味と匂いのセンシングの現状と展開(4)

九州大学高等研究院/
五感応用デバイス研究開発センター
特別主幹教授/特任教授
工学博士 都甲 潔

4.ISOEN2019報告

ここで5月26日(日)-29日(水)に、福岡市の中心に位置するアクロス福岡で開催された第18回「嗅覚とエレクトロニックノーズ」国際シンポジウム(ISOEN2019)の報告を簡単に行おう。

本学会は1994年にフランスで開催され、今回18回目となり、この25年間の歴史にあって日本で初めての開催となる記念すべき大会であった。その上、今年は令和元年であり、「令和」の由来となる歌を大伴旅人がここ福岡の地、太宰府で詠んだという事実も興味深い。大会長を都甲が務め、国内に東工大、東京農工大、島津製作所、九州大学から成るlocal organizing committeeを海外メンバーと合わせ組織し、母学会International Society for Olfaction & Chemical Sensing (ISOCS)と密に意見交換しながら、約2年前から準備を始めた。Opening ceremonyの様子を図5に示す。

図5 ISOEN2019でのopening ceremonyの様子

ISOENの歴史を簡単に紹介しよう。1994年にフランスの匂いセンサの会社をスポンサーとしてフランスとアメリカ交互に毎年1998年までISOENが開催された。その後、科学委員会がシンポジウム運営に関与するようになり、ドイツ、イギリス、アメリカ、イタリア、ラトヴィア、スペインと順に2005年まで開催された。 2007年からは現組織のISOCSが運営に関与することになり、ヨーロッパ、アメリカ、アジアと交互に2年に1回開催され、現在に至っている。そして、今回が初めての日本開催となったわけである。

結果、出席者は約200名で、うちアジアから59%(日本が30%、中国が15%)、ヨーロッパから33%、南北アメリカから7%、アフリカから1%であり、23カ国が参加し、盛況に学会を執り行うことができた。投稿論文は査読を受け、うち77%が採択され、45件が口頭発表に、57件がポスター発表に配された。
なお、韓国のTai Hyun Park教授に”Human olfactory receptor-based bioelectronic nose”、アメリカのPablo Meyer Rojas博士に”Olfaction, the forgotten sense”と題した基調講演を戴いた。学会前日に当たる26日(日)には、tutorialが行われ、7人の講師による6件の研究紹介(ガスモニタリング、匂いセンシング、医療応用、呼気による診断、ディープラーニング、機械学習)が講義形式でなされ、50名を超える参加者があった。学会の中日、28日(火)にはインテリジェントセンサーテクノロジーによるランチョンセミナーも催され、定員の70名の参加を得、極めて好評であった。

学会の主催を一昨年のモントリオールと同様ISOCSとIEEEが務め、主たるスポンサーとしてインテリジェントセンサーテクノロジー、島津製作所、ジーエルサイエンスに、出展会社として味香り戦略研究所、Nanosensors, 九州計測器、コニカミノルタ、Rubix S&I, 高千穂商事、高千穂化学工業、JLM Innovationにご参加頂いた。運営会社にはアメリカのConference Catalystsと国内のセミコンポータルに務めてもらい、この2社の連携は極めて良かったと感じている。私たちlocal organizing committeeの意向が齟齬なく円滑に伝えられ、その都度、良い方向へ軌道修正を行った。たぶんセミコンポータル無しでは本学会は運営できなかったと思う。採択論文については、各々の口頭・ポスター発表内容は3頁の論文としてIEEE Xploreで公開され、いつ何処でもダウンロードすることが可能となっている。

嗅覚ディスプレイと医療用センサで計2つの企画セッションが行われた。本稿の人工嗅覚センサは共同研究者のパナソニックにより医療用センサの企画セッションで発表された。一般口頭発表の内容を記すと、ロボット、バイオエンジニアリング、センサシステム、センサ一般(ガスセンサ、匂いセンサ)、e-tongues(味覚センサ)、データ解析と多岐に渡っていた。もちろん言うまでもないことであるが、学会タイトルがe-noseであるものの、e-tonguesに関する発表も当研究室からの発表も合わせ多々行われたことは注目に値する。

以上、本国際学会は200名を超える参加者となり、この10年間で最も盛況な開催だった。
会場はアクロス福岡にて国際会議場(4F)と大会議室(7F)を使用し、基調講演以外は基本、パラレルセッションで進めた。国際会議場(4F)は200席、大会議室(7F)は口頭発表の部屋(シアター形式とスクール形式で約70席)とポスター用の部屋の2つに分け、ときに大会議室(7F)では立ち見客が現れたため、2日目からレイアウトを変えるという嬉しいハプニングもあった。また、味香り戦略研究所からは鹿児島ハイボールをWelcome receptionと Gala dinner(会場から徒歩3分のレストラン11Fと12F)に提供頂き、Gala dinnerでの寿司と天ぷらを含む食も好評であり、みな最後まで和気あいあいと会談を行っていた。Gala dinnerでの食の善し悪しが学会の成否を決めると言われるが、味と匂いのセンサに係る学会だけあって、満足頂けたようである。
次期開催地はポルトガルである。近年、味と匂いのセンサに係る研究開発は活発さを増しており、本ISOENもますますの盛会が期待できる。

5.おわりに

味覚センサは、これまで舌で味わうことしかできなかった食を、目に見える形で定量表現することを可能とした。デジタル化した情報、つまり「食譜」(食の譜面)をもとに最適化計算を行ない、この味になるように調理することで、望む味が保証される。現在、多くの会社が味覚センサで望む味を創り上げている。その一例を挙げると、日本航空JAL機内でのコーヒーは味覚センサを利用して開発されたものである。コーヒーは、生豆の出来不出来に年毎の変動が激しく、価格と在庫量の変動幅が大きく、安定した望む味のコーヒーを提供することは必ずしも容易ではない。これまでブレンダーと言われる感覚を鍛え込んだ人たちにより商品設計がなされていた。そこで、味覚センサを用いた商品設計手法を採り入れることで、開発時間を短縮し、優秀なブレンダーにもできなかった味と価格の最適化が可能となっている。

人工嗅覚システム、つまり匂いセンサは匂いの作る「空気質」を可視化するものであるが、住空間・サニタリー管理、健康モニタリング、バイオメトリクス、火災予兆検知、運転者モニタリング、品質管理、爆発物・麻薬・毒ガス検知、被災者探知など広く活用することができるであろう。

また近年、複数の化学物質の集合体、つまり「匂い」で病気をはじめとした種々の状態を検知する試みが活発になってきている。人類はその長い歴史の中で、嗅覚に代わり、特定の化学物質を検知、分析する装置を発展させてきた。しかし、今後、生物の嗅覚に倣い、環境や食品の匂いを計測したり、ストレスなどの健康状態や癌などの疾患の有無を呼気や尿からリアルタイムで計測したりするといった、簡便な新しい分析手法が世の中に広まることが予想される。

このIoT社会にあって、人工嗅覚システムは、これまでの分析装置とは異なる立ち位置、つまり、簡便迅速、人の感覚に近い出力、可搬性という特徴で、人に優しい科学技術として世の中に浸透していくことであろう。さらに、味覚や嗅覚、視覚等、複数の感覚を表現するセンサを融合し、おいしさや安全性といった食の品質を客観的に評価すること、また五感の可視化を行うことや食の品質記述ツールを作成すること、食データベースに基づく3Dフードプリンタの開発も不可能ではない。ここのCPSまたはIoTのグローバル化した時代にあって、これらセンサの作るデータベースならびに人の官能によるデータベースの共有は、新しい時代を創出するものである。

【著者略歴】
都甲 潔(とこう きよし)
九州大学高等研究院/五感応用デバイス研究開発センター
特別主幹教授/特任教授 工学博士

昭和55年3月 九州大学大学院博士課程修了、九州大学工学部電子工学科助手、助教授を経て、平成9年4月より九州大学大学院システム情報科学研究院教授。
平成20年~23年、システム情報科学研究院長。21年より主幹教授。25年より味覚・嗅覚センサ研究開発センター長。
30年より高等研究院特別主幹教授ならびに味覚・嗅覚センサ研究開発センター(現 五感応用デバイス研究開発センター)特任教授。