風合い計測技術の紹介(1)

カトーテック(株)技術顧問
松平 光男

1.緒言

布の風合いが客観評価されるようになってから、既に40年が経過している1)。布の手触り、肌触りとしての風合いを計測する場合、従来の計測機器にみられるような荷重の大きな領域では不可能であり、荷重の微小な領域での高精度で再現性の高い計測技術が必要である。川端季雄教授と弊社が共同で開発したKES(Kawabata Evaluation System)2)は、風合いの客観評価には必要不可欠の計測技術であり、正に風合い客観評価を可能とした。布の破断時の強度や伸度に関しては昔から計測されてきたが、その荷重のレベルは風合い計測の10倍以上もあり、風合い評価とはかけ離れたものであった。図13)に典型的なスーツ地用羊毛織物の一軸拘束二軸引っ張り試験結果の一例を示すが、布が破断するときの強度(FB)、伸度(εB)は、風合い評価に重要なKES標準条件の最大値に比べて、荷重のレベルが桁違いに大きい。風合い計測には微小な荷重レベルでの計測技術が極めて重要であり、KESはそれを実現したのである。以下、KESの計測技術について紹介する。

2.KESによる布の基本力学特性

図1 羊毛織物の一軸拘束二軸引っ張り試験3)

布の基本力学特性としては、引っ張り特性、曲げ特性、せん断特性、及び圧縮特性が考えられるが、特に荷重が微小な領域の初期力学特性を考える。また、通常の力と変形との関係とは異なるが、布の表面摩擦特性も便宜的に基本力学特性に含める。引っ張り特性とせん断特性はKES-FB1-Aで計測され、曲げ特性はKES-FB2-Aで計測され、圧縮特性はKES-FB3-Aで計測される。表面特性はKES-FB4-Aで計測される。以下にこれらの特性の詳細を紹介する。

2.1 引っ張り特性(Tensile Property)

布の引っ張り特性とは、布を引っ張った時の力と歪み(伸び率)との関係をいう。人体を覆っている布が身体を動かしたときに受ける変形様式は、一軸拘束二軸伸長様式に相当する場合が多く、KESでは、伸長方向の布幅をそれに直交方向の布幅に比べて大きく(4倍)することにより、近似的に一軸拘束二軸伸長試験を可能としている。KESによる典型的な引っ張り特性図を図22)に示す。たて糸方向の引っ張り(添え字の1)と、よこ糸方向の引っ張り(添え字の2)を別々に計測する。特に断らない限り、圧縮特性以外は、たてよこ両者を測定して平均値を求める。
非線形的な引っ張り特性を可能な限り忠実に表現するための特性値(パラメータ)化も確立しており、図2に示すように、3つの力学特性値が定義されている。ここで、LTは力と歪みの関係が直線にどの程度近いかを示しており、この値が小さいほど布は初期に伸び柔らかい。WTは最大伸張力までの仕事量であり、一般にこの値が大きいほど布はよく伸びる場合が多い。RTは伸張時のエネルギーに対する回復されるエネルギーの割合を示しており、この値が大きいほど布は回復性(レジリエンス)が高い。

2.2 曲げ特性(Bending Property)

布の曲げ特性とは曲げ変形時の曲げモーメントと曲率の関係をいう。布を円弧状に曲げることを仮定した、純曲げ方式(曲げモーメント:一定、せん断力:ゼロ)による曲げモーメント対曲率の関係を図32)に示す。これはKESで計測される等速曲率増加及び減少時の布の典型的な曲げ特性図であり、曲線の勾配から曲げ剛性Bを、変形過程と回復過程の曲げモーメントの差からヒステレシス(変形過程と回復過程のエネルギーの差)2HBを求めることができる。これらの値は曲げ特性に関する特性値と定義されており、Bの値が大きいほど布は曲げ剛く、2HBの値が大きいほど布は曲げ変形からの回復性が悪く、布は弾力感がないことを意味している。

図2 布の引っ張り特性と特性値2)
図3 布の曲げ特性と特性値2)

2.3 せん断特性(Shearing Property)

布のせん断特性とは、布をせん断変形させた時のせん断力とせん断角(せん断歪み)との関係をいう。せん断変形とは、元来すべりに抵抗する応力が働く変形であるが、布の場合、厚み方向を無視した二次元平面の、いわゆる面内せん断変形特性を考える。たて糸とよこ糸とが交差することにより構成されている織布が容易に受ける変形様式である。二次元の布が三次元の曲面を容易にカバーすることが出来るのは、このせん断変形に大きく依存し、せん断柔らかい布の方が人体のような曲面に容易にフィットする。KESで得られる布の典型的なせん断特性図を図42)に示す。布のせん断特性の特性値としては曲線の勾配より、せん断剛さG、変形過程と回復過程のエネルギーの差からヒステレシス2HG、2HG5を求めることが出来る。Gの値が大きいほど布はせん断変形しにくく、2HGの値が大きいほど布はわずかなせん断変形での回復性が悪く、2HG5が大きいほど布は大きなせん断変形での回復性が悪いことを示している。

次回に続く-

参考文献
1) 川端季雄:「風合い評価の標準化と解析、第2版”」、日本繊維機械学会、風合い計量と規格化研究委員会、大阪、(1980).
2) 川端季雄:風合い計量のための、布の力学特性のキャラクタリゼーション、及びその計測システムについて、繊維機械学会誌(繊維工学), 26(10), P721-P728 (1973).
3) 川端季雄:繊維集合体と最終製品性能設計、繊維学会誌(繊維と工業)、42(3), P82-P89 (1986).
4) テキスタイル科学研究会:「KES特性値(パラメータ)を用いるテキスタイルの風合い・外観・快適性客観評価式」、日本繊維機械学会、大阪、(2015).

【著者略歴】
松平 光男(まつだいら みつお)
カトーテック(株)技術顧問(元金沢大学教授)

■略歴
1972年京都大学工学部高分子化学科卒業
1974年同大学院(修士)工学研究科高分子化学専攻修了
1988年同工学博士(繊維工学)
1974年東芝総合研究所化学材料研究所
1980年大阪信愛女学院短期大学を経て
1986年から金沢大学助教授教育学部
1995年同教授。被服科学、テキスタイル科学担当。ニュージーランド羊毛研究所(WRONZ)、ニューサウスウェールズ大学、アグリサーチ社客員研究員を経験。
日本繊維製品消費科学会論文賞(2001)、日本繊維機械学会論文賞(2002)、Holden Medal for Education (The Textile Institute, UK, 2019)を受賞。日本繊維機械学会フェロー(2010-)。
2015年3月金沢大学定年退職。
同年4月からカトーテック(株)技術顧問、現在に至る。