持続可能な社会インフラを支える分布型光ファイバ歪みセンサ(1)

沖電気工業株式会社
小泉 健吾
(村井 仁、山口 徳郎)

1.はじめに

分布型光ファイバ歪みセンサは、1990年代から研究されてきた技術であるが広く普及はされなかった。その主な理由としては、計測装置が高価格であることと、測定対象構造物への光ファイバ取付が厄介であること、さらには、測定データから構造物の健全度を診断する解析技術が未成熟であったことなどが挙げられる。しかしながら、近年の持続可能な「長く使える社会インフラ」への要求の高まりと、AI技術の急速な進歩により、IoT×光ファイバセンサとしてその価値が再び注目されている。歪みセンサに限らず分布型光ファイバセンサは、敷設した光ファイバの全長に渡って様々なデータを大量に取得できるため、AI技術との親和性も高く、これまでにない高い付加価値を生み出す可能性を秘めている。歪みセンサとして着目すると、その活躍の場は橋梁、トンネルなど大型建造物のヘルスモニタリングであり、従前の定期点検の高度化はもとより、常時監視、故障予兆保全といったより高度な管理体制への展開も期待される。これらの実現に向けては、構造物のその時々の状態を的確に捉えるリアルタイム性も欠かせない技術要素になるであろう。一般に、分布型光ファイバ歪みセンサはその原理上、測定精度とリアルタイム性(測定時間)は二律背反の関係にあり、その両立は難しい。また、一口に光ファイバ歪みセンサといっても、様々な特長を持った方式があり、どの様な物理量を重視して測定するかモニタリングのポリシーによって最適なものを選択することが重要であろう。
本稿では、分布型光ファイバ歪みセンサの概要、種類について解説した後、筆者が取り組んでいるリアルタイム分布型光ファイバセンシング技術について紹介する。

2.分布型光ファイバ歪みセンサとは

光ファイバ中で発生した変化の分布を連続して測定する代表的な方式として、光が光ファイバ中を伝搬する過程で発生する後方散乱光(入力光と逆方向に散乱された光)を使用するものが挙げられる。その模式図を図1に示す。

図1 光ファイバ中で発生する散乱光

光ファイバのある区間で外部から歪み、温度、振動などの物理的な変化が与えられると、後方散乱光の強度、位相、周波数、偏波が反応する。つまり、この光の変化量を上手く検出、解析することにより、光ファイバに加わる物理的な変化を把握することができる。また、後方散乱光にはいくつかの種類があり、計測対象の物理量により、どの散乱光を検出するかが変わってくる。光ファイバ中の主な散乱現象は図2に示すレイリー散乱、ブリルアン散乱、ラマン散乱の3種類に分けられ、各散乱光は光ファイバ中の温度、歪み、圧力などに対する応答の挙動が異なる。そのため、計測目的に合わせて適切な散乱光を測定することで、様々な用途に適用することが可能である。例えば、分布型光ファイバ歪みセンサでは自然ブリルアン後方散乱光(以下,単にブリルアン散乱光と呼ぶ)が利用できる。ブリルアン散乱は、光が伝搬する媒質中に存在する音響波(媒質の密度,屈折率の揺らぎ)との相互作用によって生じる散乱現象である。光ファイバの場合、ブリルアン散乱は、音響フォノンと光の相互作用であり、入力光の搬送波周波数から約11 GHz(音響フォノンのエネルギー相当)離れた周波数を有する散乱光を生成する。光ファイバの歪み、温度変化は,光ファイバの伸び縮みとして捉えることができ、伸び縮みに応じて屈折率が変わると音響波(音響フォノン)の周波数(エネルギー)も変わるので、ブリルアン散乱光に周波数シフトが生じる。一般に、光ファイバの歪み、温度変化に対するブリルアン周波数シフト(BFS: Brillouin Frequency Shift)の応答係数は、それぞれ0.058 MHz/ 、1.18 MHz/℃であることが知られており1,2)、BFSを計測することにより、光ファイバに与えられた歪みや温度変化を知ることができる。

図2 散乱光の種類

さて、OTDR(Optical Time Domain Reflectometry)は、分布測定の中で最も代表的な方式である。光ファイバに光パルスを入射し、その入射時間と後方散乱光が受光器で検出されるまでの遅延時間から光ファイバの位置を算出する。一般にOTDR装置と言えば、レイリー散乱光の強度分布を測定するものであり、インサービスでの損失測定や破断検知手段として光ファイバ通信網の保守に広く利用されている。
一方、ブリルアン散乱光を利用した分布測定は、OTDR方式を利用して1993年に日本から初めて発表された3)。ブリルアン散乱光とOTDRを組み合わせた方式はBOTDR (Brillouin OTDR)と呼ばれ、ブリルアン散乱光の利得スペクトル(BGS: Brillouin Gain Spectrum)を解析してBFSを算出する。BOTDRの基本構成を図3(a)に示す。BOTDRは送信部、光ファイバ計測部、受光部で構成される。送信部は連続(CW: Continuous Wave)光を出力する半導体レーザ(LD: Laser Diode)と、LN強度変調(IM: Intensity Modulator)などで構成し、光パルスを生成する。光ファイバ計測部ではサーキュレータを介して光パルスを被測定光ファイバ(FUT: Fiber Under Test)へ入射し、ブリルアン散乱光成分を取得する。ブリルアン散乱光自身の周波数は約194.4 THzであるので、LDから分岐されたLO (Local Oscillator)光とヘテロダイン検波することにより、電気信号で観測可能な約11 GHzの中間周波数に変換する。電気信号に変換されたブリルアン散乱光は電気スペクトルアナライザ(ESA: Electrical Spectrum Analyzer)を使用してBGSが測定される。ここで、受信時間が光ファイバ中の距離に対応するため、およそ数 ns毎に連続したBGSを取得することになる。図3(b)にBOTDRで測定されるBGSの取得データのイメージを示す。光ファイバ中に歪み、または温度変化が与えられた場合、その位置に対応する時間のBGSはシフトして観測されるため、BGSのピーク周波数をトレースすることにより、BFSを求めることができる。

図3 BOTDRの基本構成と測定イメージ

3.分布型光ファイバセンサの種類について

前節では代表的な分布型光ファイバ歪みセンサとしてBOTDRを紹介したが、当然それ以外にも様々な測定方式が提案されている。分布型光ファイバ歪みセンサの測定方式の分類を表1に示す。測定方式には、時間領域(Time Domain)の他にも周波数領域(Frequency Domain)、相関領域(Correlation Domain)があり、また、光を片端から入射する方法(Reflectometry)と両端から入射する方法(Analysis)の2種類があり、測定方式と入射方法を組み合わせて合計6種類に分類される。これらの技術は、測定レンジ、測定精度、空間分解能、測定速度の各性能指標に対してそれぞれ一長一短があるため、測定対象に合わせて適切な方式を選択する必要がある。
例えば、BOTDR(A)は数十kmと長い距離を測定可能であるに対して、空間分解能は1m程度である。一方、BOFDR(A)、BOCDR(A)はBOTDR(A)と比較して測定レンジは短くなるが、数mmの空間分解能で測定が可能である。

表1 分布型光ファイバ歪みセンサの測定方式の分類
T: time F: frequency C: correlation
R: reflectometry BOTDR BOFDR BOCDR
A: analysis BOTDA BOFDA BOCDA

次回に続く-

参考文献

1) T. Horiguchi et al., “Tensile strain dependence of Brillouin frequency shift in optical silica fibers,” IEEE Photon. Technol. Lett., Vol. 1, no. 5, p. 107 (1989).

2) T. Kurashima et al., “Thermal effects on the Brillouin frequency shift in jacketed optical silica fibers,” Appl. Opt., Vol. 29, no. 15, p. 2219 (1990).

3) T. Kurashima et al., “Brillouin optical-fiber time domain reflectometry,” IEICE Trans. Commun., vol. E76-B, no. 4, pp. 382-390 (1993).



【著者紹介】
小泉 健吾(こいずみ けんご)
沖電気工業株式会社 イノベーション推進センター センシング技術研究開発部

■略歴
2013年 東北大学大学院工学研究通信工学専攻 博士課程修了
2014年 沖電気工業㈱ 入社