次世代型養殖の開発と新たな海洋産業の創出に向けた取り組み(1)

長崎大学
海洋未来イノベーション機構
  征矢野 清

1.水産業の現状

水産業は海に囲まれた我が国の基幹産業の一つであるが、その置かれている状況は非常に厳しい。漁業に携わる方の高齢化と後継者不足、食料資源となる海洋生物の減少と捕獲制限、日本人の魚離れ、安価な海外産の水産物の輸入など複数の要因が、この厳しい状況を生み出している。しかし、古くから魚食を文化の一つとしている我が国において、水産業は不可欠なものであり、また、健康志向の高まりにより、水産業への期待は膨らんでいる。このような背景をふまえ、水産業の維持・回復には、「漁船漁業」を維持しながらも、「養殖」への転換と拡大が必要性であるとされており、国、地方自治体、水産関連企業がその取り組みを進めているが、水産業の回復に向け十分な成果が得られているとは言い難い。一方、海外に目を向けると、水産物の消費は増加しており、それに伴って魚介類や藻類の養殖は急速に伸びている(図1)。

図1 世界の漁業・養殖業生産量の推移

資料:FAO「Fishstat (Capture Production, Aquaculture Production)」(日本以外の国)及び
農林水産省「漁業・養殖業生産統計」(日本)に基づき水産庁で作成
出典:平成30年度水産白書資料(水産庁HPより jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h30_h/trend/1/t1_3_3_1.html)

また、養殖技術の開発も盛んに進められており、特に、少人数で効率よく魚を管理するシステムの開発と導入に力が注がれている。このような技術の進歩も手伝って、各国で生産された魚は、海外への輸出にも向けられており、国際商材として扱われている。たとえば、ノルウェーは養殖サーモンを中心に2017年度には輸出総額約14兆円(945億クローネ)を達成している。またこのうち養殖魚の割合が約70%を占める。しかし、我が国では輸入が圧倒的に輸出を上回り、海外で生産・加工された安い水産物の流通が目立っている。水産物の国内消費が減る中、これでは我が国の水産業の発展は見込めない。

2.求められる水産業のあり方

我が国の水産業の再生には、水産物の海外販売を促進させる以外にない。海外へ水産物を輸出する上で、特に注意を払わなければならない重要な点は、安全安心な水産物であること、そして環境を汚さずに生産したものであることである。また、完全に素性のわかる養殖魚であることも重要なポイントとなる。日本では天然魚介類を良しとする傾向が強いが、海外では生活の履歴が不明な天然生物は避けられる傾向にある。つまり、いつ、どこで、どのような暮らしをしてきたかわからない海洋生物は信用しないということである。したがって、生まれた時から取り上げるまで、すべての過程を人の管理下に置いた完全養殖魚介類の生産と、環境保全型の養殖システムの構築が、海外販売を展開する上では必要不可欠なのである。しかし、このような海外販売を念頭に置いた養殖システムの構築は、漁業者だけでは整備できるものではない。また、養殖業者が安心して魚介類の生産を行うには、確約できる販売量とそれに向けた流通システムや加工システムを整備すること、そのうえで生産に見合った規模の飼育施設等を整備すること、さらには、安価で購入出来る餌料の供給制度、低労働力で飼育・管理を行うことができるシステム、新たな保険制度などの整備が欠かせない。ここにあげた個々の課題に関して、これまでも対応がなされなかったわけではないが、これらを一つのサプライチェーンとして捉え、バリューシステムを作り上げることが、養殖を中心とした水産業において今求められているのである。

次回に続く-

【著者紹介】
征矢野 清(そやの きよし)
長崎大学海洋未来イノベーション機構
環東シナ海環境資源研究センター
教授・副機構長・センター長
次世代養殖戦略会議会長

■略歴
1993年 北海道大学大学院水産学研究科博士後期課程修了 博士(水産学)
1993年 長崎大学水産学部助手
2008年 長崎大学環東シナ海環境資源研究センター教授

■所属学会
日本水産学会、日本水産増殖学会、日本内分泌かく乱化学物質学会(環境ホルモン学会)、日本動物学会

■主な研究・活動
主な研究テーマは「魚類の卵子や精子はどのようなメカニズムでつくられるのか」、「卵子・精子形成に与える水温・日長・月周期の影響を解析」、「ハタ類やブリ類など有用魚種の種苗生産・養殖技術の開発」、「魚類の繁殖の及ぼす環境中に存在する化学物質や医薬品の影響解明」などである。また、2020年4月に「次世代養殖戦略会議」を立ち上げ、水産業の発展と海洋環境の保全に関わる活動を積極的に行っている。

■著書など
ハタ科魚類の水産研究最前線(恒星社厚生閣)/ 魚の形は飼育環境で変わる(恒星社厚生閣)/ 水産ハンドブック・内分泌(生物研究者)など