我が国における計量標準とその供給体制(1)

産業技術総合研究所
計量標準総合センター
堂前 篤志

1. はじめに

正しい計量(計測)は日常生活や商取引などのあらゆる活動に必要不可欠であり、科学技術にとっても重要な礎である。正しい計量を行い、計量により得られた結果を比較するには、計量の共通の尺度となる計量標準が必要となる。センサや計測器による計測の結果と、計量標準によって実現される値との間の関係を確定する一連の作業(校正)を行うことにより、計測の結果に信頼性を与えることが可能となる。

現在、多くの国が、その国における計量標準(国家計量標準)を、国際単位系という単位の体系の中で確立し、運用している。その国を代表して標準に関する研究開発および標準の設定・維持・供給業務を行う機関が国家計量標準機関(NMI)と呼ばれ、我が国では国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)の計量標準総合センター
(National Metrology Institute of Japan : NMIJ)がその役割を担っている。また、NMIを補完する組織として指名計量標準機関(DI)がある。
本稿では、計量標準の国際的な枠組みおよび我が国の計量標準の体系について概説する。

2. 国際的な計量標準の枠組み

2.1 メートル条約

18世紀末のフランスにおいて、長さの単位”メートル”と質量の単位“キログラム”を基準とした単位系であるメートル法が誕生した。その後、メートル法の普及が進むにつれて国際社会の注目を集め、1875年に国際条約であるメートル条約に結実した。メートル条約はメートル法を国際的に確立し、その維持のために、国際的な度量衡標準の維持供給機関として国際度量衡局(BIPM)を設立・維持することを取り決めた多国間条約である。メートル条約は17カ国の構成加盟国で発足したが、2021年1月現在63の加盟国と39の準加盟国および経済圏がその重要性を認識するに至っている1)。我が国は1885年にメートル条約へ加入し、100年前の改正度量衡法の公布(1921年)により尺貫法を脱皮してメートル法を基本とすることになった2)。その後、計量法(3.1に記述)の下で土地や建物の表記を除き1959年からメートル法が完全実施されている。

2.2 国際単位系

1960年開催のメートル条約加盟国が一堂に会する条約下の最高議決機関(国際度量衡総会、CGPM)において、世界共通の実用的な計量単位として定められた単位系が国際単位系
(仏: Le Système International d’Unités、英: The International System of Units、略称:SI)3)である。SIは、その時々の最新の科学技術の進展を取り込みながら常に進化を続け、科学技術、産業、取引において全世界共通で使用できる、実用的な単位系である。

SIは、7つの基本単位と組立単位、接頭語で構成される。2018年開催の第26回CGPMにて、7つの基本単位のうち、キログラム(kg)、アンペア(A)、ケルビン(K)、モル(mol)の定義が改定され、2019年5月20日(世界計量記念日)に施行された。新たなSI単位の定義は、表に記す7つの定義定数を用いて確立されており、単位系全体が、これらの定義定数の値から導かれている。新しく施行されたSIでは、7つの基本単位の中で唯一、人工物(キログラム原器)によって定義されていたキログラムを、定義定数のひとつであるプランク定数を使って定義した。これにより、基本単位は全て器物から解放され、自然界の法則にしたがった定義が完成した。

表 7つの定義定数と対応する7つの基本単位

2.3 国際相互承認取決めと国際比較による国際同等性の確認

経済活動のグローバル化に伴い、各国間の計測の結果の整合性に関する関心が高まり、計測の結果の国際相互承認の枠組みが整備されてきた。各国の国家計量標準の同等性を相互に認める国際度量衡委員会(CIPM)の国際相互承認取決め(CIPM MRA)が締結され、2005年より発効された1)。また、校正を行う事業者(校正事業者)が発行する校正証明書の国際的な同等性を認め合うために、国際試験所認定協力機構(ILAC)による相互承認取決め
(ILAC MRA)の枠組みも整備されている4)。これらの取決めにより、NMIを頂点とする各国の計量計測のトレーサビリティ体系(3.2に記述)を相互に信頼し、他国の国家計量標準に基づいた校正結果を自国でもそのまま同等と認め、その校正証明書を自国でも受け入れる仕組みを構築することが可能となった(図1)。この仕組みにより、製品検査時の試験器等がCIPM MRAに対応した国家計量標準と関連付けられる場合、この試験器で検査された製品等の試験成績書がワンストップで相手国に受け入れられることが可能となる(One-Stop-Testing)。
One-Stop-Testingにより、国際間の取引において重複して行われていた試験を省くなど貿易における障壁を取り除くことが可能となり、その結果、製品のコストの低減、製品が市場に出るまでに要する時間の短縮など、多くのメリットが期待できる。

CIPM MRAでは、国家計量標準間の同等性を確認するために行う比較試験(国際比較)の実施、校正能力を担保するための文書規定や技術管理に基づいたシステム(品質システム)の構築、海外のNMI等からの専門家による現地審査(ピアレビュー)の実施が要求される。要求を満たしたNMIおよびDIは校正・測定の最高の能力を示す指標(校正・測定能力、CMC)を宣言し、国際的な審査プロセスを経て承認されたCMCはBIPMが管理するデータベース(KCDB Appendix-C)に登録され、ウェブ上で公表5)される。

国際比較では、同一の校正対象を複数のNMIやDIで持ち回り、その校正結果を比較することで、国家計量標準の同等性の確認を行う。NMIJは、各種国家計量標準の同等性を確認するために、CIPMの各諮問委員会などが実施する多くの国際比較へ参加するだけでなく、幹事機関として国際比較の実施運営にも積極的に貢献している。

図1 計測の結果の国際相互承認の枠組み

次回に続く-

参考文献

1) 国立研究開発法人産業技術総合研究所 計量標準総合センター, メートル条約に基づく組織と活動のあらまし, 2021年4月.
2) 独立行政法人産業技術総合研究所(計量標準総合センター), 計量標準100周年記念誌, 平成15年5月.
3) Bureau International des Poids et Mesures (BIPM), The International System of Units (SI), 9th edition, 2019.
4) 公益財団法人日本適合性認定協会, 校正機関向けパンフレット,
https://www.jab.or.jp/files/items/common/File/2018_calibration_brochure_1.pdf
5) 国際度量衡局データベースKCDB, https://www.bipm.org/kcdb/



【著者紹介】
堂前 篤志(どうまえ あつし)
国立研究開発法人産業技術総合研究所(AIST)
計量標準総合センター(NMIJ)
計量標準普及センター 計量標準調査室 総括主幹

■略歴
2000年 豊橋技術科学大学 工学部 電気・電子工学課程卒業
2014年 東京都市大学 工学研究科 博士後期課程修了、博士(工学)
2000年 通商産業省 工業技術院 電子技術総合研究所 入所
2001年 産業技術総合研究所 計測標準研究部門、2015年 同所 物理計測標準研究部門を経て、
2020年8月より現職