真空の圧力測定技術(Pressure measurement method in vacuum)(1)

キヤノンアネルバ(株)
桑島 淳宏

1. はじめに

真空環境の圧力を測定するために利用される圧力計は真空計と呼ばれている.真空は日本工業規格(JIS)で「通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間」と定義されているため,一般的には大気圧(1.013×105 Pa)以下の圧力を測定する圧力計が真空計である.圧力とは単位面積あたりを気体が押す力であるが,真空の圧力測定が,この力の定量化を目的とすることは少ない.表1にあるように真空環境を利用する主な目的は,気体分子が少ない空間の特徴を利用するためであり,真空計はその空間の気体分子数密度を圧力で管理するために利用される.

表1. 真空環境の利用事例

真空を利用した代表産業に半導体やディスプレーなどの製造を行う電子デバイス産業がある.その製造に使用される薄膜形成装置(図1)での真空計の利用例を説明する.

図1. 薄膜の形成装置の概略図

装置全体がいくつかの真空室で構成されており,真空計は各真空室,真空ポンプごとに設置され,測定した圧力をもとに

・大気圧,真空排気後の到達圧力の確認
 ⇒ポンプの起動・停止,プロセスの開始,ウェハー搬送(ゲートバルブ開閉)タイミングの管理
・プロセス圧力(薄膜形成中の圧力)の測定
 ⇒プロセスガス導入量の調整,工程パラメーターのモニタリング

が行われている.最先端デバイスの製造に使用される装置では,圧力が静止衛星の軌道上と同程度の10-8 Pa台に達するものもあり,真空計は大気圧から10-8 Pa台の広い測定範囲をカバーしなければならない.しかし,単一の測定方式ではこの測定範囲をカバーするのは困難であり,2種類以上の真空計を組み合わせて圧力測定を行うのが一般的である.
本稿では,各種真空計の紹介を行い,その中から真空装置の管理に汎用的に使用されている真空計をとりあげ,その測定方式の解説を行う.

2. 真空計の分類

真空容器内の残留気体は,大気成分やプロセスガスから構成される混合気体である.真空計には,この混合気体全体の圧力を測定できる全圧真空計と構成成分ごとの分圧を測定できる分圧真空計に分類される(表2).このうち,全圧真空計に関して,詳細な説明を行う.

表2. 各種真空計の分類 4)

全圧真空計はその測定方式により,3つに分類される.「機械的現象」を利用する真空計は,圧力に応じて変化する物体の変位や歪量を測定し,圧力に変換する真空計である.この分類に属する真空計は,大気圧以上を測定する圧力計と同じ方式のものが多く,https://sensait.jp/14779/ にも測定方式の解説がある.
「気体の輸送現象」を利用する真空計は,気体の熱伝導や粘性抵抗が圧力の低下と共に小さくなることを利用して測定を行う真空計である.
「気体中の電離現象」を利用する真空計は,気体分子を電離(イオン化)して,イオン電流として,気体分子数密度を測定する真空計である.気体分子数密度は圧力と比例関係にあるため,この方式で圧力測定ができる.
表3は代表的な真空計の圧力測定範囲をまとめたものである.この中から,汎用的に利用されている真空計として,「隔膜真空計」,「ピラニ真空計」,「B-A真空計(熱陰極電離真空計)」の測定方式を解説する.

表3. 代表的な真空計の圧力測定範囲 4)

3. 隔膜真空計

この真空計は,圧力による隔膜の変形を測定し,圧力測定を行うもので,大気圧以上の圧力測定にも同様の構造のものが利用されている.図2に隔膜真空計の構造を示す.

図2. 静電容量型隔膜真空計の構造と測定方式

隔膜真空計は隔膜によって仕切られた2つの空間があり,一方は圧力測定を行う真空容器に接続される.もう一方には,電極が設置され,この空間は真空に保たれている.真空容器と接続されている空間の圧力が高くなり,隔膜に気体の圧力がかかると,電極のある空間との圧力差により隔膜に変形が生じ,隔膜と電極間距離が短くなる.静電容量 C,隔膜と電極間距離 d,誘電率をεとするとC =ε/d の関係があるので,静電容量を測定することで,隔膜にかかる圧力差を測定できる.圧力差と記述しているが,実際には電極側の空間は真空(≒0 Pa)に保たれているので,0 Paを基準とした圧力が測定できる.また,気体の圧力を直接測定しているため,気体の種類による感度差は生じない.
この真空計は圧力が低くなるほど,圧力変化に対する隔膜の変形量は小さくなる.そのため機械的・電気的な限界により測定できる最小圧力は10-2 Pa程度である.また,1台の真空計がカバーできる測定範囲は3桁程度であるので,広い圧力領域を測定するには,測定範囲の異なる真空計を組み合わせる必要がある.

参考文献

1) 熊谷寛夫, 富永五郎編著:真空の物理と応用, 裳華房.

2) 日本真空学会編:真空科学ハンドブック, コロナ社.

3) 関口 敦:トコトンやさしい真空技術の本, 日刊工業新聞社.

4) 日本真空工業会編:真空ポケットブック, 非売品.

5) 日本工業規格 JIS Z 8126-1:1999 真空技術-用語- 第1部:一般用語.

6) 日本工業規格 JIS Z 8126-3:2018 真空技術-用語- 第3部:真空計及び関連用語.

7) 川﨑洋補:各種全圧真空計の特徴とメンテナンス, Vac. Surf. Sci. 61 (2018) 514.

8) 大沼永幸:隔膜真空計の原理と技術, Vac. Surf. Sci. 64 (2021) 174.

9) 秋道斉:種々の真空計とそれぞれの測定原理, J. Vac. Soc. Jpn. 56 (2013) 220.

次回に続く-



【著者紹介】
桑島 淳宏(くわじま あつひろ)
キヤノンアネルバ株式会社 コンポーネント開発部

■略歴
2008年 キヤノンアネルバ株式会社へ入社
    ·真空コンポーネントの開発に従事