5. 高精度の温度センサと放射温度計・サーモグラフィ(熱画像)
5.1 1000℃の高温で使用できる高精度な白金抵抗温度計2)
電子部品や医薬品などの製造・管理において高精度な温度測定が必要な場合には,白金抵抗温度計が広く利用されている。しかし,1000℃付近の高温では,白金線に生じる熱歪みや白金自身の変質によりその抵抗値が不安定になることから,高精度での測定が難しいという問題があった。
そこで,産総研は,図6に示す高精度白金抵抗温度計の開発に取組み,白金の変質を抑制するための最適な熱処理工程を確立した。また,熱歪みはセンサ部の白金線を保持する形状に依存するため,新たな保持構造を採用して,高温で発生する熱歪みを低減した。この白金抵抗温度計では,水の三重点(0.01℃)と銀の凝固点(961.78℃)の間で)熱サイクル試験を行った後でも,図7に示すように1000℃付近で±0.001℃以内で高い安定性を得ている。近年,材料プロセスでは高温域での高精度な温度測定・温度制御のニーズが高まっている。また,高温域でも温度性能が安定していることから,開発された精密白金抵抗温度計は,温度計測の整合性確保と信頼性向上のための国際的な比較・検証での活用も期待される。
5.2 超高温での連続温度制御用に使用する高精度な高温用2色温度計
測定波長が一つの放射温度計は,黒体を前提とした分光放射輝度の温度特性をもとに温度を求めるため,放射率が1でない一般の物体の測定や,熱放射エネルギーを減衰させる外乱の存在によって直接的に温度指示の低下が生じる。これに対し二つの波長を用いた2色温度計は,2波長が同じ割合で減衰する(灰色減光)場合には2波長の熱エネルギー比に変化がなく,温度指示に影響を与えないので,測定窓の汚れや測定光路によって吸収障害がある場所での測定や微小物体の測定が可能で,製造現場や研究機関などで2色温度計が広く普及している。2色温度計(図8)では,2色,単色測定の切り替えができ,金属‐炭素共晶点(6.1節参照)において温度校正することで,高温域での高精度な温度測定を可能になっており,2000℃以上の高温での連続測定に使用される場合が多いが,長時間の強い熱放射エネルギーの集光は温度計の検出素子にダメージを与える。最近の2色温度計では,光学系の構造の工夫を施し,図9に示すように2400℃における約3年間の連続運転試験でも長期的に安定した温度出力ができる。
5.3 サーモグラフィ(熱画像装置)
(1)高性能な固定形サーモグラフィ(熱画像装置)3)
近年,安心,安全,環境・省エネ等での計測用センシング技術として,プラントの広域異常発熱監視や鉄鋼関連の生産ラインでのセンシングおよび異常監視な測の観点から,サーモグラフィカメラの低価格,小形化も求められている。図10に,固定形サーモグラフィカメラの外観と測定例を示す。通常,サーモグラフィカメラは,周囲温度の変化に対する2次元検出素子の出力ドリフト補正用としてメカニカルシャッターを使用している。このため,周囲温度の変化に応じて補正用のシャッターが閉じるため,連続測定できない場合があった。このカメラは,切れ目のない温度計測を可能とするシャッターレス構造を採用したことと,独自の補正技術によって環境温度の影響を小さくし,生産現場や設備監視等での2次元の温度分布測定の高精度化を実現している。
(2)サーモグラフィカメラによる顔表面温度計測
新型コロナウイルスの流行で,感染拡大を防止するための社会的対応が今までの感染症流行時とは比較にならないほど強化された。それに伴いサーモグラフィカメラが空港など海外との出入口となる場所だけでなく,日常的な施設にも多く利用されるようになっている。また,サーモグラフィカメラと可視画像と組合せた画像認識による顔検知が行われ,あわせて人物の温度値が表示されるものが多い。図11は、機械学習により熱画像のみで顔認識機能を備えた体表面温度発熱監視装置(サーモグラフィカメラ)で,警報システムを組合せて発熱者を検知し,警告用のライトや無線などで管理者への通報や発熱者がいる場合は入場用のゲートを閉じて接触式の体温計による検査を促すような警報システム例である。
6. 新しい温度校正装置
6.1 高温での放射温度計用の温度校正用金属‐炭素共晶点技術4)
放射温度計の高温域においては,これまで国際温度目盛ITS-90で定義されている温度定点の最高温度は銅点(銅凝固点:1084.62℃)であったが,産総研では,世界に先駆けてこの銅点以上の高温域での温度定点を開発し実用化した。この定点校正装置で用いられる定点物質は純金属ではなく,金属と炭素の合金を用いる金属-炭素共晶点および包晶点を温度定点として用いる。実用化している主な金属-炭素共晶点として,鉄-炭素(1153℃),コバルト-炭素(1324.316℃),パラジウム-炭素(1492℃),白金-炭素(1738.342℃),レニウム-炭素(2474.749℃)などがある。図12に示すように,これまで高温の温度目盛が銅点までの定点にて校正され,それ以上の温度では,温度計の出力を外挿して求めていたが,これらの高温定点の実現により,銅点以上の温度定点を使用することで,内挿で目盛校正することが可能になり,放射温度計の校正の不確かさが飛躍的に小さくなった。図13は,産総研と共同で開発した金属‐炭素共晶点用の超高温定点黒体炉で,日本発信の温度標準技術として世界の多くの研究機関にて使用され,放射温度計の高温標準定点として普及している。また,高温での放射温度計のJCSS認定の校正試験の範囲は,0.65μmの単色放射温度計の校正にてトレースされているが,これまでの銅点に加え,金属-炭素共晶点を使用することにより,校正温度範囲を2800℃まで拡大することができる。これによって,従来よりも,放射温度計の高温域での不確かさが格段に小さくなり,高温素材産業や航空・エネルギー産業での製造工程や研究機関等での温度測定の不確かさの飛躍的改善が見込める。
6.2 高放射率温度可変黒体炉5)
放射温度計・サーモグラフィを比較校正に用いるため,温度可変黒体炉(Variable Temperature Blackbody) には,標準放射温度計と校正対象の放射温度計の波長評価において,空洞の実効放射率ができるだけ1に近いことや,高温域での時間安定性が求められる。これまでの黒体炉は,空洞材質の固有放射率が可視域の波長から赤外域の波長まで範囲で平坦でないため,測定波長に依存する不確かさの値が大きかった。放射温度計が測定する空洞の炉底にカーボンナノチューブ(以下CNT)基板を使用した高放射率温度可変黒体炉の外観と温度安定性(300℃)を図14に示す。CNTは,炭素原子が結合して出来た筒状構造で,5μmから12μmの広い波長範囲において0.98以上の高い固有放射率である。黒体炉の構造は,空洞部分にグラファィトを用い,放射温度計が測定する空洞の炉底にCNT基板を使用して,広い波長範囲(1.55~14μm)で高い実効放射率(0.999±0.001)を実現している。この温度可変黒体炉により放射温度計やサーモグラフィの測定波長の違いによる校正温度の不確かさを大幅に軽減することができる。
7. おわりに
温度計の種類,校正方法,校正装置や温度測定の不確かさの評価および,最近の新しい温度計や温度校正装置とその技術について紹介した。今後も増々半導体,デバイス技術の技術革新により温度計や温度測定技術は進化しており,既存市場のみならず,新しい市場を創出する上でも重要な測定技術になる。また,得られた温度データに信頼性,安定性がなければ意味のないデータとなりかねないため最適な温度センサの選択やセンサの精密な校正装置および校正時の温度の不確かさの評価が今後も増々重要になっている。
次回に続く-
参考文献
2) 産業技術総合研究所,“1000℃付近の高温で使用できる高精度な温度計の開発”,産業技術総合研究所Webサイト,https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2016/pr20160627/pr20160627.html
3)恩田佳則,“シャッターレス構造により切れ目のない連続計測を可能にした熱画像計測装置”,計装,60-10(2017),p11
4) 山田善郎,“金属-炭素共晶を用いた高温度標準の動向”,計測と制御,42-11(2003),p918
5) 及川英明ほか,“カーボンナノチューブを用いた黒体炉の開発”,第35回センシングフォーラム(計測自動制御学会)(2018)
【著者紹介】
清水 孝雄(しみず たかお)
株式会社チノー 久喜事業所長 取締役常務執行役員
■略歴
1976年 東京教育大学 理学部応用物理学科卒業
1976年 株式会社千野製作所(現 株式会社チノー)勤務 現在に至る
■著書
・温度計測 基礎と応用(共著,コロナ社)
・ワイヤレスセンサシステム(共著,東京電機大学出版局)