感性の計測 ―体感からひも解く評価および提示技術の紹介― (1)

宇都宮大学 工学部 准教授
石川 智治

1.はじめに

 感性は、複合的で多種多様な分野に関連する。そのため、多くの研究者により、その定義などの議論1)-4)が重ねられてきた。本稿では、辞書などで一般的に記述される定義:物事(モノやコト)に対する感受性や外界からの刺激を捉える感覚的能力とする。この立場では、感性は、モノやコトなどの対象の特性や内容、及びそれらが存在する環境や状況に応じて、ヒトの内面に喚起されるものといえる。したがって、感性の計測5)6)は、ヒトの内面を表す心理的側面および生理的側面を捉えることであり、それは環境や状況に影響されるモノの物理的側面やコトの内容などに起因すると解釈できる。
 心理的側面の主な計測には、評定法や尺度法などを用いた方法7)や感性語などの評価指標に対する評価を統計分析する方法8)9)などがあり、対象に対する認知や印象などを尺度上に記述して分析・定量化することにより、感性の心理的メカニズムなどが研究されてきた。また、生理的側面の主な計測には、脳波、心拍や皮膚・筋電位など、自律神経系および運動神経系を中心とした指標10)11)があり、各々の指標に対応する測定器を用いた計測結果から、ヒトの感性の生理的なメカニズムが研究されてきた。ただし、これらは心理学および生理学の個々の分野における方法や計測指標に基づく結果であり、心理と生理の相互の関係性を重視した感性情報処理メカニズムや感性モデル12)-14)の検討には至っていない。それでも感性を探究する研究者は、対象に関連する感性語の慎重な検討や多チャンネル・多種の生理反応の計測・分析の実施など、より確度の高い感性の心理的・生理的なメカニズムの解明に挑戦している。
 近年では、情報技術を活用した数理的な感性モデリングの研究15)16)、色と香りなどの共感覚に注目した感性の多次元的な構造化に関する研究17)、オノマトペによる心理・物理の関係を学習させて多感覚感性のAI化を目指す研究18)、感性の階層構造に注目して心理・生理を統合的に捉えてデザインや社会実装を目指す研究19)、脳波に特化した感性計測を実用化させた研究20)などが行われてきている。これらの研究は、感性を多次元・多感覚の視点から多角的に捉えているため、感性の新たな観点やモデルの提案に大きく寄与すると考えられる。しかし、ヒトの感性において重要かつ密接に関わる心理と生理の相互関係に重点をおいたアプローチではないため、それら相互に関連するデータが取得できていない可能性を含んでいる。つまり、あくまでも各分野における方法や計測指標(切り口)に基づいた計測結果による関係付けや学習などを基盤とするため、計測されていない未知の要因や特性までは言及できていない可能性がある。そのため、上述した研究において得られた結果が新たな切り口となり得るかどうかなどを含めて、感性の本質を捉えた計測およびメカニズムの解明などの議論と研究開発が求められる。
 本稿では、心理と生理の相互関係を重視した感性計測を実現するための一つの切り口として、「体感」に注目した研究を紹介する。またそれと同時に、その「体感」にとって重要となる空気を媒体としたヒトの感覚:空気覚の研究について紹介する。この記事を切欠として、より多くの研究の萌芽的発見の一助となれば幸甚である。

2.「体感」に注目した心理と生理の相互関係を重視した新たな切り口:体感評価語

 生の演奏会(ライブ)を視聴した人の多くは、歌い手の息遣い、会場の雰囲気、そしてその場の臨場感などを“体感”し、迫真の演奏に高揚感をおぼえたり、感動に至った経験があるのではないだろうか。また、ライブを視聴した経験がない人でも、心を奪われるような印象的なシーンとの遭遇や、滅多に起きないような衝撃的な出来事を体験するなど、その瞬間に生じた感性や感動などが深く記憶に刻まれるような経験をしてきていると考えられる。高忠実な音響再生システム(後者では、高忠実な映像再現システムも含む)では、実際の演奏を視聴した際に生じた感性や味わった感動と等価なものを、再生音を視聴した際に生じさせるために、演奏を高忠実に再生すること(後者では、記憶に深く刻まれたシーン等の経験時に生じた感性や感動と等価なものを再現映像の視聴にて高忠実に再現すること)が求められる。つまり、このような観点から、感性を喚起させる情報〔感性情報〕の忠実な再生を重要視する音響再生/映像再現システムの研究開発が行われてきた(以降、映像再現も含むが説明上省く)21)。この研究では、視聴者に実際の演奏の視聴時と同様の感性や感動を喚起させるための必要条件は、感性や感動を喚起させる情報を含んだ演奏コンテンツと、それを忠実に再生する上述のシステム、そしてその再生音を視聴する静寂な環境、の三項目を満足する「場」の実現であることを明らかにした。これまでに、その「場」を体験した約 1000人以上の人々が、感動などに至ったことを実験的に実証している。そして、その時に発せられた評には、多くの体感に関連する身体感覚の言葉が含まれており、それらを“体感評価語”として28語を定義した(表1 ※詳細は文献を参照のこと)22)

表1:体感評価語 22)
体感評価語(28語)
“首筋から頭の天辺にかけてしびれる”、“声が首筋から頭の天辺にかけてしびれる(体に電気が走る)”、“身体が音楽に合せてのってくる・動く”、“音楽に同期して身体全体の血液が踊っている”、“脳や身体が解きほぐされる”、“身体に溜まっていたしこりが解消される”、“癒される”、“首の後ろ斜めから音が泌み込む”、“足のつま先から音が泌み込む”、“頭の中が真っ白になる”、“頭がふわっとする”、“頭の後ろが熱くなる”、“顔が上気する”、“背中から腰が温かくなる(脳にいたる脊髄などの中心部)”、“指がしびれる”、“背中がぞくっとする”、“鳥肌が立つ”、“腸が震える”、“五臓六腑が震える”、“胸に染み込む”、“音が腰(S字結腸あたり)まで下がる”、“背骨に響いてくる”、“身体が包み込まれる”、“身体全体の細胞が音を聴いている”、“大きな風船を抱っこしているようだ”、“サラウンドのゆりかごのようだ”、“空気を肌で感じる”、“音が頬を撫でる”

 また、体感評価語は身体感覚を伴った言語であるため、心理学と生理学の相互の橋渡し的な役割を担っており、感性の本質を捉えた計測およびメカニズムの解明などの新たな切り口として期待される。また、この相互関係に加えて、物理学との関係を探究することにより、感性に関与する新たなモノづくりの知見が得られるとも考えられる(図1)。

図1:体感評価語の位置づけ
図1:体感評価語の位置づけ

3.「体感」に注目した空気流を媒体とする新感覚:空気覚

 上述したように、聴取者がライブなどで経験した時と同様の感性や感動を生じ得る「場」の体感から身体感覚を伴った体感評価語が導出された。またこのことは同時に、音の伝搬において体感する空気流が、ライブなどで経験した時と同様の感性や感動の喚起に寄与したことを示唆している。一般に、皮膚は身体全体を覆って外界の刺激から身を守る役割を担っているだけではなく、身体全体に分布する外界を認識するセンサとして存在している11)ため、空気流が皮膚に触れることにより、ヒトの心理や生理状態に影響を及ぼしたと考えられる23)。ヒトが対象を認識する際は、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚などの五感が支配的であると言われているが、上記したヒトの心理や生理状態への影響は、ヒトの感性を主軸として考えた“体感”という視点から導出された感覚※であり、空気を媒体として生じることから『空気覚』と呼称する。そして、この空気覚を生じさせる空気流発生装置(AFGD: Air Flow Generating Device)を開発(4節)し、その空気流に対するヒトの認知特性(5節)、および嗜好や温冷に関わる感性的・生理的・物理的特徴(6節)を明らかにした。この空気流発生装置(AFGD)は、新しいメディアになり得ると考えられる。(※体性感覚11)に類する感覚という解釈もできる)


次回に続く-



参考文献

  1.  辻三郎編:感性の科学 感性情報処理へのアプローチ,サイエンス社, 1997.
  2.  原田昭:感性の定義, 感性評価2, 感性評価構造モデル構築特別プロジェクト研究組織, 岡崎章編著, pp.41-47, 1999.
  3.  椎塚久雄, 原田昭:感性とは何か ―感性の由来とそのフレームワーク―, 電子情報通信学会誌, Vol.92, No.11 pp.912-914, 2009.
  4.  長沢伸也:感性工学の基礎と現状, 日本ファジィ学会誌, Vol.10, No.4, pp.647-661, 1998.
  5.  上條正義:感性計測による手触り・肌触り評価方法の検討, 感性からのものづくり(2), 日本化粧品技術者会誌, Vol. 45, No.2, pp.92-99, 2011.
  6.  長町三生:感性工学とは, 繊維学会誌, Vol.50, No.8, pp.468-472, 1994.
  7.  難波精一郎, 桑野園子:音の評価のための心理学的測定法, 音響テクノロジーシリーズ, 日本音響学会編集, 1998.
  8.  斎藤堯幸, 宿久洋:関連性デ-タの解析法 -多次元尺度構成法とクラスタ-分析法-, 共立出版, 2006.
  9.  奥野忠一, 久野均, 芳賀敏郎, 吉澤正:多変量解析, 日科技連出版社, 1981.
  10. 吉田倫幸:感性・快適性と心理生理指標, 日本音響学会誌, Vol.50, N.6, pp.489-493, 1994.
  11. 真島英信:生理学, 文光堂, 2002.
  12. 加藤俊一:視覚感性の工学的なモデル化とその情報提供サービスへの応用, 日本画像学会誌, Vol.47, No.3, pp.183-188, 2008.
  13. 荻野晃大, 加藤俊一:感性検索システムの設計手法:感性システムモデリング, 情報処理学会論文誌, Vol.47, No.SIG4, pp.28-39, 2006.
  14. 相良泰行:食感性モデルによる「おいしさ」の評価法, 日本食品科学工学会誌, Vol.56, No.6, pp.317-325, 2009.
  15. H. Yanagisawa, C. Miyazaki, C. Bouchard: Kansei Modeling Methodology for Multisensory UX Design, 21st International Conference on Engineering Design ICED17, pp.159-168, 2017.
  16. 大西厳, 上中田歩, 太細孝, 関口彰, 正司強, 木村一郎:ニューラルネットワークを用いた色感性モデルの構築, 日本感性工学会論文誌, Vol.11, No.1, pp.103-111, 2012.
  17. 齋藤美穂:感性をつなぐ色彩―色彩を結び目とした多感覚研究への展開―, 基礎心理学研究, Vol.35, No.1, pp.29-34, 2016.
  18. 坂本真樹:オノマトペによる感性の定量化 ―‘もの’と感性をつなぐ技術へ―, 電子情報通信学会誌, Vol.100, No.11, pp.1193-1198, 2017.
  19. 長田典子:感性の指標化とプロダクトデザインへの応用, 電子情報通信学会誌, Vol.102, No.9, pp.873-880, 2019.
  20. 満倉靖恵:脳波によるリアルタイム感性計測とその応用 ―実社会における感情・感性を用いる試みの広がり―, 電子情報通信学会誌, Vol.13, No.3, pp. 180-186, 2020.
  21. 宮原誠:未来映像音響創作と双方向臨場感通信を目的とした高品位 Audio – Visual System の研究, 平成13年度日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業研究成果報告書, (理工領域)マルチメディア高度情報通信システム, 1997.
  22. 石川智治, 宮原誠: バーチャルリアリティに重要な体感に基づく心理生理的評価の一提案, 映像情報メディア学会誌, Vol.60, No.3, pp.446-448, 2006.3.
  23. 傳田光洋:皮膚感覚と人間のこころ, 新潮社, 2013.


【著者紹介】
石川 智治(いしかわ ともはる)
博士(情報科学)
宇都宮大学工学部、基盤工学科・情報電子オプティクスコース、准教授

■略歴
2001年3月 北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科修了
2001年4月 日本学術振興会・未来開拓学術研究推進事業・RA
2001年11月 北陸先端科学技術大学院大学 助手
2008年10月 宇都宮大学大学院工学研究科 助教
2012年6月 宇都宮大学大学院工学研究科 准教授
現在に至る

■専門分野
感性情報学、多感覚認知、質感知覚、心理物理学

■学会活動
日本感性工学会 理事 (2021-)