偏光カメラ技術と計測 (2)

(株)フォトニックラティス
井上 喜彦

4.ポアンカレ球とこれを用いた偏光の理解

4.1 本章の狙い

 筆者は、実体験として、ポアンカレ球の理解こそが偏光理解の近道であるとも考えているが、一方でポアンカレ球こそが理解の障害になっているという意見を聞くことも多い。そこで、ポアンカレ球を少しでも直感的に理解できるような説明を試みて、これが偏光の応用開発の一助になればと期待する。
 本章では、はじめにあらゆる偏光が2軸の座標平面上の一点で表せることを示し、次にこの平面は球面として捉えること理に適っていることを示す。最後に、前述の「偏光子回転型」と「波長板回転型」の偏光センサが取得できる情報の違いを、ポアンカレ球を用いて直感的に把握できることを示す。

4.1偏光と位相とポアンカレ球

 偏光情報とは、光の波の振動方向の情報である。そして様々な偏光状態は、光の進行方向に垂直な面内に想定した直交2軸方向の、それぞれの振動成分のタイミング(位相)で定義することができる。図4は、直交2成分の位相の違いで、直線偏光/楕円偏光/円偏光などを表せることを示している。
 例えば2軸の成分が同時に0点を通過する位相の場合(図4(c))、その合成成分は斜め45度の単振動になる。これが直線偏光である。また、振動成分の位相が1/4周期前後にずれることで、合成成分は右回り(図4(e))もしくは左回り(図4(a))の円偏光になる。そして、これら以外の全ての位相で、合成成分は楕円を描き、楕円偏光になる。また、直交2軸を縦と横ではなく、別な角度に選択することで、任意の軸方位の偏光状態を表すことができる。従って、直交2軸を設定する角度を横軸に、各直交2軸の振動成分の位相を縦軸に選定した2次元座標は、全ての偏光状態を表すことができ、任意の偏光状態はこの座標上の一点で示される (図5(a))。

図4 直交2成分の位相で決められる偏光状態
図4 直交2成分の位相で決められる偏光状態
図5 偏光の2次元座標表示とポアンカレ球
図5 偏光の2次元座標表示とポアンカレ球

 なお、図5(a)のグラフの右端と左端は同一の偏光状態を表しており、且つグラフの上端は全て右回りの円偏光、下端は全て左回りの円偏光である。従って、このグラフの左右端を円筒状に繋げて、更に上端同士と下端同士を一点に集めるイメージで、平面が実は球面上の座標であることを直感的に把握できる。この球表面に図5(a)のグラフを張り付けたものがポアンカレ球(図5(b))である。図5(a)の平面グラフとポアンカレ球は、平面展開した世界地図と地球儀の関係と同じであり、球面座標系のポアンカレ球の方がより本質的に正しい認識と言える。

4.2 ポアンカレ球を用いた2種類の偏光センサの取得情報の違い

 「偏光子回転型」の偏光センサは、光量センサの前段にある偏光子を回転させたときの光量変化のパターンから偏光情報を推定する。一方の「波長板回転型」の偏光センサは、光量センサの直前には固定の偏光子、更にその前段の波長板を回転させたときの光量変化のパターンから偏光状態を推定する。これらの光量変化のシミュレーション結果を、横軸に偏光子の透過軸方位、縦軸に透過率を選定したグラフで示したものを図6である。
両グラフを比較すると、図6(a)の「偏光子回転型」のグラフでは、(楕)円偏光の左右周りに対して同じグラフ形状が得られており、両者を区別できないことがわかる。一方の図6(b)の「波長板回転型」のグラフでは、左右周りの(楕)円偏光に対して異なるパターンが得られており、これらを識別できる。

図6 偏光子回転型と波長板回転型の出力パターンの比較
図6 偏光子回転型と波長板回転型の出力パターンの比較

 ポアンカレ球を用いると、こうした違いをより直感的に把握することが可能である。「偏光子回転型」で得られる情報は、ポアンカレ球上の各点を赤道面に下した垂線の足の座標情報になる。つまり、地球で考えた場合の北極星の位置に視点を固定して観察している(図7)ことと同じである。そのように考えてみると、赤道面の同じ一点に垂線の足を持つ偏光情報は南北極側にそれぞれ一点ずつあり(図8(a))、これらが区別不能なことは理解しやすい。また、北極星の位置の視点からは、赤道上の点からの南北への変化は、奥行方向の動きになる為に検出不能である(図8(b))。これは直線偏光近傍の位相変化に対する感度が0である「偏光子回転型」の特性に対応する。更に、無偏光成分の混入は、ポアンカレ球上の点が球の中心に落ち込む振る舞いを示すが、これは「偏光子回転型」のセンサにとっては、偏光状態が円偏光に近づく振る舞いと区別ができない(図8(c))。

図7 偏光子回転型の偏光検出のイメージ
図7 偏光子回転型の偏光検出のイメージ
図8 偏光子回転型の欠点
図8 偏光子回転型の欠点

 これに対して「波長板回転型」では、ポアンカレ球上の点を一旦様々な方向に波長板により変化させた後に赤道面に投影している為に、結果的にあらゆる点を識別可能である。つまり、ポアンカレ球面上のあらゆる偏光点を正しく把握できる「波長板回転型」センサに対して、北極星の位置に視点が固定されるのが「偏光子回転型」センサ、と考えることで、各センサの違いを幾何学的に把握することができる。
 こうしたセンサ間の違いの把握だけではなく、ポアンカレ球を理解することで、本稿では割愛するが、複屈折による偏光変化などの様々な偏光情報の振る舞いの把握を、幾何学的に見通すことが可能になる。

5.まとめ

 本稿では、偏光カメラの応用分野や種類を紹介するとともに、偏光の理解の一助となるポアンカレ球について紹介した。偏光応用分野は、ゆっくりではあるが着実に広がりを見せており、そこに偏光カメラやポアンカレ球の知識が役立つと期待する。



【著者紹介】
井上 喜彦(いのうえ よしひこ)
株式会社フォトニックラティス 取締役

■略歴
1993年3月京都大学工学部金属系学科卒。
1993年4月ソニー株式会社入社。磁性薄膜のプロセス開発、材料開発に従事。
2008年4月株式会社フォトニックラティス入社。フォトニック結晶の作製プロセス開発、応用製品開発及びにそれらの営業・販売に従事。
2010年4月同社取締役就任。マーケティング、営業担当。フォトニック結晶応用製品の一つである複屈折計測装置の市場拡大と機能向上とを実現してきた。近年ではアジア圏を中心とした海外マーケティングにも重点を置いた活動に従事。