心の状態のセンシング(2)

小室 信喜
千葉大学 統合情報センター
准教授
小室 信喜

4.心的状態推定精度

4.1 実験方法

 本研究では,ウェアラブルデバイスによって測定された4感情データの分類問題を考える.教師あり機械学習ベースのパターン認識アルゴリズムの1つであるランダムフォレストを使用する.ランダムフォレストは,多数の決定木を生成し,その結果を多数化(平均化)することで,決定木の過学習を標準化するアルゴリズムである.多数の決定木を作成し,平均化することで,高精度な学習済みモデルを生成することが可能である.そして本研究における13~14の多数のパラメータに対応することが可能であることが考えられる.さらにパラメータの重要度も算出することで,各種屋内環境データがストレス状態のどのように影響を及ぼすのが考察する.ランダムフォレストの他にSVMやKNN法などの手法も試みてみたが,ランダムフォレストによる推定が最も高い精度であることを確認した.画像データやバイタルデータは使用していない.測定した屋内環境データ(温湿度,照度,ブルーライト強度,音,臭気,人感,距離,CO2濃度,ほこり濃度,ポイントベースのサーモセンサ,大気圧)のうち60日分を使用した.このうち,70%をトレーニングデータ,30%をテストデータとする.

4.2 実験結果

 表1に2人の心的状態推定結果を示す.ID1,2はポイントベース温度センサも含めた14種類のセンサで推定された結果である.ランダムファレストによる心的状態推定の正解率は7~9割程を達成している.この結果は開発したパーソナルセンサ及びインドアセンサが心的状態推定に効果的であることを示している.正解率は測定されたデータ量よりも正解データとして用いた感情データの偏りに依存している箇所も検出されたが,いずれの結果もランダムフォレストによって求めた正解率の割合が結果の感情の割合よりも大きな値をとっていることから,環境センサで測定したデータが正解率を向上させていると考えられる.さらに測定データの量の影響について図4に示す.結果より,測定データ量が増えると4感情のHappy,Stress,Relax,Sadの正解率と推定精度は飽和することを示していることがわかる.データ量が少ない場合,正解率は不安定であるが,データ量が大きい程,一人一人の推定精度は安定する.また,被験者によって4つの心的状態の割合は異なり,人によって屋内環境に対して感じる心的状態はさまざまであることがわかる.
 センサデータごとの重要度を表2に示す.CO2濃度はどの被験者においても共通で重要度が高い結果が得られ,感情に大きく影響を及ぼすことが考えられる.さらに,ID1,2についてはポイントベースサーモセンサも高い重要度を示している.このセンサは被験者の顔の温度の変動を測定できるためであると考えられる.人間検出センサについては,被験者が自身の席についているかどうかを確認するために使用したため,重要度は低い結果となっている.その他のパラメータについては各被験者によって異なる結果となった.Averageの結果より,臭気やブルーライト,音も心的状態推定に比較的影響があることも確認できる.このことからこの心的状態分類の有効であることを示す.

表 1:推定結果
  ID1 ID2
Number of data 6685 14420
Happy Ratio 0.679 0.666
Stress Ratio 0.240 0.221
Relax Ratio 0.071 0.095
Sad Ratio 0.011 0.018
Train Accuracy 0.998 0.999
Estimation Accuracy 0.821 0.822
図 4:データ量に対する正解率
図 4:データ量に対する正解率
表 2:各センサデータの重要度
Parameter ID1 ID2 Average
CO2
Thermography
Blue Light
Distance
Odor
Temperature
Loudness
Visible Ray
Illuminance
Infrared Ray
Dust
Atmosphere Pressure
Human Detection
Humidity
0.133
0.083
0,076
0,079
0.065
0.099
0.060
0.067
0.067
0.062
0.062
0.046
0.042
0.059
0.0149
0.103
0.085
0.101
0.073
0.019
0.063
0.076
0.080
0.069
0.062
0.068
0.039
0.067
0.148
0.093
0.087
0.087
0.082
0.078
0.069
0.067
0.066
0.062
0.061
0.057
0.053
0.050

5.おわりに

 本研究では,人の認知機能に影響を及ぼし得る屋内環境データと生体データによる心的状態データを同時に計測することにより,人の心的状態推定・把握に向けた基礎的な検討を行った.今回焦点を当てたのは4つの心的状態の分類問題と屋内環境との関係をモデリングすることにより,その相互作用を考察した.心的状態分類に関して,ランダムフォレストによる機械学習を導入することでその精度は80%にまでのぼることがわかった.
 本研究は,認知科学的知見とデータサイエンス的知見を融合し,IoT技術によって得られる人間の認知機能に影響を及ぼし得る環境データから心的感情を推定する方法論・モデルの構築を試みたものであり,人間の認知機能に影響を与えうる環境データを用いることによって高精度に心的状態を判定できるという得られた.この結果は,今後の心的状態推定・把握に関する研究アプローチに有用な知見である.

謝辞

本研究の一部は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(JPNP20004)の結果得られた.





【著者紹介】
小室 信喜(こむろ のぶよし)
千葉大学 統合情報センター 准教授

■略歴
2005年茨城大学大学院理工学研究科修了.同年より東京工科大学助手,同助教.2009年千葉大学大学院融合科学研究科助教,2016年同准教授,2017年同大統合情報センター准教授,現在に至る.2012年米国州立ラトガース大学訪問研究員.無線センサネットワーク技術とその応用に関する研究に取り組んでいる.無線センサネットワークプロトコル,無線センサネットワーク技術を用いた心的状態推定,照明光通信,屋内位置推定に関する研究などに従事.博士(学術).