はじめに
海洋生物は、広大な海で何をしているのだろうか。生物の行動を把握する基本は、目視による直接観察である。しかし、地球表面の70%を占め、平均深度が3800mである広大な海で、自由に鉛直・水平方向に移動する海洋生物をスキューバーで追跡し、観察することは困難を極める。
バイオロギング(Bio-logging)は、生物にデータロガー(以下、ロガー)を取り付け、生物自身の行動や生理状態、経験する環境などを時系列データとして記録する手法である。このため、人間が直接観察できない広大な環境で自由移動する生物の行動を観測することができる。
バイオロギングの用語は、バイオ(生き物)とロギング(記録する)を組み合わせた和製英語である。2003年に国立極地研究所で行われた第1回国際バイオロギング科学シンポジウムで内藤靖彦博士(国立極地研究所名誉教授)によって提唱され、国際的に定着した。バイオロギングは手法でもあり、1つの学術分野としても大きな発展を遂げており、2017年には、バイオロギング科学の国際的な相互協力や発展を目的とし国際バイオロギング学会が発足した。
バイオロギングでは、計測器によってはじめて観測ができるため、計測器の開発が研究の成否を左右する。Biologging Solutions Inc.は京都大学での研究成果をもとに設立した、国内でバイオロギング機器の開発・販売する会社である。設立者自身が研究者であるため、国内外の最新のニーズを踏まえた機器開発やコンサルティングを行うことができるのが強みである。
近年、ネイチャーポジティブの実現に向け、生態系を評価するツールの重要性がますます高まっている。バイオロギングは、「人間目線」ではなく、「生物目線」で生態系や環境を評価できるツールである。このため、生物にとって本当に重要な環境を知ることできる究極の手法である。本稿では、上記も踏まえ、Biologging Solutions Inc.が開発・販売する機器の中から最新の機器とその応用先を紹介する。また、いかに計測器が発展しても、生データだけでわかることは少なく、データを解析する必要がある。このため、現在、開発・運用しているデータ解析基盤としてのクラウドシステム(LoggLaw CloudおよびBiologging intelligent Platform)を紹介する。
1.ハイドロフォン搭載型ビデオロガー
水中では、音は光と比べ物にならないほど遠くまで届く。空中では音速は1秒間に330m程度だが、水中では概ねその4.5倍、1秒間に1500m伝わる。光に比べればはるかに遅いが、伝達距離が長く影響は即時的である。多くの海洋生物は音をよく利用しており、音に敏感である。例えば、水中探査や、コミュニケーション、威嚇、繁殖などに音を利用している。
近年、音の暴露による生物への影響は多く報告されている。海中には様々な人工的な音源がある。なかでも最も数が多いのは、船舶である。海運に伴い船舶から発せられる音がクジラや魚がコミュニケーションできる距離を縮め、場合によっては繁殖にも影響を及ぼしている可能性が指摘されている。
一方で、海中には自然に発生する雑音も存在する。主要な音源は、沿岸域から絶え間なく発せられるテッポウエビなどのパルス音である。気象や海象によっても水中音が生じる。降雨による広帯域音は、海表面から海中に放射される。荒天で波が砕け発生した泡からも広帯域音が発生する。
以上のように水中音は、人工音・自然音・生物音で構成され、それらの様相は水中サウンドスケープと呼ばれている。水中音をモニタリングすることで、生物多様性や、騒音レベルなど様々な情報を収集することができる。
これまでに水中音を観測できる水中音レコーダーはよく利用されてきているが、水中音だけを観測しても何から発生した音なのか、どのような環境で発生した音なのかわからないことが多々ある。そこで、水中音と同時に、映像を長期計測可能な、ハイドロフォン搭載型ビデオロガーLoggLaw CAM(図1)を開発・販売している(世界初・当社調べ)。本ロガーは生物装着用として小型モデル、環境設置型としての拡張バッテリーモデルの2種類で構成される。
生物装着した場合、生物が経験する実際のサウンドスケープや、生物目線で重要な音環境を明らかにすることができる。拡張バッテリーモデルの場合、深度500m耐圧にて、連続100時間以上、音と映像を同時に観測することができる。音と映像が同期しているため、解析の際に時刻同期の手間が不要になる。実際にウミガメに装着し得られた映像の例を図2に示す。また動画の例は以下に公開している。
次回に続く-
引用文献
- Kays, R., Crofoot, M. C., Jetz, W., & Wikelski, M. (2015). Terrestrial animal tracking as an eye on life and planet. Science, 348(6240), aaa2478.
【著者紹介】
野田 琢嗣(のだ たくじ)
Biologging Solutions Inc. 京都R&Dセンター 最高技術責任者
■略歴
バイオロギング測器を開発するBiologging Solutions Inc.の共同設立者・最高技術責任者。岐阜県出身。2008年3月京都大学農学部卒業。2012年9月京都大学大学院情報学研究科、博士後期課程を修了。日本学術振興会特別研究員(DC及びPD)を経て、現職。博士(情報学)
小泉 拓也(こいずみ たくや)
Biologging Solutions Inc. 京都R&Dセンター 代表取締役
■略歴
経歴:バイオロギング測器を開発するBiologging Solutions Inc.の共同設立者・代表取締役。愛媛県出身。2006年3月トランスパシフィックハワイカレッジ卒業。2008年3月カリフォルニア大学サンタクルーズ校 環境学部卒業。2011年3月京都大学大学院情報学研究科 修士課程を修了。