ダイオード方式非冷却赤外線イメージセンサ(1)

三菱電機(株)
先端技術総合研究所
藤澤 大介

1. はじめに

赤外線イメージセンサは、物体(熱源)から輻射される赤外線の分布を画像化するもので、可視のイメージセンサのように光源の物体からの反射光を見るのではなく、物体から放射される赤外線を直接に検知する。さらに、物体が放射するエネルギーはその物体の温度に依存することから、非接触で物体表面の温度を計測することが可能である。赤外線イメージセンサで用いられる波長帯は、大気の窓と呼ばれる、大気が赤外線をよく透過する波長帯から、1~3 µm帯SWIR(Short Wavelength InfraRed,短波長赤外)、3~5 µm帯MWIR(Mid Wavelength InfraRed,中波長赤外)、8~14 µm帯LWIR(Long Wavelength InfraRed,長波長赤外)に分けられ、各波長帯はそれぞれ特徴があり、用途・使用条件に応じて選択される。常温物体からは10 µm近傍の赤外線が最も多く放射されることから、これらの波長帯のうち8~14 µm帯を検知対象とした赤外線イメージセンサは、常温物体の検知に優れ、様々な用途で、広く用いられている。

また、赤外線イメージセンサは、検出原理の違いから冷却(量子型)赤外線イメージセンサと非冷却(熱型)赤外線イメージセンサに大別され、本稿の内容は後者に関するものである。非冷却(熱型)赤外線センサの構造を、図1に示す。赤外線を吸収する赤外線吸収部と温度センサ部から構成された検知部において、赤外線の入射により発生する微小な温度変化を検知する。この微小な温度変化による温度センサの特性変化を、シリコン基板上に形成された読み出し回路により読み出す。温度センサとしては、ボロメータ、ダイオード、強誘電体等、様々なものが用いられている。非冷却赤外線イメージセンサは、シリコン基板上に断熱構造を有する画素(温度センサ)を2次元アレイとして形成したものである。この非冷却赤外線イメージセンサは、冷凍機が不要であることから、赤外線カメラの小型・軽量化、低消費電力化、低コスト化を可能とする。

図1 非冷却赤外線センサ

非冷却赤外線イメージセンサは、Si – LSI技術とマイクロマシニング技術が融合した代表的なセンサであり、近年、マイクロマシニング技術の発展によって着実に性能が向上している。非冷却赤外線イメージセンサには幾つかの方式があるが、我々は、温度センサとして図2に示すSOI(Silicon On Insulator)層に形成した単結晶Siダイオードを用いるSOIダイオード方式を提案し、開発してきた 1-12)。この方式は、温度センサ部にSi単結晶でできたダイオードを使用しており、他方式に比べ、画面内感度均一性が優れた特徴などを有している。ここでは、民生向けなどビジネスの拡大フェーズにある非冷却赤外線イメージセンサの開発技術について紹介する。

図2 ダイオード方式非冷却赤外線イメージセンサ

2. SOIダイオード

非冷却赤外線イメージセンサ画素の断面図を図3に示す。本構造は、高断熱特性と高赤外線吸収を同時に実現する反射膜を有する構造となっている。SOIダイオードが形成された温度センサ部と断熱用支持脚の上方には、温度センサ部と熱的に接触している赤外線吸収膜が形成されている。赤外線吸収膜と断熱用支持脚との間に反射膜が設けられ、この反射膜は、温度センサ部とは熱的に直接接続せずに、周辺の配線部近傍で支えられる。赤外線の一部は赤外線吸収膜を透過するが、温度センサ部と赤外吸収膜の間に設けられた反射膜で反射させ、高い赤外線吸収率を実現している。温度検知部は基板内に形成された空洞の上に支持脚で保持された高断熱構造を有しており、入射赤外線量に応じてSOIダイオードの温度が変化する様になっている。図4に示すように、ダイオードには、外部から順バイアスにより一定電流を流しておき、入射赤外線量をダイオードの温度変化による順方向電圧の変化として読み出す。入射赤外線により温度センサであるSOIダイオードの温度が高くなると、定電流動作において順方向電圧Vfが低くなるSOIダイオードの特性を用いている。

図3 画素断面構造
図4 ダイオード特性

また、SOIダイオード方式非冷却赤外線イメージセンサの被写体温度感度はダイオードの順方向電圧Vfの温度変化係数dVf/dTに比例する。dVf/dTを表す式のmは、画素内に形成されたダイオード直列個数、Ifは順方向電流、kはボルツマン定数、Tは温度、qは素電荷、ISは逆方向飽和電流、nはダイオードの理想係数、EgはSiのバンドギャップである。温度変化係数はダイオードの直列個数Nに依存する為、駆動電圧の範囲でダイオードの直列個数を増すことがセンサの高感度化に寄与する。

次回に続く-

参考文献
1) T. Ishikawa, M. Ueno, K. Endo, Y. Nakaki, H. Hata, T. Sone, M. Kimata, and T. Ozeki : Proc. SPIE, Vol. 3689, pp.556-564, 1999.
2) Y. Kosasayama, T. Sugino, Y. Nakaki, Y. Fujii, H. Inoue, H. Yagi, H. Hata, M. Ueno, M. Takeda, and M. Kimata : Proc. SPIE, Vol. 5406, pp.504-511, 2004.
3) M. Ueno, Y. Kosasayama, T. Sugino, Y. Nakaki, Y. Fujii, H. Inoue, K. Kama, T. Seto, M. Takeda, and M. Kimata : Proc. SPIE, Vol. 5783, pp.567-577, 2005.
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9) D. Fujisawa, T. Maegawa, Y. Ohta, Y. Kosasayama, T. Ohnakado, H. Hata, H. Ohji, R. Sato, H. Katayama, T. Imai and M. Ueno : Proc. SPIE, Vol. 8353, 83531G, 2012.
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11) D. Fujisawa, Y. Kosasayama, T. Takikawa, H. Hata, T. Takenaga, T. Satake, K. Yamashita and D. Suzuki : Proc. SPIE, Vol. 10624, 1062421, 2018.
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【著者紹介】
藤澤 大介(ふじさわ だいすけ)
三菱電機株式会社 先端技術総合研究所 主席研究員

■略歴
2002年,豊橋技術科学大学大学院工学研究科電気電子工学専攻 修士課程修了.
2005年,同大学院工学研究科電子情報工学専攻 博士後期課程修了.
同年,三菱電機株式会社に入社.
同年より赤外線固体撮像素子の研究開発に従事し,現在に至る.
博士(工学).