2022年は、筆者がセンサ研究をスタートさせる為ペンシルベニア大学のZemel先生の研究室に留学(留学中の1981年の11月にボストンでMaterial Research Societyの1セッションとして開催された第1回のInternational Conference on Solid-State Sensors, Actuators and Microsystemsにも出席しました)してから40年目となります。その間、色々な方と一緒に仕事をさせていただきました。センサは良く『センサ(千差)万別』と言われるように種類が多く、そのうちの一部を経験しただけですが、振り返ってみるとともに将来・未来を考えてみたいと思います。
1977年には日本電気株式会社に入社し、中央研究所の電子デバイス研究部でSOS(Silicon on Sapphire)基板を用いた高耐圧MOSFETの研究を行ったのが、センサの研究を始めるきっかけになりました。これは絶縁体であるサファイア上にエピタキシャル成長されたSi薄膜を用いて製作され、ゲート部が通常のゲート電極とオフセットゲートあるいは延長ドレインと呼ばれる部分からなる構造を持っています。ドレイン電圧が高くなるとスーパージャンクションであるオフセットゲート部全体が完全に空乏層化し電圧上昇を吸収し、デバイスの高耐圧化が可能となるものです。
ゲート絶縁膜の汚染対策に苦労しながら漸くキチンと動く高耐圧MOSFETや高電圧Opアンプを完成した頃、上記の留学の際にもお世話になった東京大学工学部電子工学科の菅野卓雄先生から、研究室の学生がISFET(Ion Sensitive FET)の製作で苦労しているので手伝ってくれないかという話があり、丁度、上記の高耐圧MOSFETのオフセットゲート部がISFETのセンサ部と似ており、また、サファイアの高い絶縁性が素子分離とともに液体中で使われるISFETの耐水性にも有効だという事でSOS/ISFETを製作しました。
これに関連して、その後の留学のテーマは、液体中のイオン濃度をゲート部の容量変化を用いて検出するマルチイオンセンサでした。
これらの経験から留学後は、SOS/ISFETを用いたマルチイオンセンサの研究を始めましたが、同じ中央研究所に生物(バイオ)のグループがあり、互いの技術を持ち寄ることでバイオセンサの仕事につながりました。これは酵素ISFET(酵素膜を表面に塗布)と参照用ISFET(アルブミン膜だけ)からなる幅1mm程度のワンチップ型センサで1滴の微量サンプルでも測定できるものです。専門が異なる研究者同士の仕事は、苦労もありましたが、専門以外の分野も勉強する機会があり、面白く行いました。
このワンチップバイオセンサの新聞発表を行うと防衛医科大学校の菊地眞先生から、皮膚を介して得られる極微量の間質液(吸引浸出液)によるグルコース(血糖値)の測定に使えないかという提案があり、うさぎで実験した所うまくいったので、ヒトに適用し血糖値モニタリングを行いました。病院の医師や医用工学の研究者との共同研究もいい経験でした。
その後、急に自動車のエアバッグ用加速度センサの開発の仕事が入り、上記の仕事は共同研究者にまかせ、加速度センサの仕事に専念しました。当時、米国ではエアバッグ搭載の自動車の保険が安くなるなど安全意識が高まり、アメリカで生産するホンダ製日本車のすべてにエアバッグを搭載しようという動きがあったためです。
高耐圧MOSFETやSOS/ISFETの研究時や留学中にシリコンの異方性エッチングの技術を使っていたので、加速度センサへの応用はスムーズでしたが、シリコン材料の機械的な応用だったので応力やダンピングなどメカニカルな特性の勉強になりました。
また、これらのワンチップバイオセンサや加速度センサを実際に使う際に、新しい課題が発生しました。
センサ周りの各種機能の制御のためマイコンを使いましたが、ワンチップバイオセンサの検出回路とマイコンを同じ基板に搭載するとマイコンのノイズでセンサ信号が妨害され測定できなるという課題や、加速度センサを自動車に搭載するための電磁耐性試験で出力が異常になるという課題です。これらは、前者はアナログ回路基板とディジタル回路基板のアースを分離すること、後者は加速度センサのパッケージに高周波信号をカットするフェライトビーズを装着することで解決できましたが、このような課題に本格的に取り組む必要を痛感しました。センサは実装技術が重要!
当時、マイコンのノイズ(マイコンとしては正常な動作が電磁ノイズの原因になっていました)が全社的な問題になっていたこともあり、EMC(ElectroMagnetic Compatibility)技術センターに異動し、電磁ノイズに取り組むことになりました。マイコンの高周波電源電流測定法の開発とその国際標準化や、高周波電流測定用磁界プローブの小型化・高周波化に取り組み、LSIチップ内の電源電流分布の測定法を開発しました。
磁界プローブは積層セラミック技術、磁気ヘッド技術などを使用して製作され、それぞれの専門の技術者と共同で仕事を行いました。また、サファイアの絶縁性を用いたSOS基板製磁界プローブも、途中までの参加ですが、東北大学と共同で開発しました。磁界プローブもセンサの一種で、電磁界シミュレータと併用して各種プリント基板の電気設計(信号設計、電源設計、ノイズ設計)に応用し、その成果がプリント基板設計用CAD(DEMITASNX®)の開発へつながりました。
その後、2006年に近畿大学の生物理工学部でセンサの教員公募があり採用されました。生物理工学部は和歌山県の紀の川市に位置し、私の出身地である和歌山市とはすぐ近くで、単身赴任ですが故郷に帰ったことになりました。
近畿大学在任中は、地元の企業とセンサに関する委託研究を行ったり、前半がメカトロニクス系、後半が情報系の学科に属していたので、同じ近畿大学の水産研究所とロードセルとマイコン、電磁弁を用いた稚魚へのワクチン接種装置や、カメラで撮影した鯛稚魚のシルエット画像を用いたAI(Artificial Intelligence)による稚魚の選別法を開発するなど、地元と密着した仕事を行うことができました。
以上のように、大学・大学院での専門領域である固体物理・光エレクトロニクスに加え、センサの仕事に携わったことにより電気化学、生物(バイオ)、電磁気(ノイズ)を学生時代に比べ深く勉強できたことはセンサの研究開発に携われたためであると思っています。
センサはすべての物理・化学・生物量を対象として計測するもので、『森羅万象』に関わり、センサ材料、デバイス、プロセス、実装、回路、システム、解析方法、制御方法が対象になる広い分野であることを実感しています。
今年(2022年)のノーベル物理学賞の受賞対象は「量子もつれ」ですが、この現象を利用した高感度な各種センサの研究開発が活発に行われているように、センサは常に新しい現象の利用の先駆けになり、今後もそれは続くと思われます。
ここで、思い出したのですが、子供の頃、近所の百貨店で市内の高校の成果展示会があり、その中で板に指を近づけるとランプがON-OFFするデモが行われていました。子供心にスイッチに触らずにON-OFFできるのが不思議でたまらず、ずっと疑問を持っていました(その後、容量型近接センサの原理を利用していることを知りました)。
従いまして、子供時代を含めると60年以上センサに関係してきた訳で、これはもう、『センサは面白い』と言う他はないと感じています。
【著者紹介】
栗山 敏秀(くりやま としひで)
一般社団法人センサイト協議会 理事
マロン技研 代表
■略歴
1971年東京大学工学部物理工学科卒業、1973年東京大学大学院工学部物理工学専攻修士課程修了、1977年東京大学大学院工学部電子工学専攻博士課程修了、1977年~2006年日本電気株式会社、2006年~20015年近畿大学生物理工学部、2016年~2022年早稲田大学招聘研究員、2015年~現在、マロン技研。