量子磁気計測センサ応用ME機器の研究開発と実用化(1)

元 横河電機(株) 取締役中央研究所長
大手計測センサ技術事務所
大手 明

現在量子計測センサに大きな注目が集まり、ME機器応用などを目標とした多くの研究開発が行われ、勝れた成果も報告されている。これらの成果も単なる研究報告だけでは、社会に貢献しない。ME機器として実用化を行い、更に事業化、産業化に展開させることが次の科学技術の発展につなげるためにも必須である。このため、企業の積極的な取組みが必要である。
本稿では例として現在大きな産業として育っているMRIの研究開発から実用化の過程を報告する。今後の展望に関してはAppendixで私見を述べる。

1. MRIの研究開発と実用化、事業化

(注) NMR (Nuclear Magnetic Resonance) 分析装置など
MRI (Magnetic Resonance Imaging) イメージング装置

横河電機のMRIの研究開発は未だ製品が市場に発表される以前に文献調査から開始した。小型試験装置での予備実験からオリジナリティある新しい方式を考案し、YMS(横河メディカルシステム社)と共同で人体用モデルまで開発した。この間約3年である。この成果が後にGE社、YMS社の経営に寄与したことは、理想的な研究開発事例と考える。開発の経験は貴重な技術蓄積であり、今後のME機器の実用化、事業化、更には産業化の参考になるので、経過を報告しておきたい。

(注)YMS社は現GEヘルスケア・ジャパン社であるが、本文ではYMSで統一

1.1 研究開発

横河電機ではME画像分野に進出するとのCMK(コーポレートマーケティング部門)の提唱に従って超音波断層像装置の開発・製品化、X線CT装置の横河モデルの開発が既に進められていた。次の画像診断装置として癌の診断の可能性のあるNMRの利用が話題になっており、大手は調査を進めていた。我が国の当時の研究は一点毎のデータ集めて画像にするような方式であった。世界では1973年にニューヨーク州立大学のLauterbur教授の提案による勾配磁場を用いて断層像を得る方式の研究が始まっていた。
英国を中心とする世界中の文献を全て集めてもファイル一冊程度の量であった。これならば何かブレークスルーが出れば良い製品が開発できるとの考えで1981年10月から岩岡秀人さん(故人)を中心に具体的な検討を開始してもらった。研究メンバーは岩岡さん、藤野健治さん、杉山直さん、松浦裕之さんの4名である。この時点でGE社が開発を進めているとの情報は入っていなかった。

(トピックス:Lauterbur教授を訪ねて)

1982年3月19日、大手は横河電機ニューヨーク駐在の三木勇二さんの運転する車でニューヨーク市対岸のロングアイランド島を北上していた。着いたのはStony Brookと言う所。ここでSUNY(ニューヨーク州立大学)at Stony Brookの Lauterbur教授を訪ねた。教授は1973年に勾配磁場を用いて断層像が得られる原理を提唱していた。1982年にTemperatureの国際会議がWashington DCで開催され、大手は量子計測センサのNQR(核四重極共鳴)標準温度計の発表を行った。その帰途にStony Brookに立寄ったものである。大きな身体であるが、もの静かな教授も三木さんの巧みなジョークに和み、いろいろ話をしてくれた。因みにジョークの内容は大手には全く理解できなかった。

図1 Lauterbur教授と大手

Lauterbur教授が勾配磁場を用いた断層像装置の提案をした頃には米国でも注目され、GE社からは何回も調査に来た。しかし、その後は全く音沙汰が無く、彼は米国には仲間が居らず、英国の研究者と情報交換を続けていたとのこと。ところが、この頃になって再びGE社から調査に来るようになり、日本の各社からも来ているとのことであった。当時のLauterbur教授はNMR顕微鏡の開発に注力していた。光学顕微鏡と異なり、対象物の内部が観察できるので、分解能が上がれば魅力的なものと思われた。新しい研究開発テーマの開始にあたり、原理の提唱者から直接の教示を受けることが出来たのは大変幸運なことであった。教授は2003年にノーベル医学生理学賞を得ている。

1.2 NMRイメージング法(MRI)の原理

図2 NMRイメージング法の原理

本題に入る前に基本原理を簡単に紹介する。均一磁場B0中におかれた1H(プロトン)はラーモアの周波数ν0=γB0で歳差運動し、熱平衡状態ではB0方向に磁化Mを生じる。γは磁気回転比である。B0と直交してν0の高周波パルス(90°パルス)を印加すると磁化MはⅩY平面内に倒れる。さらにMをⅩY平面内で反転させるためRFパルス(180°パルス)を印加すると、NMR信号としてエコー信号を放出する。信号検出の際、線形勾配磁場Gxを印加する。得られたエコー信号をコンピュータでフーリェ変換すると周波数軸上に対象物の投影像が得られ、Ⅹ軸の位置情報を周波数に対応づけることができる。Y軸方向の位置情報は線形勾配磁場Gyを用いて位相軸に変換する。Gyを変化してこのパルス系列を繰返し、得られたデータを2次元フーリェ変換して画像を得る。 静磁場B0の発生には電磁石を用いる。

図3 人体用NMRイメージング装置の原理構成

均一な磁場が得られるよう電磁石をいくつかに分割して構成する(図の例は4コイル)。この内側にX、Y、Zの3組の勾配磁場コイル、RFの励起コイル、受信コイルなどが組み込まれている。NMR信号のSN比が磁場強度に比例することから強磁場を発生できる超電導磁石を用いる例もあるが、大型、高価という欠点がある。SN比はパルス系列や信号処理技術により改善することができる。
従来のNMRイメージング法ではRFパルスの印加後、次のプロジェクションに進むまでに磁化Mが熱平衡に戻る時間(約1秒間)待たなければならない。例えば128プロジェクションの信号を得る場合、128秒のスキャンタイムを要することになる。これが大きな欠点となっていた。

1.3 小型実験装置の開発-最初のNMR画像-

図4 着磁器を利用した「野菜のねぎ」の画像

研究テーマ名は「NMRイメージング装置」で、1)小型動物用装置の開発、2)人体用装置の開発、の2段階を想定していた。担当者はNMR、MRIについては素人であるので、そもそもの基本原理や装置開発の基本を学習することから1)の開発を始めた。
まず手始めとして、均一磁場の測定道具として磁束密度の絶対値を正確に測定できるNMR磁束計を試作した。これには、NQR温度計のマージナル発振器の技術がそのまま生かされた。均一磁場を発生する電磁石の原理や設計技術の習得をかねて図5に示す卓上の小型電磁石を設計し外注した。外注先は電源トランスの試作を得意としている町工場に依頼した。
小型磁石の外注作業が完了し納期待ちの期間は、NMR画像の基本を実体験することに当てた。画像再構成プログラムの作成も開始した。また社内の着磁器を使用して、撮像サンプルの野菜のねぎ、小魚のシシャモなどを画像化して基本原理を実体験するとともに、それらの画像からねぎの中空部分やシシャモの卵の部分を識別でき、MRIの良さを実体験した。

図5 試作した小型電磁石

高精度磁場測定器の作製、電磁石の設計、画像再構成プログラムの作成、着磁器を用いた実体験など、これらを手分けして行い、不十分な画質ながら5ヵ月後には自社設計した小型電磁石を用いた初めてのNMR画像が得られた。小型電磁石の磁場強度は0.1T(テスラ)、磁場均一性は4.3×10-5T、均一磁場領域(画像化領域)は直径40mm×長さ20mmと小さかったが、アイデアを確認するためには最適なシステムであった。

1.4 高速イメージング法の発明(Fast Recovery法:FR法)

担当となった岩岡さんは、MRIの実用化を阻んでいるものは何か、それを解決すれば実用化の道は開ける、そこに注力してアイデアを考案しよう、それを「ゴール」と考えていた。当時、MRIの研究は主に英国の大学で行われていたが、実用的な良い画像を得るためにはスキャン時間が20~60分と長かった。これらの論文では、良い画像を得ることを目的としていたが、プロトン(水)のT1(縦)緩和時間が1.5秒でありNMRの原理からスキャン時間が制限されるのは原理的なもので致し方ない、とい結論であった。そこに目を付け、原理的にスキャン時間を短くできれば実用化に大きく寄与できると考えた。
NMRの基本をまず勉強し、FR法の前段階にあたるパルスシーケンスを独自に考えたが、調査してみるとNMR分析ではすでに時間短縮のためにDEFT法として使用されている方法であった。ここで普通は諦めるのだが、目的・用途が違えば課題の解決法も違ってくるはずだと思い、松浦さんと共にDEFT法のイメージングでの課題と解決法について研究を進めた。その結果が下記のFR法である[1] 。また自作の小型電磁石で確認実験した卵の画像写真を示す。この発明は、米国IEEEの論文誌であるMedical Imaging誌に投稿し無修正で掲載された[2]。FR法の発明、英文による論文発表が国内・国外に横河の研究グループの存在を知らしめ、事業化を目的としたYMSとの人体用MRI装置の研究につながったと考える。
1981年10月から1983年7月までの1年10ヶ月、74人月で、学術界・産業界(GE社)にインパクトを与えるようなオリジナリティのある研究が行なわれた[4] [5]。

図6 FR法の原理(研究ノートから)
図7 小型電磁石を用いたFR画像(卵)

1.5 人体用NMRイメージングシステムの開発
    -横河電機とYMSとの共同開発プロジェクト-

小型電磁石のNMR画像が得られる少し前、研究がスタートして4ヶ月目の1982年1月には、社内のME事業が米国GE社と合弁で新会社であるYMSを起こし、そこで医療画像機器の開発・製造・販売を行うことになった。
1983年8月にYMSとの共同開発プロジェクトとして、人体用MRIシステム開発チームがスタートした。横河の大手、YMSの山口珪紀さんをリーダとして、実務は岩岡秀人さん他、YMSからは島崎通さん他電気計測技術チーム、機械設計チーム、ソフトウェアチームが参加した。期間は1984年9月までと短期間ではあるが、横河電機が開発した高速法と常電導磁石で人体用を実現することが目標である。
常電導磁石の設計はコンピュータを使っての電磁場計算により、均一性能と共に小型小電力を目標とした磁石の設計ができた。コイル部分の試作は外部に発注した。電磁石の開発は、ビオサバールの式をコンピュータで計算し、10mm角の銅線を用いたので現実の巻き線の引き出し線や形状に従って綿密なシミュレーションを実施し、かつ手元にあった直径100mm程度の巻き枠で実験し、使用した式に間違えがないことを確認した。

図8 人体用MRI装置の常電導磁石の組立風景
図9 完成した小型小電力常電導磁石

シムコイル、RFコイル、メカ部分はYMSが担当した。実験室は4.7m×14.1m の大きさで壁・床など周囲に鉄骨(磁性体)がなく、銅板による電磁シールドを施した。電磁石の電源等は購入した。電力150kW、冷却用給排水70リッター/分。すべてが研究者として初体験の大きな物理単位であった。電磁石は電気的設計はもちろんのこと磁場均一性を得るためのメカ調整プログラムやそれを考慮したメカ設計などの事前の配慮により予定通り完成し、そのため研究のスピードアップが図られた。
この装置を用い、1984年4月には人体頭部画像、ファントムで1mm分解能が得られている。その後、FR法画像のために調整を進めた。

図10 開発した人体用MRI装置を用いた画像

1.6 学会発表とまとめ

1984年8月に米国ニューヨークで開催された、Third Annual Meeting, Society of Magnetic Resonance Imaging in Medicine で杉山(直)さんがFR法を発表した[3]。発表の際の質問はT2(横緩和時間)に関してであったが、質問者の意図は、FR法の画像コントラストが低くなる点にからみ医療画像としての位置づけに注意を払うことが必要とのことであった。学会で発表しいろいろな意見を聞くことが重要である。その後、GE社ミルウォーキーのMRI Labで杉山(直)さんが講演したが、その際、参加者全員が赤線入りの我々のIEEEの論文を机上に広げていてFR法への関心の大きさと横河への敬意に改めて驚いた。

1983年8月-1984年9月(13ヶ月)、開発工数:横河43人月、YMS82人月で所定の目的を果たして人体用MRI装置の研究を完了した。成果を下記にまとめる。[6] [7] [8] [9]

1) 高均一磁場を発生し、小型・低消費電力という特長がある人体用0.15テスラの常電導磁石を自社開発した。
2) FR法で人体像を得、理論どおり従来法(SR法)の1/3から1/10のスキャンタイムを実証した。
3) 16秒の高速スキャンで人体頭部像、8分のファントム像で分解能0.5mmが得られた。
4) YMSへの技術トランスファーが完了した。1981年10月開始の基礎研究からちょうど3年目である。後日のことだが、FR法は高速法の基本となり、各種の新たな手法が付加されてGRASSという名前でGE社からMRI装置に搭載され、1990年代まで世界市場に供給された。
この他「T1,T2,プロトン密度計算画像」の研究もあるが、ここでは省略する。
この研究開発は、横河の医用画像装置展開の確たるビジョンのもとで、世の中のニーズの立ち上がり時期と合致した研究のタイミング、オリジナリィティを求めたコンセプト、実用的なモデルの設定、必要な技術分野を集積したプロジェクト体制、がポイントである。YMSは共同研究成果を活用して世界市場に対して事業化へ取り組み、成功された。

1.7 GE社とYMS社のMRI製品開発

資料によると、GE社のME事業部は当初X線CT事業の成功のためにMRIに関心を持たなかった。これに対しGE社のR&D Centerは生きた人間のリン31Pの代謝の研究用を名目に、Corporateの費用で1.5T超伝導磁石の全身NMR装置を開発した。MRIの研究で著名な英国のDr. P. Bottomley, Dr. B. Edelstein, などを採用している。
X線CT事業で敗れた各社はMRI 開発に注力し、1983年になるとMRIの商用モデルがヨーロッパで設置された。GE社でもイメージング装置の開発が始まり、1.5Tの研究用システムが転用された。RSNA ’83/84でSIGNAとして正式に発表され、超伝導磁石も社内生産とした。
SIGNAは1.5Tの強力なMRIで世界標準とされるが、装置が大きく、病院での設置に苦労した。特に日本の病院では普及が遅れた。広く普及させるためにはより小型の装置が必要との考えでGE社ME事業部からの要望で技術開発に取り組んだ。RESONA(輸出名MR MAX)はYMSが独自に開発した、0.35T/ 0.5Tの超伝導中磁場MRIシステムである。エレクトロニクス技術とマイクロプロセッサ、ソフトウェア技術を駆使し、小さいながら高画質、低価格の本格的実用機として注目された。中磁場ながら、腹部の画像はむしろ1.5Tより良質との評価とのことである[9]。技術的には横河-YMSの共同開発の成果が活かされている。言うまでもなく、GE社は世界中の病院に大きな販売ネットワークを持っている。これに対してYMS社はME機器の開発、設計、製造を日本国内で行い、GEブランドで世界市場に供給している。MRI装置機種別国内設置台数などは各種の調査報告がある(例えばhttps://www.jira-net.or.jp/vm/pdf/mri_pdf02.pdf)。

発表文献

[1] 岩岡秀人、藤野健治、杉山直、松浦裕之, “高速NMRイメージング法の基礎実験”, 第3回核磁気共鳴医学研究大会, 口演3, p.4, 1983.

[2] H.Iwaoka, T.Sugiyama, H.Matsuura, K.Fujino, “A New Pulse Sequence for “Fast Recovery” Fast-Scan NMR Imaging”, IEEE Transactions on Medical Imaging, Vol.MI-3,p.41-46, 1984.

[3] H.Iwaoka, K.Fujino, T.Sugiyama, H.Matsuura, “Fast Recovery Method for Fast Scan NMR Imaging”, Third Annual Meeting Society of Magnetic Resonance Imaging in Medicine, p.373-374, 1984.

[4] 岩岡秀人、杉山直、松浦裕之, “高速NMRイメージング装置”, 第23回計測自動制御学会学術講演会, p.333-334, 1984

[5] 大手明、“総合技術リポート84、エレクトロニクス、2.1 高速NMRイメージング装置”、横河技報 Vol. 28, No.2, pp. 84-85, 1984

[6] 岩岡秀人、松浦裕之、杉山直、平田隆昭, “高速NMRイメージング法”, 計測自動制御学会論文誌, Vol.23, No.4, p.326-332, 1987.

[7] 岩岡秀人、松浦裕之、杉山直、平田隆昭、”NMRイメージング装置“、横河技報 Vol. 31, No.2,pp. 57-62, 1987.

[8] 岩岡秀人, “核磁気共鳴現象を用いた映像法の研究”, 博士論文(慶應義塾大学), 1987.

[9] 横河電機 「医療機器事業こと始め」 第三の柱・創業の使命に燃えて
MEを語る会 代表 杉田昌質 (2011.2.25)非売品、限定配布資料

次回に続く-



【著者紹介】
大手 明 (おおて あきら)
大手計測センサ技術事務所
(元 横河電機(株) 取締役中央研究所長)

■略歴
1961東京大学工学部応用物理学科卒業(計測工学専修)、横河電機製作所(現横河電機株式会社)入社
工計研究部、研究開発部などにて
1961-76 主としてプロセス制御用計測器及び温度計測関係の研究開発に従事
差動容量式変位変換器/磁気式変位伝送器/アナログ式プロセス制御システム(I-Series)/トランジスタ温度センサ/NQR(四重極共鳴)標準温度計
1976- 研究開発部 室長・部長として研究開発の企画推進
超音波診断装置/NMRイメージング装置(MRI)/コヒーレント光通信用計測技術/高速電子計測技術
1990 電子デバイス本部長、計測制御機器用センサ及びICの開発、設計、生産を担当
1996 取締役中央研究所長、
1998 同社顧問兼横河総合研究所副社長
2003 横河電機技術開発本部技術コンサルタント。
現在 株式会社イーエス技研 監査役、技術顧問
  (大手計測センサ技術事務所)
(次世代センサ協議会元理事、海洋計測センサ部会元代表)

■受賞等
工学博士(1980年東京大学)、IEEE Life Fellow、計測自動制御学会フェロー
1975年 科学技術庁 第1回研究功績者表彰 「NQR標準温度計」