3. ボールSAWセンサ
図3(a)のボールSAWセンサの原理を示す。2,3) SAWの自然なコリメートビームは球の大円に沿った有限幅の円環状領域の中を伝わり、減衰せずに多数回周回する。伝搬経路上の感応膜への分子の吸収によるSAW伝搬特性の変化が周回ごとに積算されるので、50-100周後に検出すると、従来の弾性波センサより著しく高感度になる。図3(b)は直径1mmの水晶球を用いたボールSAWセンサの電子顕微鏡写真である。
SAWセンサでは、高周波パルスで励起されたSAWが、ガス分子を吸収して弾性特性が変化した感応膜を通る際、振幅や位相が変化する性質を利用する。SAWのガスによる音速と減衰の変化は、
で表される。ここで、ms:薄膜の質量面密度、G’:薄膜の複素剛性率の実部、G”:その虚部、h:薄膜の厚さ、Rs:薄膜の面抵抗、εs:基板の誘電率、cm:質量負荷の比例定数、c_ve:粘弾性効果の比例定数、K:電気機械結合係数、V:基板の音速である。
式(4)式の右辺第1項は質量負荷(mass loading)と呼ばれ、ガス分子の吸着による薄膜(または基板表面)の質量増加がSAW音速の低下をもたらすことを表す。SAW素子で共振子を構成するととなり、この感度はで表される。ST-cut 水晶基板のSAW共振子において、感度S=-1.32(Hz-cm2/μg)となることが知られている。この感度は水晶のQCMの感度と同程度だが、0=97MHzの場合、周波数変化の検出限界が1Hzとすると、質量負荷の検出限界は80pg/cm2となり、最高周波数が10MHz程度の一般的なQCMより極めて高感度である。これは高周波化が容易でないQCMにくらべ、100MHz程度の高周波化が容易なSAWセンサの利点である。
式(4)の右辺第2項は弾性効果(弾性負荷; elastic loading)であり、ガス分子と感応膜(表面層)の相互作用(可逆的物理吸着、化学吸着)により、薄膜(表面層)が固くなると音速が増加することを表す。式(5)の第1項は、薄膜の粘弾性が増加して減衰が増加することを表す。
式(4)の右辺第3項および式(5)の右辺第2項は、電気音響(Acoustoelectric;AE)効果を表す。一般に、圧電基板ではSAWによる歪みのため電界が発生し、分極電荷を引き戻そうとするが、これは見かけの弾性率向上をもたらす(圧電硬化)。しかしガス分子の吸着・吸収により薄膜の導電性が向上すると、電流が流れて圧電硬化を緩和し、弾性率を減少させて音速を低下させる。また、この電流によるエネルギー損失のためSAWの減衰が増加する。
また感度が高いため、感応膜を薄くできるので、従来のSAWセンサより応答時間も顕著に短い。さらに、振幅応答が使いやすく、弾性波と分子の相互作用の多様性により振幅と位相が異なるメカニズムで変化するので、これらを使い分けることにより、計測対象以外のバックグランドガスの計測も可能になる。
4.ボールSAWセンサの解析
ボールSAWセンサでは、周回の途中で散乱等による波形の変形が起きにくいので、多重周回する波形が精密に計算できる。IDTの構造や感応膜の物性と厚さを取り込んで、周回波形を計算する式が導かれている。6) すなわち、すだれ状電極(IDT)で発生した周回数nのバースト信号波形は
である。として、全波形をの実部で計算できる。ここで、L=2πα は球の周長、VR はゼロ周波数の音速、C は定数、A(k) はIDTのアレイ因子、kは波数、S(ω) は電気回路の周波数特性、 は角周波数、K0 はIDTによる波数の設計値、ΔV は電極や感応膜による音速分散(周波数依存性)の大きさ、は位相速度、α は減衰定数である。
式(6)は、球の無回折伝搬により1周しても波面が保存されることを利用して、回折や反射の影響を省略できることが背景にある。反射損失を低減し3倍周波数の高調波を発生できるダブル電極IDTを用いた2周波数素子の図4(a)の測定波形と、図4(b)に示す計算波形を比較する。直径10mmの水晶素子に水素感応膜として厚さ40nmのPdNi膜を形成した結果、周波数分散が発生して39周目の波形では3次高調波が基本波より約1μsの群遅延を示す挙動が高精度に再現されている。
参考文献
- 2) Yamanaka K, Ishikawa S, Nakaso N, Takeda N, Sim, D, Mihara T, Mizukami A, Satoh I, Akao S, Ebi Y, Tsukahara Y 2006 Ultramultiple roundtrips of surface acoustic wave on sphere realizing innovation of gas sensors IEEE Trans UFFC 53 793–801.
- 3) 山中一司 2015 ボールSAWセンサを用いたガス中微量水分計測 応用物理 84, 218-223.
- 6) Yamanaka K, Singh KJ, Iwata N, Abe T, Akao S, Tsukahara Y, Nakaso N. 2007 Acoustic dispersion in a ball-shaped surface acoustic wave device Appl. Phys. Lett. 90 214105
【著者紹介】
山中 一司(やまなか かずし)
ボールウェーブ(株) 取締役研究開発本部長
東北大学名誉教授
■略歴
1975年 東京大学工学部物理工学科卒業
1977年 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了(物理工学専攻)
1978年 通商産業省工業技術院機械技術研究所研究員
1987年 工学博士(東北大学)
1987年 カナダNRC工業技術研究所訪問研究員(兼任)
~88年
1997年 東北大学教授
2015年 東北大学名誉教授
2015年 ボールウェーブ株式会社取締役
現在に至る
超音波による材料評価・非破壊検査の研究および弾性表面波センサの研究に従事。1999年NEDOプロジェクトにて軸受球の非破壊検査の研究中に球の弾性表面波の自然なコリメートビームを発見、科学技術振興調整費研究にてボールSAW水素センサ、CRSETにて携帯型ガスクロを研究開発。1997年応用物理学会論文賞、2008年文部科学大臣表彰、山崎貞一賞受賞。東北大学名誉教授。