4. 疲労寿命の延長
3節でねじればねの破壊強度が設計を制限していることを述べたが、破壊限界はミラーの実用化における信頼性を確保するためには欠かせない問題である。破壊限界に近づく設計をすれば、走査角を増加させ解像度を上げるが、一方で、疲労寿命を縮める。走査角をある程度大きく取り、製品に必要な長い寿命を確保することが重要である。シリコンの破壊強度や疲労寿命はこれまでにも調べられている。疲労寿命は、真空封止されたシリコン振動子の繰返し曲げ実験から、表面酸化がほとんどない状態で封止することで、理想的な寿命が得られている7)。
一方、同様の繰返し曲げの振動子に原子層堆積(Atomic Layer Deposition)アルミナでコーティングすると、疲労寿命が2桁延びるとの報告がある8)。我々は、ALDアルミナ膜をミラーのねじればねに厚さ3nm程度コーティングして、ミラーの破壊強度と疲労寿命を測定した。
図4は疲労寿命試験の結果である9)。応力振幅はねじればねの式(4)を用いて回転角より求めた(実際の最大応力振幅はFEM解析からばねの接続部で2倍程度になっていると考えられた)。低い繰り返しでは、むしろコーティングすると応力振幅は低下している。これは同時に行った静的な破壊強度の試験とも一致している。一方で、通常設計に用いる応力(1GPa程度)では、逆にALDアルミナをコーティングした方が、疲労寿命は長いようである。
疲労寿命実験では、この程度の応力では、実験期間(約1週間)に破壊にいたるものはほとんどない。さらに実験を重ねても傾向は変わらないが、より精度の高い測定が必要である。原因については、なお研究中であるが、極めて薄い原子層堆積膜により、破壊寿命が実用応力領域で伸びるのであれば、実用的には大変有効と思われる。
5. MEMSミラーの試作例
図5は3本の曲げばねで支持したミラーで、共振周波数1185Hz、 交流電圧60V、真空中で、θOptが約30度の円錐状走査が得られた10)。比較的大きい走査角が得られたが、非線形性も見られた。慣性モーメントによる運動の非線形性および、曲げばねの非線形性も影響していると考えられる。
6. まとめ
本稿では、レーザディスプレイおよびライダーに用いられるMEMSミラーの2軸スキャナの光学条件、機械運動、破壊と寿命について、設計に必要な基本的な特性を述べた。光学系は単純なため光学特性はよく知られている。全方位走査の2軸スキャナの機械運動は、複雑な運動相互作用を含んでおり、特性はまだ十分解明されていない。破壊と寿命の問題は常に悩ましい問題であり続けてきたが、これらの問題の改善につながる提案もいくつか見出されている。本文中に述べた解析は、走査ミラーを設計するための一つの指針と考えていただきたい。今後の研究開発に期待したい。
謝辞:本報告は、佐々木敬氏、鈴木克也氏、小林丈晃氏、福田航一氏の協力を得たので、感謝します。
7) V.A. Hong, S. Yoneoka, M. W. Messana, A.B. Graham, J.C. Salvia, T.T. Branchflower, E.J. Ng, T.W. Kenny, “Fatigue Experiments on Single Crystal Silicon in an Oxygen-Free Environment” J. Microelectromechanical Syst. 24 (2015) 351-359.
8) E.K. Baumert, P.-O. Theillet, O.N. Pierron, “Fatigue-resistant silicon films coated with nanoscale alumina layers”, Scripta Materialia 65 (2011) 596-599
9) 藤田裕樹, “原子層堆積膜によりコーティングしたSiマイクロスキャナに関する研究,” 東北大学(機械系)修士学位論文 (2020).
10) 小林丈晃, “全方位型長距離LiDARのためのジンバルレス2軸MEMSスキャナ,” 東北大学(機械系)修士学位論文 (2020).
【著者紹介】
羽根 一博(はね かずひろ)
東北大学 大学院工学研究科 ファインメカニクス専攻 教授
■略歴
1978年3月 名古屋大学工学部電子工学科卒業
1980年3月 同大修士課程修了
1983年3月 同大博士課程修了
1983年4月 同大助手
1985年2月から13ヶ月 カナダ国立研究所物理部門客員研究員
1990年8月 名古屋大学助教授
1994年4月 東北大学教授