バイオセンサの将来展望

石森 義雄(いしもり よしお)
(一社)次世代センサ協議会
事業委員会委員長(理事)
石森 義雄

バイオセンサとは、酵素などの生体関連物質を利用して様々な化学物質を選択的に測定するためのセンサと定義出来ます。DNAアプタマーなどの生体関連物質に類似した性能を持つ物質を識別素子として利用するセンサも、バイオセンサの範疇に含まれます。更に、レーザのような光学的手法を応用し、特別な識別素子を必要としない非侵襲型のグルコースセンサなども広い意味でのバイオセンサと呼んでも良いと思われます。特許庁がまとめたバイオセンサの技術俯瞰図を図1に示します。

図1 バイオセンサの技術俯瞰図
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/document/index/vaiosensa_youyaku.pdf
図1 バイオセンサの技術俯瞰図

 バイオセンサの開発には、センサ本体の開発以外にデータ解析用のIT技術やデバイス化・小型化のための半導体関連技術・微細加工技術、更には効率良く酵素などの認識素子を固定化するために必要な材料・化学技術など、様々な分野の技術・科学が必要となります。バイオセンサの応用分野では、健康・医療用センサのみならず、食品分野での製品管理用センサや環境分野のモニタリング用センサなど広範囲な分野が含まれますが、残念ながら、現在までにビジネスとして大きく花開いているものは、医療用の血糖センサ(グルコースセンサ)のみと言っても過言ではありません。なお、食品分野を中心にいくつかのバイオセンサが実用化され、実際の製造現場などで利用されております。バイオセンサの潜在的な市場は大きいのですが、価格や信頼性などに依然として課題が残されているため、なかなか普及して行かないのではないかと考えられています。
 現在までに研究されたバイオセンサの例を表1に示します。検出対象を見ていただければお分かりになるように、医療用が殆どです。

表1 現在までに研究されたバイオセンサの例
表1 現在までに研究されたバイオセンサの例

 ここでは、バイオセンサが現在抱えている問題点を列挙し、簡単にその将来像を展望してみたいと思います。

【バイオセンサの問題点】
 以下にバイオセンサの問題点を列挙します。
  ① センサ(識別素子)の寿命が短い。→安定性・信頼性が低い。
  ② 単一物質のセンサが殆ど。
  ③ ガスセンサなどと比較すると測定時間が長い。
 これらの問題点のうち、①のセンサ寿命が最も大きなものと言えるでしょう。すなわち、識別素子として用いている酵素などの生体関連物質の安定性が乏しいため、長期間の繰り返し使用ができないということであります。また、安定性の低下はセンサとしての信頼性の低下をもたらし、得られるデータのバラツキ増大へと繋がって行きます。
 生体が関係する試料では、単一成分である場合は殆どなく、類似の性質を持つ物質を複数・同時に測定できることが望ましいと考えられます。しかし現状のバイオセンサでは、まだまだ単一物質を測定するものが殆どです。複合的な成分のデータを集積化することで、新たな分析手法の確立へと繋がる可能性もあると考えられます。

【バイオセンサの将来展望】
 バイオセンサが実用化されない最大の理由は、上記のようにセンサ(あるいは識別素子)寿命が短いからであると思われます。これを克服するためには、使い捨て型のバイオセンサを開発する研究と、生体関連物質(識別素子)の安定性を向上させる研究の二つのアプローチが考えられます。まず、使い捨て型バイオセンサの代表としては、血糖用酵素センサ(グルコースセンサ)が挙げられます。スクリーン印刷技術や半導体製造技術等を利用することで、小型で安価なセンサが大量に生産できるようになり、個々のセンサのバラツキを数%以下に抑制できるようになりました。現在市販されているグルコースセンサは、殆どがこのタイプです。また、こうした技術を応用すると、センサのマルチ化・アレイ化も容易となり、かつ反応液量が減少することから、測定時間の短縮化も期待されます。従いまして、ガスセンサやイオンセンサと同様に、バイオセンサも微細化・マルチ化・アレイ化が今後の一つのトレンドであると考えられます。
 一方、酵素などの生体関連物質を安定化させる研究では、耐熱性菌由来の各種酵素(室温で非常に安定)の探索、蛋白質工学を応用した酵素などの蛋白質の安定化(耐熱化)、遺伝子操作による安定蛋白質の創生、バイオミメテッィク材料の適用などが検討されています。これらの多くはバイオテクノロジー分野全体での大きな課題でもありますが、最後のバイオミメテッィク材料については、特に生体内で使われるバイオセンサの安定性に関わる化学的なアプローチ法の一つになりますので、以下に若干説明させていただきます。
 バイオミメティック(以下、BMと略します)材料は、人工物と天然物(酵素・抗体・細胞など)との橋渡し役を果たす材料であり、生体に対する適合性が高いという特徴があります(体内に入れた時の拒絶反応が少ないという意味です)。
 例えば、BMを肝細胞の固定化に使う場合を想定すると(固定化細胞によるバイオセンサ)、以下のような特徴があります。

  • 人工的な細胞外マトリックス(AEM:Artificial Extracellular Matrix)は、「細胞のゆりかご」のようなもの
  • 肝細胞表面にある各種の糖結合物質が肝細胞の固定化に利用可能
  • 各種の糖分子をぶらさげたポリスチレンが、AEMには最適
    (細胞により最適な糖の種類は異なる)
  • ポリスチレンの基板と蛋白質は、疎水的に結合(寿命の延長が期待できます)
  • AEMの合成は、比較的容易。バリエーションも豊富
  • AEMの糖分子の密度を変化させると、細胞の形態や機能を変化させることも可能

 まとめますと、生体関連物質の安定化手法はいろいろと検討されていますが、なかなかまだものになっていないというのが実状であると言えましょう。
 以上のことから、市場の大きさを考慮しながら、いくつかの物質を同時に計れる使い捨て型のセンサが、当面のバイオセンサ開発の目標なのかもしれません。医療に近い分野として健康診断的な分野でのバイオセンサの適用も、今後更に重要になると考えています。近年のコロナ禍による抗原検査キットなどは、今後のバイオセンサの大きな柱になる可能性があるのではないでしょうか。更に進めて、試験紙的なバイオセンサが実用化されれば、低コストの特徴を生かして発展途上国などで大規模に普及する可能性もあるでしょう。なお、近年バイオセンサを環境計測に応用しようとする研究が盛んになって来ておりますので、今後のバイオセンサの新しい応用分野として注目して行く必要があるのではないかと思っています。



石森 義雄(いしもり よしお)

【著者紹介】
石森 義雄(いしもり よしお)
(一社)次世代センサ協議会・事業委員会委員長(理事)

■略歴
1982年 東京工業大学大学院 総合理工学研究科 博士課程修了(電子化学専攻)
1982年 (株)東芝にてバイオセンサ関連の研究開発に従事
2007年 (独)科学技術振興機構・研究開発戦略センターに出向
2010年 (財)光産業技術振興協会に出向
2018年 (一社)次世代センサ協議会・事業委員会委員長(理事) 現在に至る