1.はじめに
近年、高血圧や糖尿病・肥満等の生活習慣病が増加している。これらの生活習慣病は動脈硬化を引き起こし、心筋梗塞や脳梗塞等の心血管疾患の原因となる。心血管疾患はすべての年齢層において死因の上位に含まれており、また、要介護の主原因ともなっている。従って、生活習慣の改善や心血管疾患の早期発見は健康寿命の延伸に不可欠であり、少子高齢化社会の重要な社会課題である医療費の抑制にも貢献する。そのための手段として、ウェアラブルセンサをはじめとしたさまざまな生体計測デバイスを用いた常時モニタリングが注目されている。
日常生活下において生体信号の常時モニタリングを実現するためにはユーザビリティの向上が大きな課題である。長期間装着するデバイスは小型かつ軽量でなければならないが、バッテリ容量が限られるため消費電力の削減が求められる。また、日常生活下では体動をはじめとした様々なノイズへの対策も必要となる。皮膚に電極を接触させる必要のあるセンサでは、皮膚のかぶれや不快感が問題となる。これらの課題はトレードオフの関係にあり、デバイスとアルゴリズムの協調設計により解決する必要がある。
本稿では心拍の計測に着目し、ユーザビリティの課題を解決する非接触心拍計測技術について紹介する。
2.心拍の計測
心拍の変動を解析することで、自律神経系の働きの評価やストレスモニタリング、心疾患のスクリーニングにつながる指標を得ることができる。これまでにさまざまな心拍計測手法が提案されている。
2.1 心電図
心臓は心筋細胞の電気的活動によって収縮と拡張を繰り返し、血液を体中に送り出している。心筋の電気的活動は右心房にある洞結節から始まり、房室結節を経て心室へと伝わる。心筋は脱分極と再分極を繰り返す。図1に示す心電図(ECG: Electrocardiograph)はこの心筋細胞の電気的な活動を記録したものである。
心筋の電気的興奮によって、体表面に電位分布が現れることが知られている1)(図2)。この電位の時間変化を体表面に貼り付けた電極で計測したものが心電図(図1)である。体表面に電極を接触させる必要があり、最も高精度な心拍情報が得られるが、電極を皮膚に直接触れさせる必要があるため長期間の計測では使用者への負担が大きい。ジェル電極を用いるのが一般的であるが、乾燥電極も開発されている。
2.2 容量結合型心電図
皮膚に電極を直接接触させる必要があるという心電図の欠点を解消する手法として、容量結合型心電図が提案されている2)。これは電極と皮膚表面との間に衣服等の絶縁体が挟まった状態を前提とした心電図計測手法である。図3はその等価回路を示している。この構成を実現するためには1GΩ以上の入力インピーダンスが必要であり、ハムノイズ等の影響を強く受ける。また、CE が変動すると大きなノイズが計測信号に現れるため体動ノイズ耐性の低さもこの手法の課題である。
2.3 光電式容積脈波
心臓の収縮により血液が動脈に拍出される際に、血管内に生じる圧力の変化が末梢方向へ伝わる波動を脈波と呼ぶ3)。時間軸における脈波の概形を図4に示す。血管内の圧力変化を計測したものを圧脈波、血管の容積変化を計測したものを容積脈波と呼ぶ。また、脈波を1階微分した波形は速度脈波、2階微分した波形は加速度脈波と呼ぶ。
侵襲度の低い脈波の計測方法として、光電式容積脈波法(PPG: Photo Plethysmography)が広く用いられている。PPGは、発光素子であるLEDと受光素子であるフォトダイオード(PD)を用いて脈波を計測する手法である(図5)。LEDにより光を体表面から血管を流れる血液に向けて照射し、体組織に吸収されずに残った光をPDによって受け取り、PDの出力電流を電圧に変換・増幅する4)。血液中のヘモグロビンは光の波長によって吸収率が異なるが5)、ウェアラブルセンサでは緑色光がよく用いられる。PPGではLEDを点灯させながら脈波計測を行うため、消費電力が大きいという課題がある。
2.4 動画像
非接触でPPGと同様に脈波を計測する手法として、動画像を用いた方法が提案されている6)。カメラの撮像素子は被写体で反射した光の強度をRGBの輝度値として記録する。この情報から、前述した血液中のヘモグロビンが高い吸光係数を示す緑色の輝度値の変化を抽出することで、相対的な血流量の変化を計測することができる。この手法は、非接触で計測できるという利点があるが、体動ノイズと環境光の変化に弱いという課題がある。カメラを用いることと、動画像に対する信号処理の演算量が多くなるため、消費電力が大きい点も課題である。
2.5 圧脈波と体表面の振動
心臓の拍動に合わせて、体表面には脈波と相関のある振動が現れる。これを圧力センサや電波を用いて計測することでも同様の情報が得られる。例えば、圧電素子を手首の撓骨動脈近傍等の動脈に近い皮膚表面に貼り付けることで、脈動による血管壁の振動が体組織を通して皮膚表面に現れた圧脈波を計測できる(図6)。圧電素子を用いる方法は低消費電力に実現することができるが、動脈が皮膚に近い位置にある部位に装着位置が限定されるという課題がある。また、皮膚との接触状態の変化や、体動によるノイズに弱い点が実用上の問題となる。胸部に加速度センサを装着し、心臓の拍動による振動を計測する手法(BCG: Ballistocardiograph7))もあるが、圧電素子と同様の課題がある。
電波を用いることで、体表面の振動を非接触に計測することができる。人体とアンテナの結合の変化やドップラー効果を用いて、心臓の拍動により体表面に生じる微小な変位を読み取り、心拍を抽出する。特に、マイクロ波ドップラーセンサのように高い周波数を用いることで、心拍成分を高精度に計測できる(図7)。この手法も、動画像を用いる方法と同様に非接触で計測できるという利点があるが、体動ノイズと周辺動体によるノイズへの対策が課題である。消費電力はカメラほど大きくはないが、数十mAの電流を消費する。
2.6 心拍計測手法のまとめ
心拍計測手法を比較すると、動画像とマイクロ波ドップラーセンサを用いる手法は完全に非接触、非拘束での計測が可能である。近年はユーザビリティの観点からこれらの非接触手法が着目されている。ただし、特に体動ノイズに対する耐性が低いという課題がある。また、消費電力も大きい。動画像と比較すると、プライバシー面や消費電力面でマイクロ波ドップラーセンサを用いた方法に利点がある。
次回に続く-
参考文献
1) Sum-Che Man, Arie C. Maan, Martin J. Schalij, Cees A, Swenne, “Vectorcardiographic diagnostic & prognostic information derived from the 12‐lead electrocardiogram: Historical review and clinical perspective,” Journal of Electrocardiology, vol. 48, pp. 463-475, 2016
2) T. Matsuda , M. Makikawa, “ECG monitoring of a car driver using capacitively-coupled electrodes,” Proc. of IEEE EMBC, pp. 1315-1318, 2008.
3) 嶋津秀昭ほか、”臨床検査学講座 医用工学概論、”医歯薬出版株式会社、pp.203-204, 2015.
4) K. Watanabe, S. Izumi, K. Sasai, Y. Yano, H. Kawaguchi, M. Yoshimoto, “Low-Noise Photoplethysmography Sensor Using Correlated Double Sampling for Heartbeat Interval Acquisition,” IEEE Transactions on Biomedical Circuits and Systems, vol. 13, no. 6, pp. 1552-1562, Dec. 2019.
5) Scott Prahl, Optical Absorption of Hemoglobin、https://omlc.org/spectra/hemoglobin/ (Accessed 2020/07/13)
6) D. Shao, Y. Yang, C. Liu, F. Tsow, H. Yu and N. Tao, “Noncontact Monitoring Breathing Pattern, Exhalation Flow Rate and Pulse Transit Time,” IEEE Transactions on Biomedical Engineering, vol. 61, no. 11, pp. 2760-2767, Nov. 2014,
7) K. Tavakolian, F.M.Zadeh, Y. Chuo, A. Vaseghi, and B. Kaminska, “Development of a novel contactless mechanocardiograph device,” Int J Telemed Appl. 2008:436870.
【著者紹介】
和泉 慎太郎(いずみ しんたろう)
神戸大学 大学院システム情報学研究科 准教授
■略歴
2011年 神戸大学大学院工学研究科博士後期課程修了 博士(工学)
2009年 日本学術振興会 特別研究員
2011年 神戸大学先端融合研究環 助教
2018年 大阪大学産業科学研究所 特任准教授(常勤)
2019年 神戸大学大学院システム情報学研究科 准教授