ボールSAW水素センサの開発(1)

ボールウェーブ(株)
取締役事業本部長
竹田 宣生

はじめに

 近年、二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーである水素エネルギーへの期待が高まっており、燃料電池自動車や家庭用燃料電池をはじめとして、様々な水素応用が検討されている。それに伴って、水素センサも必要とされており、図1に示すように電気抵抗式水素センサを始めとして、平面型SAWセンサ等様々な水素センサが研究・開発されている。中でもボールSAW水素センサ1)は、従来の水素センサに比べて約1桁近く応答速度に優れ、10ppmv以下の水素感度を有している2)。本稿では、ボールSAW水素センサの水素漏洩検出等への応用を目的としてさらなる高感度化を追求した、最新の研究成果について紹介する。

図1 種々の水素センサの水素濃度と応答時間の関係 1)
図1 種々の水素センサの水素濃度と応答時間の関係1)

1. Pd-Pt感応膜

 水素を検出するための感応膜としては、水素選択性が高いパラジウム(Pd)やパラジウム合金がよく知られている。Pd薄膜は水素と結合して水素合金を形成すると「固く」なり伝搬するSAWの速度が速くなるので、音速変化として検出できる。ここでは、相転移を抑制するためにプラチナ(Pt)を添加したPd-Pt合金を感応膜として用いた。成膜には2元スパッタ法を用い、PdとPtのターゲットに供給する電力とスパッタ時のAr圧力により、Pd-Pt組成比を制御した(表1)。本実験に用いた感応膜ではPd-Pt組成比を4:1とし、膜厚は20nmとした。

表1 2元スパッタ法による成膜条件とPt組成比率
表1 2元スパッタ法による成膜条件とPt組成比率

 水素センサとして用いるボールSAW素子は直径3.3㎜の水晶球で、温度特性を演算・除去できる80MHz/240MHzの2周波センサとした。Pd-Pt感応膜を成膜した後のボールSAW水素センサの大気中におけるSAW周回特性を図2に示す。伝搬するSAWの音速は約3200m/sで、1周約3.3µsecで周回し、80MHzにおける減衰率は39dB/m、240MHzでは214dB/mであった。特定の周回の遅延時間として測定する音速と減衰率が水素濃度を測るパラメータとなる。

図2 ボールSAW水素センサの周回特性
図2 ボールSAW水素センサの周回特性

2. 窒素中の微量水素感度

 ボールSAW水素センサの窒素中の微量水素感度を評価した。微量水素は、100ppmv水素添加窒素ボンベを基準として、マスフローコントローラによる2段希釈システムによって発生させた。また、周回の遅延時間の測定には、弊社製微量水分計に搭載されているBUS(Burst Under Sampling)回路7)を用いた。BUS回路とは、同時励起した80MHzと240MHzの送信バースト信号によるボールSAWセンサからの受信波形を100MHzでアンダーサンプリングする回路で、取得波形をウェーブレット変換することで通常のオーバーサンプリングと比べて遜色のない計測が行える。
 ボールSAW水素センサの遅延時間変化による代表的な微量水素応答を図3に示した8)。10ppbvから5000ppbvまでの微量水素を10分導入―10分パージのインターバルで導入しており、それぞれ明瞭な応答が見られている。

図3 代表的なボールSAW水素センサの微量水素応答
図3 代表的なボールSAW水素センサの微量水素応答

 異なるセンサ温度に対して、遅延時間変化と水素濃度の関係を示したのが図4である。水素に対するセンサ感度は、水素濃度の対数におおよそ比例しており、センサ温度が低いほど感度が大きいことがわかる。ノイズレベルの2倍を検出限界とすれば、窒素中の微量水素の検出限界は約6ppbv(センサ温度60℃の時)であった。

図4 遅延時間変化と水素濃度の関係
図4 遅延時間変化と水素濃度の関係

 水素濃度が一定の場合におけるセンサ遅延時間変化のセンサ温度に対するアレニウスプロットが図5である。センサ遅延時間変化は水素濃度によらず一定の反応エンタルピーを持っており、遅延時間変化DTCはおおよそ次式であらわされる。

ここで、NH2は水素濃度(ppbv=nmol/mol)、Hは反応エンタルピー(J・mol-1)、Rは気体状数(J・K-1・mol-1)、Tは絶対温度(K)である。
 水素濃度が一定であれば遅延時間変化は温度が低いほど大きく、遅延時間変化の絶対温度の逆数に対する傾きから反応エンタルピーを計算すると-13.1kJ・mol-1となった。遅延時間変化は生成された水素合金の量を反映しており、反応エンタルピーが負であることから、水素合金を生成する反応は発熱反応であることが示された。すなわち、ファントホッフの式により反応温度が上昇すると平衡定数は減少して、少ない量の水素合金生成で平衡することが分かる。

図5 遅延時間変化のセンサ温度依存性
図5 遅延時間変化のセンサ温度依存性


次回に続く-



参考文献

  • 1) K. Yamanaka, et.al: IEEE Trans. Ultrason. Ferroelectr. Freq. Control. 53, 793 (2006).
  • 2) T. Tsuji, et.al.: Material Transactions, 55, 7 (2014) pp.1040 to 1044
  • 3) S. Ju, et.al.: Sens. Actuators B, 146 (2010) 122.
  • 4) A. D’Amico, et.al.: Proc. IEEE Ultrason. Symp. (1982) 308.
  • 5) W. P. Jakubik, et.al.: Sens. Actuators B 82 (2002) 265.
  • 6) C. Wang, et.al: Sens. Actuators B, 173 (2012) 7
  • 7) T. Tsuji, et.al.: Rev. Sci. Instrum. 89 (2018) 055006.
  • 8) 竹田他:2022年春の応用物理学会、講演番号: 23p-D113-12


謝辞
この成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(JPNP14012)の結果得られたものである。



【著者紹介】
竹田 宣生(たけだ のぶお)
ボールウェーブ株式会社 取締役事業本部長

■略歴
1985年:東北大学大学院工学研究科修了、工学博士。(株)大日本科研技術顧問。
1985年-1986年:新技術開発事業団創造科学推進事業特別研究員で専門は半導体デバイス、プロセス。
1988年-1994年:東北インテリジェントコスモス構想(株)小電力高速通信研究所コミュニケーションデザイン研究室室長兼任
1986年-1997年:(財)半導体研究振興会研究員、
1997年:Ball Semiconductor社入社。
2000年-2010年:米国ベンチャーBall Semiconductor社上席副社長として一貫して微量水分センサをはじめとするBall SAW Sensorの開発に携わる。
2006年-2010年:Ball Semiconductor社と大日本科研(株)のジョイントベンチャーであるINDEXテクノロジーズ(株)執行役員としてマスクレス露光技術分野の開拓にも携わる。
2010年-2012年:東北大学未来科学技術共同研究センター客員教授、
2010年-2012年:カナダのベンチャーAiscent Technologies社CTO、
2012年-2014年:中国ベンチャーAMLI社技術顧問、
2012年-2014年:東北大学大学院工学研究科産学連携研究員
2014年-2016年:東北大学大学院工学研究科非常勤講師、
2014年-2016年:株式会社メムス・コア技師長としてMEMSセンサ受託開発に従事。
現在、ボールウェーブ株式会社 取締役事業本部長