1.はじめに
長崎県は、太古の昔から海とともに歩んできた。海は、国と国を隔てるものであり、対馬では「防人(さきもり)」が海からの外敵の侵入を見張っていた。また、一方で、海は、大陸から人や文化や技術を運ぶ交通路であり、大航海時代、海からみて魅力的な場所であったこと(天然の良港を有していたこと)が、本来(陸からの視点では)、街ができるはずもない辺境の地・長崎を、海外との貿易や交流の拠点として発展させた。明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録されている「軍艦島(端島)」に象徴される良質な石炭の産出も「海底炭鉱」の開発であり、トーマスグラバーの息子・倉場富三郎が日本に最初に紹介したトロール漁法等、新たな漁業技術と豊かな水産資源があいまって水産業が長崎の産業を支えていた。さらに貿易を支える海上物流では、三菱重工長崎造船所を筆頭とした造船産業集積など、長崎は海にまつわる産業とともに、その営みを紡いできた。
時を経て、石炭から石油の時代に移る中での炭鉱の閉山、イワシ資源をはじめとする水産資源の変動や魚価の低迷による水産業の低迷、中国・韓国の台頭による造船業の苦境など、社会の変化にともなって、海に関わる長崎の姿も時代とともに移り変わってきた。
2.海洋県長崎
日本は、世界第6位の広さの排他的経済水域を持つ海洋国家で、長崎は、海洋国家日本の最前線に位置している。県土の面積は、北海道の20分の1しかない小さい県であるが、海岸線の延長は4,184kmと北海道の4,457kmにほぼ匹敵し、北海道の北方4島の海岸線延長が1,348km、第3位の鹿児島は2千km台であり、生活の中で、住民が海に接する長さが断トツに長いのは、長崎県ということになる。
島の数は、面積1k㎡以上で数えると594島、海岸線100m以上だと971島と、いずれも全国1位で、港湾と漁港の数の合計は390港に上り全国第1位の数を有している。
3.「ながさき海洋・環境産業拠点特区」、「実証フィールド」と「長崎大学海洋未来イノベーション機構」
このような海洋県である長崎の特徴を活かし、時代の変化に対応した産業の維持発展・新たな創出を目指して、長崎は、様々な取組を続けている。平成24年、県は、長崎市・佐世保市・西海市とともに、内閣府の地域活性化総合特区に、①海洋における地球温暖化対策、②海洋環境の保全対策、③海洋エネルギーの実用化等を柱とする「ながさき海洋・環境産業拠点特区」を提案し、平成25年2月、内閣総理大臣決定として、長崎県の海域すべてを区域とする「ながさき海洋・環境産業拠点特区」の指定を受けた。筆者の知る限り、「海洋」をテーマとした特区は、長崎のこの特区が唯一のものである。
平成25年4月、第2期海洋基本計画(H25~H29)が閣議決定され、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策として、「海洋再生可能エネルギーの利用促進」が掲げられ、その中で、実海域において海洋再生可能エネルギー技術を開発するための「実証フィールド」の整備に取り組むことが示された。
長崎県は、関係市町の協力の下、県内3海域の指定を国に提案し、平成26年7月15日、全国初の国指定の「海洋再生可能エネルギー実証フィールド」(図-1)として、五島市椛島沖、同市久賀島周辺海域、西海市江島・平島周辺海域が指定を受けた。
これまでに、五島市椛島沖の実証フィールドでは、我が国初の浮体式洋上風力の実証が成功し、現在、五島市崎山沖で我が国初の浮体式洋上風力の商用化が進んでいる。また、潮流発電についても、五島市久賀島周辺海域において、我が国初となる大型潮流発電の実証事業が九州電力グループにより進められているほか、長崎大学による小型の浮沈式潮流発電システムの開発も進められている。そのほか発電機本体以外の周辺技術の実証も実証フィールドを活用し開発されている。
県においては、実証フィールドの誘致と並行して、平成25年度から、産業創出のための構想づくりに着手した。平成26年度に、県産業労働部に「海洋産業創造室」を新設し、平成27年3月に「海洋エネルギー産業の拠点形成構想」を取りまとめた。
長崎大学においては、この県の「海洋エネルギー産業の拠点形成構想」づくりに参画するとともに、第3期中期計画において、大学の地域貢献機能の強化を打ち出し、平成28年3月には長崎県、長崎大学、長崎総合科学大学、NPO法人長崎海洋産業クラスター形成推進協議会との4者による「海洋エネルギー関連分野における連携協力に関する協定」に調印するとともに、その翌月平成28年4月の第3期中期計画のスタートとともに、学長直属の研究組織「海洋未来イノベーション機構」を創設した。
海洋未来イノベーション機構は、図-2に示す領域の研究を行う組織で、令和2年4月10日現在、専任8名、併任28名の研究者及びスタッフを擁し、同機構・環東シナ海環境資源研究センターでは、東シナ海を取り巻く中国、台湾、韓国の大学・研究機関とコンソーシアムを形成し、洋上風力の商用化が進む台湾とは、洋上風力と共生する水産振興などでも情報交換を行っている。
次回に続く-
【著者紹介】
森田 孝明(もりた たかあき)
長崎大学海洋未来イノベーション機構 機構長特別補佐
兼 長崎県産業労働部 参事監(2020年3月まで)
長崎県産業労働部 参事監(大学連携推進担当)(2020年4月~)
■略歴
1985年3月長崎大学経済学部卒業後、三井銀行で融資業務に従事ののち、出身地である長崎にUターンし長崎県庁に入庁。
2013年、産業労働部産業政策課企画監(課長級)の折、「長崎県海洋エネルギー産業拠点形成構想」策定に従事。
2014年から海洋産業創造室長として、内閣官房海洋政策本部からの実証フィールド選定獲得に奔走するとともに、長崎県、長崎大学、長崎総合科学大学及び長崎海洋産業クラスター形成推進協議会の4者による海洋エネルギー関連分野における連携協力に関する協定を締結。海洋・環境産業創造課長を経て、
2017年4月、産業労働部部付の課長となり、4者連携協定に基づき設立された長崎大学海洋未来イノベーション機構の機構長特別補佐を併任。日本財団の長崎海洋開発人材育成フィールドセンター事業の誘致を主導。
2019年4月からは、県産業労働部参事監(次長級)として同業務に従事。長崎県西海市と長崎大学海洋未来イノベーション機構との連携協定締結や共同研究をプロデュースした。長崎県における産学官による海洋エネルギー産業づくりに一貫して従事するとともに、九州地域戦略会議における海洋エネルギー産業化実務者会議の副座長、内閣府総合海洋政策推進事務局による「海洋状況表示システム(海知る)の活用推進のための検討会」委員のほか、 日本船舶海洋工学会海洋教育推進委員会委員及び海洋教育フォーラム長崎地区実行委員長として、若者への海洋の普及啓発にも取り組んでいる。
2020年4月からは、県産業労働部に新設された参事監(大学連携推進担当)として、引き続き、産学官連携による産業づくりに従事している。