6.fNIRSで脳のどこを測っているか
fNIRSは頭皮の上から脳を測る。なので,そのままでは脳のどこを測っているかが分からない。この点を軽視しているユーザーは多く,計測位置の記載が不適切であるためにお蔵入りするという研究が後を絶たない。鉄則としては,「送受光器の配置に再現性があること」,これによって,「脳の解剖学的構造,もしくは,標準脳座標系への対応がつくこと」が満たされていなければならない。最終的には,fNIRS計測で得られた脳機能データは脳の解剖学的構造または標準脳座標系にレジストレーション(対応化)されなければならない(図6)18)。
実際の作業としては,送受後期を脳波の電極設置に用いられる,国際10-20法やその拡張法に準拠して設置すればよい18)。国際10-20法とは頭の上にある特徴的な構造である鼻根,後頭結節,左右の前耳介点の間の距離を10%,20%というように相対的に分割して,ランドマークを設置する方法である。国際10-20法は約20点,その倍密度の10-10法は約70点のランドマークを頭表上に設置することが可能である。われわれは,これらの直下にある脳回レベルの解剖学的構造(マクロアナトミー)を確率的に導き出し,頭表と脳表の対応化をおこなっている。これによって,頭の上からでもfNIRSで脳のどこを計測しているかが予測できる。
さらに,送受光器の位置を3次元の磁気センサーで測って計測し,その対応点を標準脳座標系に予測できる確率的レジストレーション法を開発している。また,デジタイザー計測の代わりにコンピュータ上でシミュレーションするバーチャルレジストレーション法も用いることができる。このときに用いる標準脳座標系はfMRIやPET(陽電子放出断層撮像法)の研究で一般的に用いられるもので,x,y,zの3つの座標点で脳の位置を表す座標系である。いくつかのバリエーションはあるが,それぞれの対応はできており,マクロアナトミーとの対応化も可能である。fNIRS研究に標準脳座標系を用いるなによりのメリットは,fNIRSの研究結果を過去のfMRIやPET研究の結果と相互参照できることである。上述したニューロマーカーの探索において,他のイメージング法との相互参照は必要不可欠である18)。
これらの手法はfNIRSデータの標準的な解析ソフトウェアであるPOTATo19),HoMER20),NIRS-SPM21)に組み込まれている。すでに一般的な手法として,もはや開発者の手を離れている状態ではある。いずれの方法を用いるにせよ,fNIRSの計測データを国際10-20法,標準脳座標系,マクロアナトミーなどを介して表現することが必須であるという点は留意する必要がある。
7.この先の展開
これまで述べた解説は標準的なfNIRSの利用に関するものであった。現在,日本で流通しているfNIRSは技術的にはこなれており,基本構造は2000年代後半からあまり変化していない。実際に,2002年に導入した機器を,筆者は特に問題なく使用している。この先も,大きな変化はなく,現状の機器を用いたトランスレーショナルな研究は進んでいくのではないかと予想している。
一方で,fNIRS研究の技術研究は世界では大きく展開しており,現在の世界の技術開発の潮流は,送受光器の距離を変えた超多チャンネルの計測から3次元の信号源推定をおこない,3次元イメージを作るという拡散光トモグラフィ(Diffuse Optical Tomography: DOT)となっている1)。しかし,日本のメーカーはほぼ関心を示していない。その主な理由は,3次元の信号源推定をおこなったところで深さ情報は表層しか得られないため,2次元でいいのではないか,ならば,現行技術の応用を考えた方がいいのではないかというものである。これが吉と出るか凶と出るかは,今後,歴史が検証していくことになるだろう。
なお,国産のfNIRSでDOTができないというわけではなく,TDMA(時間分割多元接続)方式を採る島津製作所製fNIRSの機器設定を変えれば簡易的なDOT計測は可能である。CDMA(符号分割多元接続)方式を採るスペクトラテック社製のfNIRSに関しては,さらに積極的にDOTモードを組むことも原理的に可能である。 現状のfNIRSを用いたトランスレーショナル研究としては,かつてはBrain-Machine Interface(BMI)の研究が盛んであったが,fNIRSが対象とする脳血流動態反応は10秒程度の時間的オーダーなのでリアルタイムの高速な処理には向いていない。一方で,fNIRSは外部機器との接続や制御が比較的容易であるという特徴もあり,人とのインターフェースについては,十秒以上の制御が主体となるニューロフィードバック22)の利用へとシフトしていくと予想している。
本稿ではブロックデザインや事象関連デザインを用いたクラシカルな実験デザインについて言及したが,fNIRSの機能研究は脳領域間のネットワークに着目した機能的結合の研究にシフトしつつある。基本的には,数分といったオーダーの比較的長時間にわたって異なる脳領域の活動を計測し,その相関から時間的な同期性を導き出すという研究である。fMRIのように,全脳を仮説無しに探索的に検討するわけには行かないが,過去のfMRI研究を参照して,DMN(Default Mode Network),DAN(Dorsal Attentional Network),CEN(Central Executive Network)など23),主要な機能的ネットワークの活動の一部をfNIRSで観察することは可能である。一方で,乳幼児の機能的結合研究については,都立大の保前らが世界に先陣を切って導入をおこなったが24),むしろfNIRSが主導となって研究が進んで行くであろう。
fNIRSの基本的設計はあまり変化していないと述べたが,そのフレームワークと踏襲した上で,2方面の応用が進んでいる。一つは,複数の脳を同時に計測するハイパースキャニング研究である25)。fNIRSは基本的に受光器の数だけアンプが存在するという構造であるため,チャネルの拡張はしやすい。また,2台以上の機器をつないで同期させることも容易である。このため,原理的にハイパースキャニング研究への相性はよい。母子間のコミュニケーション研究25)や,応援時の脳の同期性といった社会的インタラクションの研究26)など,他の脳機能イメージングでは実現しがたい応用研究が増えつつある。
一方で,機械のサイズを小さくして,ウェアラブル化するという流れも盛んである27)。ただし,期待するほど有用な応用例はまだ少ないというのが現状ではある。一つには,ハイスペックの多チャンネル機でさえも可動性は高く,あまりウェアラブル機の必要性を感じないという理由が挙げられる。また,計測領域を絞ると,研究に必要な作業仮説を絞るという必要が生じ,課題設定が困難になるという問題もある。このような問題をクリアすれば,ウェアラブル型デバイスの普及も期待できそうである。
8.fNIRSの国際展開
2013年にオバマ政権が立ち上げたBrain Initiativeという大型研究プロジェクトの後押しを受け,2010年代からfNIRS研究は全世界規模で加速している。2010年にはfNIRS関連の論文発表は週1報ペースであったが,2020年は日に1報のペースとなっている。”Society for fNIRS(SfNIRS)”という国際学会も定着し,その公式ジャーナルであるNeurophotonicsのインパクトファクターは4を超えている。SfNIRSはソーシャルメディアの活用が進んだ比較的オープンな学会である。なお,2020年度の大会は10月にボストンで開催される。筆者は共同大会長としてプログラムの選定にあたっているが,すべての講演を1会場で聞け,見逃したポスターも電子閲覧できるという工夫を凝らしている。fNIRSの今を知るための最も効率のよい手段として,活用してみてはいかがであろうか。
1) M. Ferrari, V. Quaresima, A brief review on the history of human functional near-infrared spectroscopy (fNIRS) development and fields of application, Neuroimage 63, 921-35 (2012)
18) D. Tsuzuki, I. Dan, Spatial registration for functional near-infrared spectroscopy: from channel position on the scalp to cortical location in individual and group analyses, Neuroimage, 85, 92-103 (2014)
19) S. Sutoko et al. Tutorial on platform for optical topography analysis tools, Neurophotonics, 3, 010801 (2016)
20) C.M. Aasted et al., Anatomical guidance for functional near-infrared spectroscopy: AtlasViewer tutorial, Neurophotonics, 2, 020801(2015)
21) S. Tak et al., Sensor space group analysis for fNIRS data, J. Neurosci. Methods, 264, 103-112 (2016)
22) J. Hudak et al., Near-infrared spectroscopy-based frontal lobe neurofeedback integrated in virtual reality modulates brain and behavior in highly impulsive adults, Front. Hum. Neurosci., 11, 425 (2017)
23) Network review. L. Heine et al., Resting state networks and consciousness, Front. Psychol., 27, 00295 (2012)
24) F. Homae et al., Development of global cortical networks in early infancy, J. Neurosci., 30, 4877-82 (2010)
25) Y. Minagawa et al., Toward interactive social neuroscience: Neuroimaging real‐world interactions in various populations, Jap. Psychol. Res., 60, 196–224 (2018)
26) T. Koide and S. Shimada, Cheering enhances inter‐brain synchronization between sensorimotor areas of player and observer, Jap. Psychol. Res., 60, 265–275 (2018)
27) P. Pinti et al., A review on the use of wearable functional near‐infrared spectroscopy in naturalistic environments, Jap. Psychol. Res., 60, 347–373 (2018)
28) 国立研究開発法人情報通信研究機構. 米国における脳情報関連技術に関する研究開発動向, https://www.nict.go.jp/global/lde9n2000000bmum-att/a1525652348170.pdf (2020年2月24日閲覧)
Functional neuroimaging using fNIRS: from “spectroscopy” to “imaging”
Ippeita Dan
Professor, Applied Cognitive Neuroscience Laboratory, Faculty of Science and Engineering, Chuo University
【著者紹介】
檀 一平太(だん いっぺいた)
中央大学理工学部人間総合理工学科 教授
■略歴
1969年生まれ。国際基督教大学教養学部理学科生物学専攻卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退。日本学術振興会特別研究員,科学技術振興事業団研究員,健康食品会社営業員等を経て,食品総合研究所に入所。PD,研究員,主任研究員,自治医科大学医学部先端医療技術開発センター脳機能研究部門准教授を歴任。
2013年より,中央大学理工学部人間総合理工学科教授。学術博士。キャリア初期の専門分野は分子生物学。その後,脳科学と食品科学の融合分野の開拓に従事し,fNIRS(近赤外分光分析法)の空間解析手法の確立,fNIRSによる味覚記憶に関する研究などの成果を挙げるとともに,ヒトの脳における認知構造を活用した食品開発法の探索を行った。現在の主な研究テーマは,fNIRSによる脳機能イメージング法の医療応用,fNIRSの空間解析手法の開発,および,サイコメトリクスによる食生活QoLの解析,マーケティング応用等。
2007年に味覚記憶の脳機能イメージング研究により安藤百福賞・発明発見奨励賞受賞。NEDO産業技術研究助成事業,生研センター新技術新分野創出のための基礎研究推進事業,JST-RISTEX等のプロジェクトリーダーに従事。
現在は,Neurophotonicsの創設エディター,SfNIRS理事,2020年fNIRS Conference共同大会長。また,中央大学研究開発機構にて,サイゼリヤ食認知科学研究ユニット長。英文有査読論文発表数100,被引用総数7400,h指数37。研究の傍ら,筑波山麓の里山にて菜園生活を営んでいる。趣味はロングボードサーフィン。