発汗計測技術とウェアラブル発汗センサ(1)

百瀬 英哉(ももせ ひでや)
(株)スキノス
代表取締役
百瀬 英哉

1. はじめに

 発汗は身近であるが,意外にも高度な神経活動によってコントロールされるヒトに特徴的な生理現象であることが知られており,ヒトの心と体の状態を知る上で貴重な情報が含まれると言われている1)
 近年ウェアラブルセンサの技術発展に伴い生体情報の活用が進められ,ビッグデータを用いた情報の解析が行われているが,発汗においても日常的な動態観測が可能なウェアラブルセンサを実現することにより,その情報の応用が進むと考えられる.
 本稿では,発汗の計測技術,及び発汗を定量的かつ経時的に数値化できる換気カプセル法に触れた上で,換気カプセル法の原理を用いたウェアラブル発汗センサについて紹介する.

2. 発汗の基礎と計測の目的

 一般に,発汗は精神性発汗と温熱性発汗に大別される.
 精神性発汗は,精神的刺激に対し手のひら,足の裏に限って瞬時に出現する発汗で,情動と関係の深い扁桃体,海馬,大脳辺縁系が関与している2)と言われている.神性発汗の発汗量を連続的に測定することで日常生活の不安や緊張,動揺など瞬時的な心の変化を客観的に把握できるものと考えられる3)
 一方, 温熱性発汗は,暑さを感じる時に,手のひら,足の裏を除く全身から出現する発汗である.精神性発汗に比べ,多量で,潜時(発汗刺激に対して汗が出始めるまでの時間)が長いという特徴がある.温熱性発汗は,自動車でいうラジエーターの機能を担っており,体温調節の要となるものである.人の身体や脳は体温を一定に保つことで高度な機能を維持しており,発汗は身体パフォーマンスを最大限に活かすために不可欠な機能と言える.特に気候変動,気温上昇に伴い熱中症が社会問題化する中,プロ・アマチュアスポーツや暑熱環境での労働分野でも,発汗機能の重要性が認識されている4)
 このように発汗の様相を詳しく調べるとヒトの心と体の状態を示す重要な情報が含まれている.しかしながら,発汗の全容を把握するのは意外にも高度な技術が必要となる.すなわち,汗は皮膚表面に出現したのち短時間で皮膚に拡散したり,蒸散することで機能するもので,液体から気体への状態変化も周辺環境に影響を受けて時間とともに生じる.また,汗の出現は身体各部位の部位差が大きく,その個人差も大きい.そのため,目的を達するためには複数の測定方法を組み合わせることも多い.

3. “発汗”をはかる技術

3.1 発汗計測の分類

 発汗計測法は大きく定性法と定量法に大別される.
 定性法としては,ヨードデンプン反応を用いて発汗部位を着色するミノール法が一般的で,発汗の有無や発汗している部位,発汗していない部位の判別に用いられる5).また,精神性発汗を定性的に評価する方法として,皮膚電気活動記録法がある.いわゆる“嘘発見器”として用いられるものであり,その発生機序については十分明らかにされていないが,発汗の出現による皮膚近辺の電気的特性の変化を捉えているものと考えられている6)7).電気現象を測定するものであるため,応答が早い.
 一方,定量法は発汗量(水分量)を定量的に測定するものであり,対象とする皮膚の範囲に応じていくつかの方法がある.
 全身から発生する発汗量は体重減量分の測定によって評価するのが一般的である.特に暑熱環境や運動時は発汗による体水分喪失量は大きく,体重変化の最も大きな要因となるため,体重減量分を全身からの発汗量とすることができる5).ただし,飲水量や尿量などの考慮が必要であることと,発汗量が少ない場合や測定の精度を向上するためには分解能の高い体重計が必要となる.
 また,全身より狭い領域では,汗をろ紙に吸湿させて収集するろ紙法や,四肢の測定部位をビニール袋で覆い汗を収集するアームバック法などが用いられる5).これらは,汗が蒸散しないよう液体の状態で収集する方法であり,収集した汗は精密天秤で秤量する.局所的な皮膚,または,四肢のように少し広い領域の皮膚から発生する発汗量を定量化するもので,対象とする身体部位の特定ができ,発汗量の身体部位差も評価可能な測定法である.
 しかしながら,ろ紙法・アームバック法などの方法は,連続的な測定を行うには難がある.また,収集した汗が大気中に蒸散しないよう秤量する必要があり,微量な発汗から多量の発汗までを高精度に測定するには秤量方法に細心の注意を払う必要がある.

3.2 換気カプセル法

 連続的,かつ高精度な発汗量の測定が可能な技術として,換気カプセル法がある8)
 換気カプセル法の基本的な原理は次の通りである.

  • カプセルで密閉した皮膚表面にキャリアガスを供給して皮膚を換気し,キャリアガスの湿度上昇から発汗の評価を行う.
  • 汗は,皮膚表面に出現すると瞬時に蒸散し,その水分はキャリアガスにより湿度センサに輸送され湿度センサ出力上昇として検出される.
  • 湿度センサの出力から絶対湿度(1kgのDry Airに対する水蒸気の重量割合)を得て,皮膚からの蒸散水分量に変換される.
  • キャリアガスが水分を含む場合は2つの湿度センサを用い,皮膚通過前のキャリアガスが含む水蒸気量を測定し,皮膚通過後のキャリアガスの水蒸気量との差分を用いる.

 換気カプセル法の測定値を局所発汗量といい,単位面積の皮膚における単位時間あたりの発汗量を示す.単位はmg/(cm2・min))である.発汗量と言えばその水分量がイメージされ,単位はグラムまたはミリグラムとなるが,これでは経時的な変化を表現できないため,発汗の状態を表現する概念として局所発汗量が用いられる.すなわち,局所発汗量は発汗の速度に相当し,局所発汗量の時間積分が発汗量(グラムまたはミリグラム)である.これにより,測定部位毎の発汗量の定量化と時間変化を捉えることができる.
 図1は,換気カプセル法を用いた据置型2CHの局所発汗計である(換気カプセル型発汗計SKN-2000M,以下,「据置型発汗計」という).本機は,医療機器の承認を受け,自律神経機能検査の用途で保険適応を受けており,医療機関はもとより,医学,健康科学,心理学など幅広い領域の研究機関で利用されている.また,2020年には,JIS規格『換気カプセル形発汗計』(JIS B 7923:2020)が制定され,ものづくりの分野でも活用されている.

図1 換気カプセル法を用いた据置型2CH局所発汗計(品名:SKN-2000M)
図1 換気カプセル法を用いた据置型2CH局所発汗計(品名:SKN-2000M)


次回に続く-



参考文献

  1. 大橋俊夫:日本発汗学会20年のあゆみと将来展望,発汗学Vol 20(1),2-11 (2013)
  2. S.Honma et al : Neurosci. Lett., 305:1-4(2001)
  3. 松村美由起:発汗計検査,自律神経機能検査 第4版,文光堂, 224-229(2007)
  4. 長谷川博:スポーツ活動時の体温調節,スポーツ現場における暑さ対策,三報社,2-8(2021)
  5. 西村直記:温熱性発汗試験,自律神経機能検査第5版,文光堂,249-252(2015)
  6. 新見良純,鈴木二郎:皮膚電気活動,星和書店,55(1986)
  7. H.Momose et al : Eyes Closing and Drowsiness in Human Subjects Decrease Baseline Galvanic Skin Response and Active Palmar Sweating: Relationship Between Galvanic Skin and Palmar Perspiration Responses, Front. Physiol. 11(2020)
  8. T.Ohhashi et al : Human perspiration measurment,Physiol.Meas.19,449-461(1998)


【著者紹介】
百瀬 英哉(ももせ ひでや)
株式会社スキノス 代表取締役

■略歴
2006年長野工業高等専門学校専攻科生産環境システム工学科卒業.長野県内のものづくり企業にて医療機器や福祉機器の開発,製造,販売に従事.在職中に信州大学大学院医学系研究科保健学専攻修士課程修了.学生時代から関わってきた発汗の計測技術開発や発汗に関する研究を専門的に推進するため,2017年に独立.恩師らが設立したベンチャー企業の事業を引き継ぎ,信州大学初ベンチャー株式会社スキノス(長野県上田市)を再始動.現在に至る.