感性をはかる(1)

信州大学 繊維学部 教授
上條 正義

1.はじめに 

人を取り巻く環境の中で人が感じる快適を他者に伝える情報とする計測評価技術を我々は感性計測と称して研究している。人は生活環境の中で多くの刺激を受容している。製品との関わりにおいても、製品の特性や性能由来の温熱、音・振動、光、接触・圧迫などの刺激を知覚することによって製品に対する心地良さや悪さを評価している。しかしながら、我々は、実際にどんな刺激をどの程度受けているのかを明確に把握できていない。そして、呈示された刺激による心理的および生理的な影響も定量的に十分に把握できていない。モノと人、環境と人、人と人との関係性を把握することができれば、人として充実した生活を快適に過ごすことができるのではないだろうか。時間の流れの中で、我々の周囲の環境は変化していく、この変化に対応するように我々の心も身体も変化していく。これらの変化は、人を取り巻くビッグデータであり、これを採取し、様相の変化をとらえることが「感性をはかる」ことにつながるのではないだろうか。

2.感性工学

1998年9月に人の感性と科学技術で社会に資するモノをつくる工学とを融合した名称を持つ日本感性工学会が設立された。日本の経済産業省は2007年5月に感性価値創造イニシアティブを国家宣言した[1]。「性能や品質が良いだけではモノは売れない。」生活者に欲しいと思わせなければモノは売れない時代になっている。人は、自分が持つ感性によって、身の周りのモノやコトの本質を感じとり、それに感動や共感することによって納得感や満足感、充実感を想起することができる。この人としての能力を活かし、人の心を動かすには、従来の物質的な価値ではなく、モノコトを作り出すプロセスを価値対象とした感性価値が必要とされる時代になっている。感性価値創造イニシアティブでは、感性価値は、従来の価値軸(機能・品質・価格)を超えた「第四の価値軸」として人間の感性に働きかけ共感・感動を得ることで顕在化する価値であるとしている。これからの世界にとって、感性を活かしてモノコトを創る産業社会システムの構築が必要であることが広く認知され、各種産業において、感性価値を創造するための科学技術として感性工学が注目されるようになっている。

感性価値を創造するための方法として考えられているのが「共創」である。共創は、モノづくりのコミュニティを形成し、情報を共有し、相互理解しながら、共働しモノを作り上げる経験である。相互理解のためには対話を支援する技術が必要である。共創における相互理解は自分と他者とのより良い関係を築くための関係性形成プロセスである。人は、自らの感性で、自己と他者、社会、環境などと良い関係を得るための行為をとる。自分を取り巻くすべてのモノとの対話・やりとりが円滑に行え、関係性形成を支援する技術やしくみの総称が感性工学である。

感性価値の高い製品や商品などのモノづくりにおいて、使い手と作り手が一緒になってモノやコトを作製するコミュニティを形成して、使い手、作り手の共創によって創造するプロセスつくりができれば、この共創プロセスにおいて体験する情報の共有、共感、感動から作り手も使い手も充実感、納得感、やりがいを感じ、性能や品質というモノの基本価値に加えて、感性価値という付加価値をモノづくりに付与できる。

3.感性計測

共創のコミュニティにおいて、コミュニティに参加している人々が相互理解するために大切なことは、円滑な対話が行えるかどうかである。人と人とが相互の意図を理解し、自分の思いを伝えることは非常に難しい。伝わるように伝えることは、非常に高度なコミュニケーション技術である。新生児や脳機能障害者との対話は、言語による対話ではできない。対話する相手を理解するには、相手の状態の計測し、その状態を他者につたえる表現方法が必要である。発話による対話だけで良い関係性を構築することは難しく、そのため、多様な対話のあり方が必要である。健常な我々自身であっても、自己の健康は把握できておらず、自己の身体との対話はできていないことが多い。新しい対話を構築するための尺度とその表現の方法を検討するのが感性計測である。対話の方法が多様にあるほど、関係性形成は促進される。これをモノつくりにおいて考えてみると、人とモノとの関係性は、使い勝手、心地よさ、快適性、ユーザビリティ、ストレスなどの言葉で換言されるであろう。製品との関わり合いの中で製品に対してどのような印象を持つのか、製品が持つ材料特性由来の刺激によって、健康に対してどのような影響を受けているのかを把握し、それを自らと他者に伝えることが出来れば、モノづくりにおける対話支援になる。着心地評価を例にあげると、衣服が持つ材料特性由来の被服圧迫、被服内の温熱、被服材料の表面あらさなどの刺激の感覚統合が着心地の要因である。しかしながら、我々は、着衣時にどんな刺激をどの程度受けているかを定量的に明確には把握できていない。この刺激によってどんな印象を持つのかを何となく評価できたとしても、健康面に対して良い刺激なのか、悪い刺激なのかを把握できていないことが多い。着衣におけるストレスは、意識されない衣服からの刺激が身体に蓄積され、それがやがて、体調不良や疾病を誘発することによって認識する。製品から受ける刺激、それに伴う心理反応、生理反応をそれぞれ計測することによって何となく感じていることを明示化し、対話につなげることによって製品を評価することができる。

次回に続く-

参考文献
1) 経済産業省, 感性価値創造イニシアティブ―第四の価値軸の提案 感性☆21報告書, 経済産業調査会, (2007)

【著者略歴】
上條 正義(かみじょう まさよし)
博士(工学)
信州大学繊維学部、先進繊維・感性工学科、教授

■略歴
1989年 信州大学大学院繊維学研究科修了
1990年 東京理科大学諏訪短期大学 生産管理工学科 助手
1996年 信州大学 繊維学部 感性工学科 助手
2001年 信州大学 繊維学部 感性工学科 助教授
2009年 信州大学 繊維学部 感性工学科 教授
現在に至る
■専門分野
感性工学、感性計測、計測工学、繊維工学
■学会活動
日本感性工学会 理事・副会長 (2019-)
日本繊維製品消費科学会 理事 (2019-)