今回センサイト談話室への投稿依頼がありましたので、永年のセンサ開発を通して著者が感じてきたことをもとに「センサと何か、センサはどのように発展してきたか、今後どうなるか」について、まとめてみることにしました。センサはよく動物の感覚器官に例えられます。多くの動物では眼や耳から得られる環境情報をもとに脳で判断した後手足を動かして行動します。それと同様な形で、電子システムでは各種センサからの情報をマイクロコンピュータで演算処理し、アクチュエータを駆動して所定の機能を実行します1)。人間の感覚器官としては視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感が挙げられますが、センサではそれらに加えて磁気、赤外線や紫外線等可視光以外の電磁波、超音波など幅広い対象を検出することができます。
生物の進化においては5億4300万年前のカンブリア紀の爆発が「眼の誕生」に起因していると言われています2)。すなわち眼の誕生で環境認識能力が飛躍的に向上し、生き延びるために攻撃能力、防御手段が発達して様々な種が誕生していったようです。センサも電子システムの性能・機能を左右するような場合が多くあり、自動車のエンジン制御やエアバッグシステムなどでは酸素センサや加速度センサなど核心となるセンサの開発がシステム実現に欠かせなかったように思われます。
このようにキーデバイスであるセンサですが、「センサ」という言葉の意味するところは場合によって大きく異なっているように思います。サーミスタやフォトダイオード単体のような検出素子だけを指す場合もあれば、検出素子(フォトダイオードアレイ)、画像処理等の信号処理LSI、光学系までも統合したカメラモジュールのようなかなり大規模のシステムを指す場合もあります。また検出対象やシステムにより動作原理・構成はかなり異なり、光学系が必要なもの、機械構造が必要なものなど付随する技術が多岐にわたるために一義的に述べるのは容易ではありません。センサがよく「千差万別」と言われる所以です。但し、センサもその時代の利用可能な技術を取り込んでいるので共通の特徴も多く存在します。
以下では著者が携わってきた自動車用センサを中心に、1970年代以降におけるセンサの進化のイメージを機械式センサ、電子式センサ、MEMSセンサ、機能集積型センサの4つの段階に分けて、述べてみたいと思います。
システムの電子化は1970年代から始まりましたが、初期の段階では電子技術もまだ未成熟であり、センサについては機械式のものが多く用いられていました。自動車での機械式センサとして、例えばエアバッグ用加速度センサがあります。シリンダー内にボールを納めただけの比較的簡単な構造になっていて、ボールは磁石で片側へ引き付けられています。これに衝突の加速度が加わると、ボールは磁石からの引力に打ち勝って反対側へ変位し、電気接点を閉じるような比較的簡単な構成となっています3)。但し、このような機械式加速度センサでは部品点数が多く、小型化・低価格化が困難でした。また衝突などの所定の加速度波形ではオンし、他の加速度波形ではオンしないようにする調整が極めて難しいなどの課題もありました。
1980年代になると半導体技術の進展とともにワンチップCPU(Central Processing Unit)も普及するようになり、システムの電子化もさらに進みました。自動車用制御システムにおいてはエンジン系からシャシ系、ボディー系へと電子化は急速に拡大していきました。これに対応するためにセンサも接点による機械式からアナログ出力の電子式へと、ポテンシオメータのような接触式から圧電式、静電容量式などの非接触式へと変貌していきました。これらの電子式センサでは微小なアナログ信号の増幅回路、温度補償回路、定電圧回路などが一体化され、信号処理用ICやその実装用回路基板においてセンサ出力の感度やオフセットを調整するトリミングが実施されました。トリミングには回路基板上の印刷抵抗を焼き切るレーザ・トリミングやツェナーザップ方式などがあり、これがセンサの小型化、実装工程簡略化における課題となっていたように思います。
さらに1990年くらいからはMEMSセンサも実用化され、特に加速度センサや振動ジャイロなど力学量センサの小型化、低価格化に大きく貢献しました。中でも自動車用のエアバッグ用加速度センサはMEMSセンサ黎明期における一般普及において、重要な役割を果たように思います。MEMSセンサの製造プロセスとしては半導体基板を加工して構造体を形成するようなバルクマイクロマシニング(Bulk Micromachining)と基板上の薄膜を加工して構造体を形成するような表面マイクロマシニング(Surface Micromachining)があります4)。当初は前者が主流でしたが、小型化や実装の容易性の観点から徐々に後者へと移行していきました。また加速度センサでは当初共振をダンピングするためにカンパッケージにオイル封入するような実装が用いられましたが、数μm程度の狭いギャップ構造を実現する技術が確立され、ガス・ダンピングが可能となり、小型化への大きな一歩となりました。MEMS加速度センサはその後携帯電話やゲーム機、万歩計など様々な用途に用いられるようになり、IoT(Internet of Things)システム実現の大きな原動力になったと思います。MEMS技術は力学量センサ以外にも熱式エアフローメータや熱型赤外線センサの熱分離構造にも応用され9)、小型・低価格エアフローメータや赤外線イメージセンサの商品化へと繋がりました。
その後半導体デバイスの微細化、集積規模の増加はますます進み、センサも様々な機能が内蔵されるようになりました。ここではそれらを機能集積型センサと呼ぶことにします。信号処理は従来の増幅やフィルタリングなどのアナログ処理に加えて、A/D変換器、論理回路も集積して記憶や判定などのデジタル処理を実行するものも増えています。アナログ回路では主にオペアンプによる信号処理が用いられ、微分や積分など実現できる変換はある程度限定されたものとなりますが、デジタル回路ではプログラミングにより多種多様な複雑な演算を実行することができます。先に述べたトリミングについてはEEPROM(Electrically Erasable Programmable Read-Only Memory)に感度やオフセットの補正データを書き込むことでそれらの調整の構成や手順を大幅に簡略化することができます。またセンサ出力をデジタル化することでノイズに強いセンシング・システムを構築することが可能となります。
今後はこれらの機能集積化がますます進み、イメージセンサでは画素数の増加による分解能の改善とAI(Artificial Intelligence)技術適用による認知能力の向上、視覚と距離など異種の情報を融合するセンサ・フュージョンによる認識の高信頼化などが期待されています。特に自動運転やロボットの分野では周りの環境を認識する技術が不可欠であり、センサについても様々な方式の組合せが検討されています。また将来に向けてはさらなる高感度化を目指して、量子センシングの技術も研究されていて、生物並みの小さなセンサも実現できるのではないかと期待しています。
参考文献
- 高橋清他「センサ工学概論」(朝倉書店)pp.1-5 (1988).
- アンドリュー・パーカー「眼の誕生」(草思社)pp.289-327 (2006).
- 室英夫他「自動運転・運転支援の実現に向けたセンサ開発」(シーエムシー出版)、第1章、pp.3-18 (2016).
- 室英夫他「マイクロセンサ工学」(技術評論社)、pp.32-44 (2009).
【著者紹介】
室 秀夫(むろ ひでお)
一般社団法人センサイト協議会 理事
■略歴
1976年 東京大学工学部電子工学科卒業
1978年 同大学院工学系研究科電子工学専攻 修士課程修了
1981年より日産自動車(株)中央研究所において自動車用半導体デバイス・MEMSセンサの研究開発に従事
1997年 東京大学より博士(工学)の学位取得
2006年 千葉工業大学工学部教授 SOI-MEMS技術を用いた共振形センサ、熱式マイクロセンサ、磁歪膜積層型磁気センサなどの研究に従事
2019年 同定年退職
現在、千葉工業大学非常勤講師、芝浦工業大学非常勤講師、一般社団法人次世代センサ協議会理事、一般社団法人センサイト協議会理事