4. 換気カプセル法の原理を用いたウェアラブル発汗センサと,その応用
4.1 ウェアラブル発汗センサの概要 9)
我々は,日常的,無拘束での発汗測定の実現を目指し,信州大学と共同で換気カプセル法の原理を活用したウェアラブルタイプの発汗センサを開発した.
図2は,ウェアラブル発汗センサの外観であり,皮膚装着センサと,バッテリー及び通信部が内蔵された本体から構成される.このセンサは電子基板の表裏両面に実装された2つの湿度センサと小型ファンをφ18mm×11mmの簡便なカプセル構造に組み込んだもので,周辺空気の絶対湿度と汗の蒸散水分を含む空気の絶対湿度の差から局所発汗量を測定する.
400mAhのリチウムイオンバッテリーを内蔵し,連続4時間の測定ができる.また,通信規格としてBluetooth LEを利用しており,PCはもちろんスマートフォンを用いたデータの収録を可能としている.
本機の測定誤差は蒸散水分量に対し±20%で,線型性が得られる発汗量の測定範囲は0~2mg/(cm2・min)(25℃,60%RH環境下)である.前述の据置型発汗計の性能は,蒸散水分量に対する測定誤差±5%,線型性が得られる発汗量の測定範囲は0~4mg/(cm2・min) (25℃,60%RH環境下)であるから,性能は劣る.特に,据置型発汗計と異なり皮膚装着部周辺の空気を基準にするため,センサを衣服内の皮膚に装着した場合,多量発汗時には高湿度環境となり湿度センサの結露が起こりやすい.また,応答特性は立上時間,立下時間とも20秒以内であり,据置型発汗計の1秒以内に対して応答性が悪い.
4.2 ウェアラブル発汗センサを用いた発汗測定例
(1) 運動時の頸部発汗測定
図3に,据置型発汗計及びウェアラブル発汗センサを用いた運動時の頸部発汗量及び心拍数の測定例を示す.図3左は測定の様子,図3右は測定結果の一例(被験者:20代男性)である.運動はエルゴメータを用い,負荷50W,90W,110Wに設定し,各20分間実施している.測定環境は27℃,60%RHである.図3の通り局所発汗量は,心拍数と同様に運動強度に対応して増加し,ウェアラブル発汗センサにおいても,その様子が観測できる.
(2) 模擬自動車運転中の手掌部発汗の測定
前述の通り,手掌部発汗は精神性発汗と呼ばれ,車両操作時など,“ヒヤッ”としたとき,“ドキッ”としたときに一過性に増加する10).図4は,ドライブシミュレータ操作中の被験者の手掌部発汗量を,据置型発汗計及びウェアラブル発汗センサを用いて測定した例で,図4左は測定の様子,図4右は測定結果の一例(被験者:20代女性)である.
図4のように,停車中の車両の追い越しや見通しの悪い交差点,歩行者の発見など,危険を伴うシーンや危険が予測されるシーンで,発汗量の増加が認められる.据置型発汗計は応答が早く,各シーンに対応して出現する発汗の変化に追従するが,ウェアラブル発汗センサは十分な応答が得られないため,測定される情報は大雑把な変化に限られる.
5. まとめ
本稿では,発汗の測定技術の概要に触れた上で,ウェアラブル発汗センサについて紹介した.
前述の通り,発汗をはかる目的は多岐に渡り,その目的に応じた測定法の選択が必要となる.中でも換気カプセル法は連続的な測定が可能で,発汗の変化を可視化できる点で優れた技術である.ウェアラブル発汗センサは,従来の据置型発汗計と比較して精度や応答性など劣る点が多く,改良の余地があるが,日常生活での局所発汗量の連続測定が可能である.
特に温熱性発汗の測定用途では測定の応答性が求められないため,局所発汗量の変化を把握することに活用できる.そのため当社では,ウェアラブル発汗センサを活用した日常的な発汗動態の解析により,近年社会問題化している熱中症の対策に関するシステムの開発を行なっている.図6は,ウェアラブル発汗センサを腕時計型デバイスに組み込んだ試作機である.
発汗に関わる研究領域は,日本の研究者が世界を牽引する成果を上げており,これを利用することで世界に先駆けた日本初の新しい製品・サービスの実現が可能であると思われる.当社は発汗センサ開発の分野において,微力ながらイノベーション創出に資する研究開発を推進したいと考えている.
参考文献
- 百瀬英哉:換気カプセル差分法の発展と小型発汗センサ, 発汗学Vol27(2),58-62(2020)
- R.Takahashi et al : Driving simulation test for evaluating hazardperception Elderly driver response characteristics. Transportation Research Part F 49 ,257‒270(2017)
【著者紹介】
百瀬 英哉(ももせ ひでや)
株式会社スキノス 代表取締役
■略歴
2006年長野工業高等専門学校専攻科生産環境システム工学科卒業.長野県内のものづくり企業にて医療機器や福祉機器の開発,製造,販売に従事.在職中に信州大学大学院医学系研究科保健学専攻修士課程修了.学生時代から関わってきた発汗の計測技術開発や発汗に関する研究を専門的に推進するため,2017年に独立.恩師らが設立したベンチャー企業の事業を引き継ぎ,信州大学初ベンチャー株式会社スキノス(長野県上田市)を再始動.現在に至る.