顔と表情の感性計測(2)

早稲田大学人間総合研究センター
招聘研究員 菅原 徹

3.「顔の筋トレ効果」を評価する

3.1 はじめに

 顔の老化抑制や笑顔のトレーニングに表情筋運動は欠かせない。しかし表情筋は四肢や体幹の骨格筋と異なり比較的小さな皮筋で、負荷をかけた運動を行うことが難しい。また表情筋の最大随意収縮(Maximum Voluntary Contraction:MVC)を行った場合は皮膚に大きな歪が生じ、皺の形成を助長する可能性が高い。皺の形成を最小限にするためには顔のアイソメトリック運動(Facial Isometric Exercise:FIE)が効果的であると考えられている[5]。しかし FIEはこれまで顔の皮膚を指で支持せねばならず、安定して大きな負荷をかけることができなかった。さらに表情筋運動の効果の比較を行うためには、サイズの小さな表情筋の筋電図測定を精確に行う必要がある。
そこで本研究は、表情筋に負荷を与えることができるフェイシャルフィトネス器具と小型の表面電極を用い表情筋活動の測定と表情筋運動の比較を行うことを目的とした。

3.2 方法
 はじめに予備実験として成人男女16名を対象として、フェイシャルフィットネス器具PAO(MTG社製:以下PAO)を自由に利用してもらい効果的な利用法の検討を行った。PAO(全長540mm、板ばね厚0.6mm、しなり角度43°、振り幅200mm、周波数2~3Hz)は口輪筋でマウスピース部分を保持し、バーを振動させて利用する[6]。使用感のインタビューと観察を行った結果、頬を上げて笑顔で使用すると負荷が顔面中部、下部にかかるという声が聞かれた(図5)。また、マウスピースを噛んで保持する誤った使用がみられたことから、咀嚼筋である咬筋のモニタリングをすることとした。

図5: PAOの利用と顔の筋肉

 本実験では、20~30代の成人男女10名(男性3名、女性7名)を被験者とした。直径3mmの小型表面電極を、被験筋である口輪筋、大頬骨筋、笑筋(深部は頬筋)、および誤使用とクロストークのモニタリング用である咬筋に電極間隔15mmで貼付した。表情筋運動は、口輪筋のMVC、大頬骨筋のMVC、笑筋のMVC、「アエイウエオアオ」の連続した発声、ペンテクニックによるつくり笑顔、PAO(真顔)、PAO(笑顔)の7種類の試技を課した(図6)。

図6: 表情筋運動(試技)と顔の筋電図計測

 各試技を5秒間行い、生体計測システムMP150(BIOPAC Systems社)により筋電位を2000倍に差動増幅してサンプリング周波数2000Hzでコンピュータに取り込み測定した。筋電位は全波形整流化し、積分筋電位を算出し3回の試技の平均値を代表値として解析した。

3.3 結果
  積分筋電位の分散分析と多重比較を行い、平均値をレーダーチャートに示した(図7)。口輪筋では、PAO(真顔)は口輪筋MVCの1.4倍、PAO(笑顔)は1.6倍の筋活動で1%水準の有意差があった(図8)。笑顔形成の主働筋である大頬骨筋では、PAO(笑顔)は大頬骨筋MVCの1.26倍の筋活動で、有意差はみられなかった。ペンテクニックによるつくり笑顔と比較した場合、1.84倍で5%水準の有意差があった。笑筋では分散が大きく、試技による有意差はみられなかったものの、笑筋MVCとPAO(笑顔)の平均値は同じ活動量であった。表情筋活動のパターンから、PAO(笑顔)が効率的に口輪筋、大頬骨筋、笑筋に負荷を与えていることがわかった。

図7: 表情筋の活動パターンの比較
図8: 口輪筋活動の比較

3.4 考察
 本実験の結果は、フェイシャルフィットネス器具を用いて皺の表出を抑えた効果的な表情筋のアイソメトリック運動が可能であることを示唆している。また口輪筋に働きかけることから、口呼吸を抑制する効果も期待ができる。笑顔を意識して使用した場合は、笑い皺を気にせず、大頬骨筋をトレーニングできる。見るものに好印象を与えるデュシェンヌ・スマイルの形成を促すことも考えられる[7]。口唇で器具を保持しながら、頬を上げる動作はフェイシャルエクササイズの未体験者には難しいため、トレーニング期間を設けて安定した大頬骨筋と笑筋の活動を記録することは課題である。また中長期的な運動効果の検証を今後の展望としたい。

 かつて感性の巨人、レオナルド・ダ・ヴィンチは、魅力的な作品を創造するために、徹底的な人体寸法の計測と解剖を行った。人体メカニズムに関する、内と外のデータを取得し、知識を知恵に昇華させて作品制作を行っていた。21世紀のものづくりにおいても徹底して定量化を試み、眠ったヒトの感性を喚起する、このダ・ヴィンチの姿勢が必要だと考える。感性計測はまさにダ・ヴィンチの科学的な取り組みの現代版といえるだろう。筆者は顔と表情の感性計測を行い、コロナ禍、アフタコロナにおける人に優しい、人に嬉しいものづくり、サービスの提供に貢献していきたい。


参考文献
[5] 織田育代, 金井成行:顔面部皮膚温度に対するフェイシャルエクササイズの効果,日本サーモロジー学会機関誌,34(2),44-48(2014)

[6] 株式会社MTG・ホームページ,https://www.mtg.gr.jp/brands/wellness/product/pao/(2020年6月閲覧)

[7] 菅原徹:美しい笑顔づくりに関する研究,FRAGRANCE JOURNAL No.449(Vol.45/No.11),32-39(2017)



【著者紹介】
菅原 徹(すがはら とおる)
早稲田大学人間総合研究センター 招聘研究員、 博士(工学)

■略歴
2005年 信州大学大学院 工学系研究科博士後期課程生物機能工学専攻 修了
2008年 早稲田大学 人間科学学術院(人間科学部人間情報科学科) 助手
2010年 人間総合科学大学 人間科学部人間科学科 助教
2011年 早稲田大学 人間総合研究センター 招聘研究員
現在に至る

■専門分野
感性工学、魅力工学、感情・人格心理学、スポーツ心理学

■学会活動
スマイルサイエンス学会 代表理事(2013-)
可視化情報学会 可視化アートコンテストオーガナイザー(2015-)
日本感性工学会 評議員(2018-)