IoT時代のセンサ開発に何が必要か?(1)

東京工業大学名誉教授
/次世代センサ協議会会長
小林 彬

1.はじめに:時代背景の総括(センシング技術の観点から)

IoT、Society5.0、ビッグデータ社会への期待が盛んに議論される中、センサ技術・センシング技術への新たな関心が寄せられている。近い将来、IoT情報の、オンライン・リアルタイム運用は必然であり、センサ技術の基盤技術としての役割は極めて大きい。また同時に多様な分野へセンサ技術・センシング技術が浸透し、新しい機能を持つ《量》の計測が新規に要求される中、速度感を持ってセンサ技術・センシング技術の円滑な開発を進めることが重要である。そのためには、開発目的を実現するに必要となる仕様条件や開発プロセスの各段階で検討すべき項目等をガイドラインとして網羅的に整備し、開発における手戻りを極小化することを目指しつつ、育まれた技術を抜けなく継承して行く手法を構築して置く必要がある。本講では、各製品の仕様条件を、「利用時の品質(要望)」、「製品の品質(要件)」、「製品の仕様」の3つの側面から3次元的に整理する手法として提案されているLOS(エルオーエス)について、その考え方と、整理作業を進めるためのツールや効用について概要を述べる。

2.測るべきものが大きく変わる! :新たな生産性向上への寄与

IoTという事に伴い、センサ技術・センシング技術が多様な分野に浸透していくことを指摘したが、言うまでもなく、そこでは、これまでのインダストリーを中心とする分野での仕事と異なる内容の仕事がなされている。従って、当然のことながら、仕事の仕方・見方も評価の観点も違ったものとなり、今までと異なる量(一般にはインデックス(指標))の計測が求められることになる。

必要なインデックス(指標)として要望されることは、
1)システムを効率的に働かせ、
2)状況の変化に迅速に対応する、
3)安全・安心を確保できる運用の実現、等
であり、社会活動全般に対してその生産性向上に繋げる情報が求められると言え、インダストリーでの生産性とは異質の生産性が追求されることに留意する必要がある。

そのようなことに応えるには、従来型センサの出力とソフトウェアの連携が重要であり、センサの知能化による新たな付加価値が付けられた情報の提供が急務で、センサ技術も基盤として大事だが、最早物理量を測ってそれで終わりでは済まされない。
社会インフラ維持管理の観点から言えば、道路橋のモニタリングの場合、橋梁の振動・加速度情報以上に橋梁の健全度、例えば、地震直後の橋梁の安全性(通行可能か)を直に判断できるような情報が現場での要望であり、言い換えれば、迅速かつ的確な行政判断に有効な情報の要求ということで、ここには行政判断における生産性の向上に向けた新たな意味がある。

つまり、新たな生産性の向上とは、人間作業におけるリードタイムの短縮を意味し、作業の中身が「状況の判断及び意思決定の連鎖」ということに気付けば、的確な状況モニタリングと客観的な評価指標の提示が鍵となることは明らかである。

この点、地震情報に基づくガス供給停止判断システムにおいてインデックスSI値が利用されていることは興味深い。
すなわち、SI(Spectral Intensity)値は、地震による構造物の揺れ速度の最大値(応答速度スペクトルSv)を平均化した値として定義されるが、この値は、加速度情報と比較したとき、構造物について予想される被害の大きさとの相関が高く、地震による被害が一定水準を超えたときガスの供給を停止させたい判断に呼応し、その判断を迅速に実現することができる。つまり、SI値を提供することで、管理者の能力を支援し、結果として迅速な判断を可能とさせ、管理作業における生産性を等価的に向上させている。

図1 センサの知能化による新たな生産性向上への寄与

3.センサの新規開発と技術継承問題

●技術継承はなぜ必要か
前述したように、IoT社会の振興、あるいはそれを円滑に促進することを目的に、今後、センサの新規開発(新機能センシングシステムの開発)あるいはヴァージョンアップ、さらには知能化が高い頻度で生じることが予想される。
これは、その都度何かが変ることを意味するが、この際、気付かずに新たな問題を孕むことに充分注意する必要がある。つまり、変化には進化と退化が有り、
◆進化とは:機能や性能の向上、センサの適用分野や使用環境の拡大、等であり、
◆退化とは:技術情報の伝達ミス、技術情報の伝達忘れ(ウッカリ)、等であるが、
気付かずに、退化が生じることによって、本来、変化の前後において、本質的な機能や性能について必要な継続性が確保されなければならないにも関わらず、それに支障を来すからである。
すなわち、漏れや抜けの無い技術継承を図ることが大切で、データの持つ機能や性能等、データの品質につき継続性が保証され、同時にセンサの設計、製造、設置、運用、に関わる、様々なノウハウが遺漏なく継承されることに留意するべきである。

●技術継承の対象と効用
技術継承を考える上でまず重要なことは、何を継承すべきかにつき、技術継承の効用を総括した上で、そのことを意識しつつ、再び何を継承すべきかをリストアップすることである。
技術継承の価値は、言うまでもなく、企業的・ユーザー的・社会的に意味のある知的財産をそれぞれ独自の立場あるいは相互的立場に立って公正に守ることである。
具体的項目を細目に渡りリストアップすることになるが、そのようなリストは、必要な範囲で必要に応じ可能な限り公開されることが望ましい。
公的に共有され、技術の共通基盤として合意(標準化)されれば、技術の継承の範囲にとどまらず、社会の円滑な発展にも繋がると考えられる。

後段で詳しく説明するが、効用として重要な項目として大きく以下の3項目が考えられる。
1)センサの新規開発等、開発速度の加速化(手戻りの少ない開発の実現)
2)センサ等に関する重要情報の網羅的リストアップ(オープンかクローズか)
3)公正・適正な競争(共通基盤に立った比較と選択)

4.必要項目リストアップのための新しい手法の提案:LOS(エルオーエス)

次世代センサ協議会では、抜けのない開発項目整備と技術継承のための新しい手法として、LOS(エルオーエス)ということを検討している。
LOSとは、 List Of Specifications (to authorize sensor system design,development and its social implementation)の頭文字をとったものである。

IEC/TC65の分野では製品仕様を網羅するリストLOP(List Of Performance)として、CDD(Common Data Dictionary)が開発されているが、LOSにおいては、この考え方をより発展させ、製品仕様のみに留まらず、
1)「利用時の品質(要望)」
2)「製品の品質(要件)」
3)「製品の仕様」
の3つの評価軸に従って、製品特性の品質を特徴付ける仕様項目(specifications)を3次元的に分析・整理し、網羅的にリストアップしようとしている。

ここで重要なのは、センシングにおいてニーズ、シーズ、に加え「利用時の品質(要望)」、つまりユースの観点が加わったことで、IoT時代のセンサ技術として特に留意すべきことである。

図2 ニーズ、シーズ、ユースのマッチングの時代

結果として、LOSの図式は3つの評価軸による、3次元空間配置を持つLOS_CUBEとして表現される。各評価軸は、製品の特性を分析するに必要な視点(カテゴリ)から構成され、それぞれ以下のようなカテゴリが列挙されている。

① 「利用時の品質(要望)」
・利用者(ユーザ、メンテナンス担当者など)が製品で実現してほしいと考えるもの(こと)
・表記:「~してほしい」で記述
・カテゴリ:有効性、効率性、満足性、リスク回避性、利用状況網羅性、等
② 「製品の品質(要件)」
・製品が満たすべき目標条件
・表記:「~すること」で記述
・カテゴリ:機能適合性、性能効率性、互換性、使用性、信頼性、セキュリティ、保守性、移植性、等
③ 「製品の仕様」
・製品の品質を実現する具体的技術手段
・表記:具体的な数値
・カテゴリ例:基本仕様(計測範囲、等)、電気的仕様(定格電圧、等)機械的仕様(質量、等)、環境仕様(使用温度、等)、調整仕様(ソフトウエアを含む調整機能、等)等
また、ここでの「品質」はQualityを意味するものであり、信頼性だけでなく製品の全般の質に関する特質、特性も視野に入れている。LOS_CUBEのイメージを示せば図3の様である。

図3 LOS_CUBEのイメージ

図3において、各評価軸につきカテゴリ項目を一つづつ選択して決まるCUBE内のひとつの区画にが入っていれば、各評価軸カテゴリ項目間に紐付けがあることを意味し、センサ開発、技術継承に際し、留意すべきノウハウを検索することができる。
なお、LOS_CUBEを作成するためのツールとして、LOS_CUBE/Tが用意されている。

次週に続く-

【著者略歴】
小林 彬(こばやし あきら)
昭和44年03月 東工大理工学研究科博士課程修了(制御工学専攻)、工学博士
昭和62年12月 東工大工学部 制御工学科 教授
平成17年03月 東京工業大学 大学院理工学研究科 定年退職
平成17年04月 大学評価学位授与機構客員教授
平成17年04月 帝京平成大学現代ライフ学部教授
平成22年04月 帝京平成大学現代健康メディカル学部教授、平成24年03月定年退職
平成27年07月~ 次世代センサ協議会会長