走査型SQUID顕微鏡の開発と地質試料への応用(1)

産業技術総合研究所
地質調査総合センター
小田 啓邦

1.海底鉄マンガンクラストと地球磁場逆転

今から20年以上前に高知大学の臼井朗教授から海底鉄マンガンクラストの分析を持ちかけられたのが、超伝導量子干渉素子(SQUID)を用いた走査型SQUID顕微鏡(以下、SQUID顕微鏡)を開発することになったきっかけである。
海底鉄マンガンクラストは深海底の海山など露岩の表面に百万年に数mmという極めて遅い速度で成長することが知られている。鉄マンガンクラストは鉄とマンガンを主成分とするが、コバルトを多く含むものはコバルトリッチクラストと呼ばれ、白金・ニッケル・ニオブ・ネオジムなどの貴金属・レアメタル・レアアースを多く含むため海底鉱物資源として注目されている。また、鉄マンガンクラストは数千万年の長期にわたって深海底の環境変動を記録しているため、過去の海洋環境を復元する上でも貴重である。環境復元には年代軸が重要であるが、これまでベリリウムなど放射性同位体を用いた年代推定、あるいはストロンチウムやオスミウムなどの安定同位体の特徴的長期変動を用いた年代推定が主に用いられてきた。
当時は産総研研究者であった臼井教授から「鉄マンガンクラストに記録された地球磁場逆転を1mm以下で読み取れませんか?」と相談され、「磁気顕微鏡が使えればなんとかなるかもしれません」と答えた記憶がある。その頃、臼井教授は産総研の上嶋正人博士と鉄マンガンクラストを厚さ2.5mmの試料にして、SQUID素子を用いた超伝導岩石磁力計で分析し、鉄マンガンクラストが地球磁場逆転を記録していることの確認と年代推定に部分的に成功していた1)。地球磁場は極性逆転を繰り返していたことが知られ、逆転年代は標準地磁気逆転年代軸としてまとめられている。
例えば、約77万年前の最も新しい地球磁場逆転を地質時代「チバニアン」開始の基準とすることが2020年1月に国際認定された2)。地質試料に記録された地球磁場逆転を、標準地磁気逆転年代軸と対応づけて試料の年代を推定する手法を古地磁気層序という。現在の地球磁場と同じ極性を正帯磁、逆の極性を逆帯磁と呼ぶが、薄切り分析では厚さ2.5mmの試料に正帯磁と逆帯磁が混在する場合があり、鉄マンガンクラストの磁気記録と標準地磁気逆転年代軸の対応は不完全であった。このため、臼井教授から相談をうけることとなり、分析装置の探索が始まった。

2.ヴァンダービルト大学での分析と地磁気逆転縞模様

図1 北太平洋の鉄マンガンクラスト試料の電子顕微鏡像(上)と磁気画像(中)。左端がクラストの表面。磁気画像はヴァンダービルト大学のSQUID顕微鏡で最初に取得されたもの。赤(青)が上向き(下向き)を示す。下図は標準地磁気逆転年代軸。黒(白)は正帯磁(逆帯磁)を示す。

カリフォルニア工科大学のKirschvink教授と面識のあった私は、火星起源隕石の分析3)に使われたヴァンダービルト大学のSQUID顕微鏡が使えないかと考えた。Kirschvink教授にコンタクトをとると、当時大学院生であったWeiss博士を紹介され、2002年に臼井教授と私はカリフォルニア工科大学を訪問した。宿泊したゲストハウスの隣の部屋の扉に”Einstein Suite”とあったのは印象的である。アインシュタイン博士は1931-1933にカリフォルニア工科大学の客員教授であった。Weiss博士からはカリフォルニア工科大学にSQUID顕微鏡が導入されるのを待つように言われたが、導入はなかなか進まなかったので、結局ヴァンダービルト大学の装置を使うこととなり、2005年に北西太平洋正徳海山の鉄マンガンクラスト薄片試料を持参して分析を行った。ヴァンダービルト大学からは、Baudenbacher教授、Fong博士、McBride博士が実験に参加し、さらにマサチューセッツ工科大学に職を得ていたWeiss博士が参加した。
このとき用いたSQUID顕微鏡のSQUID素子は検出コイルがジョセフソン素子と一体化したものであった4)。最初の分析結果を我々は期待と不安で見守ったが、鉄マンガンクラストの成長縞と平行な赤と青の縞々(図1)が見えたときには成功を称え合い、日本の臼井教授にも朗報を伝えた。最終的に標準地球磁場逆転年代軸と良く対応する磁気縞模様が約0.1mmの分解能で得られ、成長速度は5.0-5.3 mm/百万年と推定された5)。これは、ベリリウム同位体で推定された成長速度(6.0 mm/百万年)とも一致する。

次回に続く-

参考資料

1) Joshima and Usui (1998) Marine Geology, 146, 53-62.

2) https://www.aist.go.jp/aist_j/news/pr20200117_2.html

3) Weiss et al. (2000) Science, 290, 791-795.

4) Fong et al. (2005) Rev. Sci. Instrum., 76, 053703.

5) https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2011/pr20110228/pr20110228.html



【著者紹介】
小田 啓邦(おだ ひろくに)
産業技術総合研究所
地質情報研究部門
上級主任研究員

■略歴
1995年 京都大学理学部地質学鉱物学専攻 博士課程修了
工業技術院地質調査所 ポスドク、職員を経て
2001年より産業技術総合研究所 職員
2016年より現職


2001年4月〜2002年3月 文部科学省研究開発局海洋地球課併任
2002年3月〜2004年3月 ユトレヒト大学地球科学部在外研究