対象の回路に対してセンサ取付けによる電気的な影響はほぼ無視できる
3.5 適用例
上記 3.4 の特長に着目した、いくつかの事例について紹介する。
3.5.1 電力設備の事故区間判定/事故点標定
- 地中送電線用事故区間判定装置
地中送電線を含む電力系統に事故が発生した場合に、その事故が地中送電線の範囲かどうかを判定する事故「区間判定」装置が開発された[6]。装置は、ケーブルの両端にセンサを取付け、事故時の3相合成電流(零相電流)を検出し、両センサが検出した電流値の差から事故区間を判定する。装置は国内の66kV地中送電線に実用化されている。同様のアルゴリズムによる空気絶縁変電設備用の装置も開発され、実用化されている[7]。 - サージ電流受信方式事故点標定装置
地中送電線の事故点の位置を特定することを目的として、事故「点」標定装置が開発されている[6]。ケーブルの各相両端に装置を取り付け、事故発生時、事故点から到着するサージ電流を両センサが検出し、サージ電流の到着時刻の差から、事故点を求める。装置は国内の275kV地中送電線に実用化されている。
3.5.2 パワーエレクトロニクス機器の電流計測
- パワー半導体の計測(広帯域対応)
インバータなどパワーエレクトロニクス機器の性能を評価するうえで広帯域の電流計測が必要とされる。測定対象の基板は狭隘で強い電磁雑音が存在する。また、対象電流への計測による干渉を極小にする要求もある。開発したセンサは 3.4 に述べた特長から、この分野の電流計測に適しており、自動車用インバータの試験に適用した事例[8]が報告されている。 - 変電機器の高次高調波計測
変電所構内にパワーエレクトロニクス機器を設置する場合には、高調波の発生の有無やその影響を評価する必要がある。対象となった鉄道用変電設備において9kHzまでの高次高調波を連続解析する装置の適用がなされた[9]。
3.5.3 保護継電器用
保護継電システムとは、電力設備に事故が起きたときに事故の発生と様相を検知し、開閉器を動作させて事故の拡大を防ぐシステムである。開発したセンサは、その特長から、保護継電用として適性がある。文献[10]には、保護継電用として組立てた本方式センサの試験が行なわれ、良好な結果が得られたことが報告されている。
4. 国内外の動向
国内外の機関で行われている光ファイバ電流センサの開発について、その動向を述べる。
4.1 直流用
直流電流の計測を目的とした開発が国内外の機関で行われている。直流電流を安定に計測するためには、経時変化や温度変化を補償する仕組みが必要であることから干渉方式が採用されている。以下に主要な事例を紹介する。
- 直流電力設備への適用
国内の事例として文献[11][12]の報告がある。この事例では、海底ケーブル系統直流設備の保護継電器用装置として実用化されている。国内の別の事例として、文献[13]の報告がある。この事例では、電気鉄道の直流変電設備の保護継電器用として開発され、鉄道用変電所でフィールド試験が行われた。 - 化学プラントへの適用
海外の事例として、文献[14][15]の報告がある。この例では、アルミニウム精錬設備での直流数百kAの大電流を測定する装置として開発され、実用化、製品化されている。
4.2 規格について
4.2.1 デジタルインターフェースに関するIEC規格
現代の変電所はデジタル化されており、新しいセンサ(例えばロゴウスキーコイル型電流センサ、光ファイバ電流センサ、光ファイバ電圧センサなど、NCIT: non-conventional instrument transformerという)の特性とよく整合する。デジタル変電所のインターフェースに関するIEC規格(IEC61869)の制定が進められている。このIEC61869規格の制定に関しては、非常に多くの情報があり、状況も複雑である。文献[16]が整理されており参考になる。
4.2.2 OITDA規格
光ファイバ電流センサの取り扱いや評価方法は既存の電流センサとは異なる点が多い。
適切な取り扱いと技術の普及を目的に、光産業技術振興協会により、光ファイバ電流センサの特性評価のための規格が2017年に制定され[17]、Webサイトで公開されている。また、制定された規格をもとに、IECによる国際規格が2019年に制定された[18]。さらに、同じ動機による光ファイバ電圧センサの特性評価のためのOITDA規格も2022年に制定され[19]、このOITDA規格をもとにした光ファイバ電圧センサのIEC規格の制定作業が現在進められている。
5. 今後の課題
最後に、3節で述べた当社のセンサについて主要な技術課題を述べる。
5.1 直流の計測
4.1 項で述べたように、直流電流の計測には干渉方式のセンサが適用されている。今後、太陽光発電や風力発電など、再生可能エネルギー設備の増加とともに、それらに適用するための実用的な直流電流センサの需要が見込まれるが、3 節で紹介したように当社のセンサは直流計測に対応していない。低複屈折センサファイバなどの要素技術を活用し、簡素な構成で実用的な直流用センサの開発を進めたい。
5.2 広帯域・低電流領域への適用
既存技術で対応が難しくなりつつある分野として、3.5.2 で述べたパワー半導体用途が挙げられる。光ファイバ電流センサはこの分野において広帯域、柔軟性、回路への影響が軽微である特長を活かすことができる。一方、現状のセンサは数Aレベルの電流計測には感度が不足しているため、センサファイバのベルデ定数向上や信号対雑音比の向上が課題となる。帯域については信号処理回路およびセンサファイバ中の光の伝搬時間で決まる。例えば100MHzの電流を測定しようとする場合、回路の帯域確保とセンサファイバ長20cm以下が要件となる。
5.3 鉛フリー化
本開発のセンサ用光ファイバは低光弾性を実現するため、ガラス組成は酸化鉛をベースとしているが、世界的な環境問題への関心の高まりやRoHS対応から脱鉛化に向けた取り組みが必要とされている。国内の大学において、鉛フリー低光弾性ガラスの研究が行われており[20][21][22]、センサ光ファイバだけでなく、プリズムやレンズ等、偏光を扱う光学素子への適用が期待されている。
6. まとめ
1960年代から始まった長期に渡る研究開発に著しい進歩があった光通信技術が結びつき、近年光ファイバ電流センサの適用が進むようになった。光ファイバ電流センサは柔軟な光ファイバを電流の流れる導体の周囲に巻くだけで安定して電流を測定できる特長から様々な分野で適用されている。当社では構築したセンシングデバイスを製品化するとともに、改良を継続し、新しい適用分野の発掘に取り組んでいる。
最後に、当社の取り組みにおいて、元上司の今野良博氏による大きな功績があったことを述べて終わりとしたい。
参考文献
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- 例えば、A. Rapp and H. Harms: Applied Optics, Vol.19 No.22 p.3729, 1980
- 黒澤, 山口, 佐々木 :レーザー研究, Vol.45 No.1, p.10, 2017
- 例えば、J. Blake et al: IEEE Trans. on Power Delivery, Vol.11, No.1, p.116, 1996
- K. Kurosawa and I. Masuda: Proc. 9th Opt. Fiber Sensors Conf., p.415, 1986
- S. Nasukawa, et al: Proc. 7th JICABLE Conf., Session A.5, No. A5.5, 2007
- 板倉,他:高岳レビュー, Vol.50 No.1, p.10, 2005
- K. Torii, et al: Proc. FISITA-2008, No. F2008-06-050, Germany, 2008
- 宮澤:電気現場技術, Vol.46 No.54 p.29, 2006
- 山口,他:東光高岳技報, Vol.1 No.1 p.44, 2014
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- 電気学会技術報告 No.1475, 2020.3, ISSN 0919-9195
- OITDA規格:光ファイバ電流センサ, OITDA FS 01, 2017
- IEC規格:Electric Current Measurement-Polarimetric Method, IEC61757-4-3, 2019
- OITDA規格:光ファイバ電圧センサ, OITDA FS 02, 2022
- 因, 武部, 森永:日本セラミックス協会学術論文誌, 111巻,1294号, p.426, 2003
- A. Saitoh, et al: Jpn. J. Appl. Phys. 57, 2018
- K. Hayashi et al: Optical Materials, Volume 96, October 2019
【著者紹介】
佐々木 勝(ささき まさる)
Orbray株式会社 フォトニクス技術本部 デバイス開発部 部長
■略歴
1993年 八戸工業高等専門学校 機械工学科卒業
1997年 長岡技術科学大学 機械システム工学専攻修了
1997年 並木精密宝石(株)入社
2008年 アダマンド工業(株)転籍
2018年 アダマンド並木精密宝石(株)商号変更
2023年 Orbray(株)商号変更