東京医科歯科大学生体材料工学研究所センサ医工学分野の三林浩二教授の研究グループは、関西大学化学生命工学部化学・物質工学科の岩﨑泰彦教授との共同研究で、外耳道由来の経皮ガスが、疾病や代謝に関連する揮発性有機化合物(VOCs)を安定かつ連続的に計測するのに有用であることをつきとめた。
この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびにIDDM ネットワークの支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reports に、2021 年6 月10 日にオンライン版で発表されたという。
【研究の背景】
呼気や皮膚ガス(経皮ガス※1)などの生体ガスには、代謝や疾病に基づく血液由来の揮発性有機化合物(VOCs※2)を含むことから、非侵襲かつ簡便な代謝評価や疾病スクリーニングへの応用が期待されている。特に経皮ガスは、呼気に比べて低負担に連続採取しやすいことから、VOCs濃度の経時変化を詳細にモニタリングするのに有用なサンプルである。
しかしながら、経皮ガス中のVOCs 濃度は呼気に対して3桁ほど低い(体積比率ppt※3 から ppb※4 レベル)場合もあり、高感度な計測技術が必要である。既にガスクロマトグラフ質量分析計※5 のように、高感度にガス成分を分析できる装置は普及しているが、リアルタイムな連続計測を行うことができない。
また装置自体も大型なため、研究室など特殊な環境での利用が一的である。既に小型でリアルタイム計測が可能なガスセンサも多数開発されているが、既存の多くのセンサは呼気や皮膚ガスに含まれる「湿度の影響」を受け、目的のVOC だけ選択的に計測することは容易ではなかった。
さらに皮膚からは、血管から皮膚を通過するもの以外に、汗腺や皮膚上の常在菌から放出される成分が高濃度で存在し、加えて、身体の部位によって放出動態や濃度、発汗や汗腺からの激しい放出が、対象成分の安定的なモニタリングを困難にしていた。
【研究成果の概要】
本研究グループは、これらの課題を解決するため、汗腺の少ない外耳道に注目し、そこから放出される血中VOCs の評価を試みた。そこで、まずエタノールを対象成分として、濃度の経時変化をリアルタイムにモニタリングできる「外耳道由来ガスモニタリングシステム」を開発した。
本システムは、外耳道から放出される経皮ガスを捕集する「外耳道ガス採集セル」と、採取した経皮ガス中のエタノールを連続計測する生化学式ガスセンサ「エタノール用バイオスニファ」とを接続して、構成されている。
外耳道ガス採集セルは、市販のイヤーマフに送気用の孔(2箇所)を設けて作製し、エタノール用バイオスニファは生体触媒である酵素を用いることで、ガス情報を光情報へ変換する。具体的には、アルコール脱水素酵素(ADH)がエタノールを酸化触媒する際、電子の受容体としてはたらく補酵素(酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+))が同時に還元される。その補酵素の還元型NADH は、波長340 nm の紫外光を吸収すると波長490 nm の蛍光を放出する「自家蛍光特性」を有している。ADH 酵素反応から生成されるNADH量はエタノール濃度に相関することから、NADH 由来の蛍光を検出することでエタノール濃度を測定する。
実証実験として、外耳道ガス採取セルを耳に装着した被験者に、一定量のアルコール飲料を摂取してもらい、飲酒により変化する外耳道由来の経皮ガス中エタノールを連続的に計測した。その結果、飲酒後のエタノール濃度の上昇と、その後のアルコール代謝によるエタノール濃度の減少が観察された(図1)。
また、測定中のセンサ出力は非常に安定しており、発汗に基づくスパク状のノイズが見られた「手のひら」とは対照的だった。これは外耳道に汗腺がほとんどないことが影響していると考えられる。
この結果は、同時に計測した呼気中のエタノール濃度の経時変化と比べ、遅延(約13 分)はあるものの同様の濃度変化を示し、両者に高い相関性が認められました。他の研究により呼気と血中エタノール濃度の相関性が報告されていることから、外耳道由来の経皮ガスによる血中エタノールの非侵襲な連続計測も期待される。
【研究成果の意義】
本研究により、エタノールなどの血中VOC をモニタリングする際に外耳道が有効な場所である可能性を示した。外耳道には汗腺が少なく、発汗の影響が小さかったことが、安定的な経皮ガス計測実現の要因であったと考えている。一方、本成果を基に、例えば呼気で行う飲酒テストのような検査を耳からの経皮ガスで行うようにすれば、飛沫由来の「感染症リスクの低下」につながる。また、バイオスニファは酵素種を変えることで、他のVOCsの計測も行えることから、例えば脂質代謝により生成されるアセトンを連続計測することで、有酸素運動中に脂質代謝(脂肪燃焼)をモニタリングする「ヘルスケア」「スポーツ技術」への応用も期待されるとしている。
【用語】
※1 経皮ガス
皮膚ガスのなかで、血中に含まれる揮発性有機化合物が皮膚組織を介して皮膚表面から体外に放出されたもの。
※2 揮発性有機化合物(VOCs)
常温常圧で、揮発性を有する有機化合物の総称。
※3 parts-per-trillion(ppt)
1 兆分のいくらであるかの比率を表す数値。(1 兆分率)。
※4 parts-per-billion(ppb)
10 億分のいくらであるかの比率を表す数値。(10 億分率)。
※5 ガスクロマトグラフ質量分析計
複数の成分から成る混合気体をカラムと呼ばれる成分分離装置を介して分離し、後段の質量分析装置で濃度を定量するガス分析装置。
【論文】
掲載誌: Scientific Reports
論文タイトル: External ears for non-invasive and stable monitoring of volatile organic compounds in human blood
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 三林浩二教授 研究室HP:
https://www.tmd.ac.jp/i-mde/www/inst/inst-j.html