1 はじめに
海洋を満たしている膨大な量の海水にはあらゆる物質が溶け込んでおり、大小スケールの複雑な海水の流れによって地球上を循環している。海中に形成される生態系は、もっぱら植物プランクトンや光合成細菌、化学合成細菌などの微生物による有機物の生産に支えられ、魚介類をはじめとする水産資源などを生み出している。その有機物の生産に不可欠な窒素やケイ素、リンなどを含む栄養塩や微量元素、酸素や二酸化炭素などのガス成分、そして生産された有機物や微生物そのものも、海水に溶存または懸濁されて移送、拡散されていく。また、温室効果ガスの代表である二酸化炭素の一部は大気から海洋に取り込まれ、海中に拡散、蓄積されることで、大気中の二酸化炭素濃度の上昇が緩和されている。そして、新たな鉱物資源として開発の努力が進められている海底熱水鉱床なども、その起源は海底下から供給された熱水に溶存する金属元素である。
すなわち、海中で起こっているダイナミックな生物地球化学的なイベントを理解するためには、海水に含まれている各種成分の計測・分析が不可欠であるといえる。本稿では、海水の溶存成分の計測に用いられているセンシング技術の現状と、我々の新たな試みについて紹介する。
2 海中での計測
海中では水深約10m毎に0.1MPaの水圧がかかるため、深海も含めた海中において計測を行うには、耐圧性を有した堅牢なセンサを用いる必要がある。海水の物理化学パラメタの中でも海水の動態に影響を与える海水密度を規定するConductivity(電気伝導度)、Temperature(水温)、そしてDepth(深度(水圧計測による))を同時に計測するCTDプロファイラが開発され、海洋計測の基本ツールとして用いられている(図1)。
今日では市販のCTDプロファイラに植物プランクトン量の指標となるクロロフィル濃度を計測する現場蛍光センサや、光合成有効放射センサ、クラーク電極式または蛍光式の溶存酸素センサ、近赤外光散乱を計測する濁度センサなど多様な環境センサを組み合わせてセンサスイートを構成し、さらに多連の採水器と組み合わせて使用することで、浅海から深海にいたるまでの海水の基本特性の鉛直プロファイルと、船上やラボでの詳細分析のための海水サンプルを同時に得ることが一般的である。例えば昨今、地球温暖化で注目を集めている気候変動観測の分野では、水温、塩分、水圧の同時計測によって得られる海水密度の高精度な測定が求められている。
気候変動観測では大気と海水の比熱の関係から海水温の高精度な測定も求められており、こうした観測ではそれを支える技術開発1)と同時に、世界が足並みをそろえて高精度な観測が行えるように、各パラメタの観測精度や検定手法について国際連合の専門機関である世界気象機関(WMO)などが主導する研究推進計画(WCRPなど)や、総合的な観測システム(GCOS、GOOSなど)で詳細が定められている2)。
一方、2011年の国際度量衡総会において気候変動に関するすべての測定は国際単位系(SI:International System of Units)にトレーサブルとなるように推進することが決議され、各国関係機関に勧告された。海洋研究開発機構ではこれを受け、海水温のトレーサビリティの確立に着手し、運用を開始している。このように、地球環境の変動を正確に把握する上でも海洋計測技術の発展と国際的な協調が不可欠である。
次回に続く-
参考文献
1) 高橋幸男, 渡健介, 石原靖久, “高精度 CTD センサーの開発” JAMSTEC Report of Research and Development, 26, pp. 36-53, 2018
2) 神谷ひとみ, “海洋気象観測船による国際協力について” 測候時報, 80, pp. S125-138, 2013
関連サイト
先端深海計測技術研究会(http://www.rc91domat.iis.u-tokyo.ac.jp/)
【著者紹介】
福場 辰洋(ふくば たつひろ)
国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC) 副主任研究員 博士(工学)
東京大学生産技術研究所 特任准教授
■略歴
平成13年 3月 広島大学大学院博士課程(前期)修了 修士(農学)
平成15年 4月 日本学術振興会 特別研究員
平成16年 3月 東京大学大学院博士課程修了 博士(工学)
平成17年 4月 東京大学生産技術研究所 特任助手
平成19年 4月 同特任助教
平成20年 8月 同特任准教授
平成24年 4月 独立行政法人(現国立研究開発法人)海洋研究開発機構 技術研究員
平成30年11月 東京大学生産技術研究所 特任准教授(兼務)
■受賞歴
平成22年10 月 テクノオーシャンネットワーク(TON) 海のフロンティアを拓く岡村健二賞