1. はじめに
高密度集積回路 (LSI) や大容量通信技術のお陰で多くの情報が得られる時代になっていますが、多様なセンサやMEMS (Micro Electro Mechanical Systems) のような技術を、ビジネスとしてどう発展させていけばよいか、以前SEMI通信に書いた記事 https://www.semi.org/jp/blogs/technology-trends/mems-business (2020年6月30日) を具体的な事例は参照して頂きながら、バージョンアップして述べてみたいと思います。
2. LSIとMEMS
LSIの素子数は微細化により1.5年から2年で2倍になるムーアの法則で指数関数的に進歩してきましたが、これは高集積化の流れでMore Mooreと呼ばれます。これに対して、システムの入出力などに使われるセンサ・MEMS技術は多くの場合に多品種・少量で開発がボトルネックになり、毎年13%の割合で進歩し、多様化の流れでMore than Mooreと呼ばれます。米国のテキサスインスツルメンツ社の社長であった Patrik E. Haggerty氏は集積回路の将来について、「ほんの数社 (五つ程度) が工業の必要全需要の90%かそれ以上を供給する」と1964年に述べています (フレデリック サイツ、ノーマン アインシュプラッハ 「シリコンの物語」 内田老鶴圃 (2000))。標準化と大量生産で設備投資を回収できる集積回路に対し、MEMSビジネスは多くの場合に困難に遭遇します。2004年にカリフォルニア州サンノゼに SVTC (Silicon Valley Technology Center) という会社ができ、8インチラインでLSIとは異なる多様な半導体デバイスの試作・小規模生産を始めましたが、2012年10月に閉鎖されました。
SEMI通信に書いたようにMEMSビジネスはそれぞれ工夫して生き延びています。2003年に創立された米国のカリフォルニア州にあるA. M. Fitzgerald社は、技術戦略のコンサルティングや設計から試作を行い、量産ファウンドリに移行させる支援を行っていますが、主に大学の設備を使って6インチウェハで試作するコンパクトな形で行っています。またカナダでは、アルバータ州エドモントンにMEMSファウンドリTeledyne Micralyneがあります。1986年にスタートしたUniv. of Albertaのプロジェクトをベースに1998年にMicralyneが設立され、標準的なプロセスをプラットフォームにして発展してきましたが、2019年にTeledyneが買収しました。欧州の場合に、ドイツのフラウンホーファ研究機構 (FhG) の例では、それが各大学のキャンパスに分散して設置され、ニーズや技術課題を収集し完成度の高い技術を産業界に提供しています。フランスのMINATEC、ベルギーのiMEC、フィンランドのVTTなども、それぞれ産業界に貢献しています。
3. 日本のセンサ・MEMS
1990年頃まで日本のMEMSは世界の一翼を担っていました。例としては、豊田中央研究所で開発されたピエゾ抵抗型の圧力センサが、1980年代に自動車のエンジン制御に使われ、排気ガス対策に貢献しました。1987年に横河電機では振動型圧力センサを開発し、今でも使われています。また深くエッチングするBoschプロセスによるDRIE (Deep Reactive Ion Etching) を住友精密工業が1995年に製品化しMEMS分野に大きく貢献しました。
2000年頃からクローバル化が進み、企業内での開発が弱体化して、新たにMEMSを始めた多くの会社が正しく判断できずに、外部から持ち込まれた技術を安易に取り入れて失敗しました。同じピエゾ抵抗型3軸加速度センサを数社以上が作るという2006年頃の異常な状況 (日経エレクトロニクス 2006/9/11, 71-77) は日本企業における判断の弱さを象徴しており、関わった企業は撤退しました (日経マイクロデバイス, 2009/5, 80-81)。2010年頃から海外ベンチャ企業などとM&Aで提携するように変わってきました。新技術が生まれにくい日本の現状では止むを得ないと思いますが、組織間の壁を低くし日本発の新技術が産業に結び付くよう、努力していく必要があります。
MEMSファウンドリは2005頃に公的資金に支えられて生まれましたが、自社向けデバイスを優先して (日経マイクロデバイス, 2009/2, 104-105) 全てが撤退し、世界における地位が相対的に低下しました (日経マイクロデバイス, 2008/11, 49-55)。LSI関係のTSMC (台湾) や、MEMS関係最大のSilex Microsystems (スウェーデン) における、ピュアファウンドリとしての節操あるやり方を見習う必要があると思います。しかし日本のMEMSも、MEMSマイクロホンなどをMEMSファウンドリとして供給しているソニーセミコンダクタマニュファクチャリング、またMEMSマイクロホンを自ら製造しながら外国のMEMSファウンドリも使って供給する日清紡マイクロデバイス(旧 新日本無線)、光技術をベースにしたMEMSの試作・製造工場を持つ浜松ホトニクス、下で述べる「試作コインランドリ」も使いながら採算が合いにくいMEMS開発・試作を請け負うメムス・コアなど、特徴あるMEMSビジネスもあります。
日本のMEMSビジネスの問題を考えてみます。縦割り行政が要因で、産総研などが産学を結び付けるハブの役割を果たしてないことが課題です。日本の大学では、産業界の問題点が伝わらないため製品につながる研究は少なく、ベンチャ企業も育ちにくくなっています。また形式的に論文の数で研究を評価する傾向があり、採択されやすい新しさだけのテーマを選定することも問題です。一連の設備を利用して完成度の高い試作品を作れる環境や技術が無いため産業化につながらず、自分で作らず外部に丸投げも見られます。企業でもアイデアを実現するために設備投資をするわけにはいかず、しかし設計試作の経験を持たないで外部委託するとほとんど失敗します。
4. 試作コインランドリ
東北大学の「西澤潤一記念研究センター」では、移設した半導体工場をベースに寄付された設備などを利用し、1,800 m2のクリーンルームにある「試作コインランドリ」 http://www.mu-sic.tohoku.ac.jp/coin/index.html で、会社から派遣された人が自分で操作し、4インチや6インチ、一部8インチのウェハで試作開発ができるようにしています。2010年より戸津健太郎教授が中心になって運営していますが、ここで作られたデバイスを市販させてほしいとの要望に応え、東北大学が文部科学省や経済産業省と交渉し、2013年より製品製作が認められました。2022年3月までのユーザは361機関 (企業297社)、毎月延べ1,000件ほど使われ、年間予算3億円ほどで利用料により独立採算に近い形で運営されています。また建物はモノづくりのベンチャ企業などにも利用されています。
MEMS技術は様々な知識を必要とするため、いかにして多様な知識にアクセスするかが大きな課題です。シーズから書いた 江刺正喜 「はじめてのMEMS」 森北出版 (2011)、ニーズから書いた 江刺正喜、小野崇人 「これからのMEMS – LSIとの融合 -」 森北出版 (2016)の他、入門書の 江刺正喜 「半導体微細加工技術 MEMSの最新テクノロジー」 アナログウェア No.13 (トランジスタ技術2020年11月号別冊付録) CQ出版社 (2020)、専門書の M. Esashi ed. “3D and Circuit Integration of MEMS”, Wiley VCH (2021) を参照してください。
会社の相談に乗り、各地で無料セミナーなどを開催して知識提供に努めてきました。1,000冊ほどの文献ファイルをExcelでキーワード検索できるようにしたり、関連する学会の予稿集などを整理し、探しやすくして利用頂いております。また4部屋の展示室 http://www.mu-sic.tohoku.ac.jp/nishizawa/ を整備し、サンプルなどを直接見て頂けるようにもしています。是非多くの方や会社にお使い頂きたいと思います。
【著者紹介】
江刺 正喜 (えさし まさよし)
東北大学 名誉教授
■著者略歴
昭和46年東北大学工学部電子工学科卒。51年同大学院博士課程修了。
同年より東北大学工学部助手、56年助教授、平成2年より教授となり、現在名誉教授。
東北大学 シニアリサーチフェロー (マイクロシステム融合研究開発センター) 兼 ㈱メムス・コア CTO。
半導体センサ、マイクロマシニングによる集積化システム、
MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の研究に従事。
■主な受賞
電子通信学会業績賞(昭和55年)、SSDM Award(平成13年)、第3回産学官連携推進会議文部科学大臣賞(平成16年)、紫綬褒章(平成18年)、IEEE Andrew S.Grove Award 2015(平成27年)、IEEE Jun-ichi Nishizawa Medal 2016(平成28年)、応用物理学会業績賞(令和4年) 他