3. 320 × 240画素非冷却赤外線イメージセンサ
320 × 240画素非冷却赤外線イメージセンサチップ写真を図5(a)に示す。画素アレイ部において、1本の水平駆動線が垂直シフトレジスタと垂直選択スイッチにより選択され、各画素にバイアス電圧が供給され、行単位で動作状態となる 6,7)。バイアスされないその他の画素はSOIダイオードが逆方向バイアスになる為に非導通状態となる。すなわち、SOIダイオードは温度センサと画素選択スイッチを兼ねる。SOIダイオードは垂直シフトレジスタにより行単位で定電流駆動され、画素列毎に設けた積分回路にて1水平走査期間積分される。積分後の出力はS/H(サンプルアンドホールド)回路を経て、水平シフトレジスタを使って順次読み出される。このチップをセラミックパッケージにより真空封止した写真が図5(b)である。また、図5(c)に、17 μm 角画素の電子顕微鏡写真を示す。17 µm角画素において、正常な中空構造を形成できていることを確認できる。1画素あたりの温度変化係数dVf/dTは、15.3 mV/Kで、従来の25 μm角画素 6)で用いられている従来ダイオードの温度変化係数dVf/dTと同等の値が得られている。また、8インチウエハ内でも、SOIダイオードの温度変化係数dVf/dTのばらつき(平均値に対する標準偏差の割合)は、1%以下であり、高い均一性を実現している。
非冷却赤外線イメージセンサは、断熱構造を有する画素部において赤外線の入射により発生する微小な温度変化を検知するものである。環境温度が変化した際のイメージセンサ温度変化は、この検知すべき微小温度変化に比べ、はるかに大きい為、非冷却赤外線イメージセンサでは、環境温度が変化してもイメージセンサ温度を一定化するTEC(Thermo-Electric Cooler, ペルチェ)を一般に使用している。このTECの使用はカメラのサイズ、消費電力ならびにコストの増大を引き起こすものであり、TECを不要化の要望がある。TECレス化を実現する回路構成例を図6に示す。本回路では、画素領域の端部に、参照画素を図6のように形成する。この参照画素は、通常の感応画素を形成するプロセスフローに大幅なフローの追加無く形成でき、製造コストの増大も無い。この参照画素からの出力DCレベルを、イメージセンサの出力ノードに接続したサンプルホールド回路により抽出する。抽出された参照画素からの出力DCレベルは、オペアンプにより定電圧と比較される。オペアンプの出力は、イメージセンサチップ外に設けられたバッファ回路に入力される。バッファ回路の出力は、イメージセンサのダミー水平駆動線に印加され、各列の差動積分回路の非反転入力ノードに入力される。これにより、負帰還制御ループが形成され、参照画素からの出力DCレベルが一定電圧となるようにフィードバック動作が行われる。よって、TECレス動作において、環境温度(=イメージセンサ温度)が変化しても、赤外線に対して感度を持たず、イメージセンサ温度のみの影響を受ける参照画素からの出力DCレベルが一定電圧となるよう動作する為、TECレス動作における環境温度変化に伴う出力DCレベルの変動の問題を解決できることとなる。
次に、シャッターレス動作について述べる。非冷却赤外線イメージセンサは、図7に示すように、各画素出力のオフセット、光量に対する感度および、それらの温度特性によってセンサ出力が変動する。その為、一定期間ごとにシャッターを閉じ、一様温度の被写体(シャッター)を見せ、各画素の特性を補正する処理が必要である。しかしながら、シャッターが作動中は、画像を取得できないなどの課題がある。ここで、320 × 240画素非冷却赤外線イメージセンサを使用したプロトタイプ赤外線カメラの環境温度Taに対する出力の被写体温度Tbb依存性を図8に示す。シャッターレス動作を実現にするには、このようなセンサの温度特性などを基に、補正用データを作成する。そして、図9に示すように、赤外線カメラのメモリに補正用データを保持し、環境温度に合わせてリアルタイムで補正することにより、シャッターレス動作を実現することができる11)。このように非冷却赤外線カメラのシャッターレス動作においては、任意の環境温度での補正用データと撮像データにより、補正処理が行われる。
次に、TECレスおよびシャッターレス動作を適用したSOIダイオード方式320 × 240画素非冷却赤外線イメージセンサにより得られた赤外線撮像画像を図10に示す。TECレスおよびシャッターレス動作においても高精細な画像が得られていることがわかる。
4. まとめ
今回、ダイオード方式非冷却赤外線イメージセンサについて報告した。SOIダイオード方式非冷却型赤外線イメージセンサは、温度センサがSi – LSI工程で製造できるため、低価格化、量産化に適した方式といえる。今後、安価な赤外線カメラは、民生分野でも益々重要になってくると思われる。SOIダイオード方式非冷却赤外線イメージセンサが赤外線カメラの新たな用途を作り出すキーデバイスになることが期待される。
参考文献
6) Y. Kosasayama, T. Sugino, Y. Nakaki, M. Ueno, and K. Kama : The Japan Society of Infrared Science and Technology, The 49th meeting, Feb., 2008.
7) T. Ohnakado, M. Ueno, Y. Ohta, Y. Kosasayama, H. Hata, T. Sugino, T. Ohno, K. Kama, M. Tsugai, and H. Fukumoto : Proc. SPIE Vol. 7298, 72980V, 2009.
11) D. Fujisawa, Y. Kosasayama, T. Takikawa, H. Hata, T. Takenaga, T. Satake, K. Yamashita and D. Suzuki : Proc. SPIE, Vol. 10624, 1062421, 2018.
【著者紹介】
藤澤 大介(ふじさわ だいすけ)
三菱電機株式会社 先端技術総合研究所 主席研究員
■略歴
2002年,豊橋技術科学大学大学院工学研究科電気電子工学専攻 修士課程修了.
2005年,同大学院工学研究科電子情報工学専攻 博士後期課程修了.
同年,三菱電機株式会社に入社.
同年より赤外線固体撮像素子の研究開発に従事し,現在に至る.
博士(工学).