「サステイナブルMEMS」

東京都市大学特任教授、
東京大学名誉教授
藤田 博之

はじめに

 昨今、ちまたではSDGs(Sustainable Development Goals)が大きく取り上げられています。もっともなことが列挙されているわけですが、私は、そもそも有限な地球の上でこれ以上の発展はあり得ないのではないか、むしろ残された資源を発展途上の国々とどのように分かち合っていけばよいかを考える時ではないかと、悲観的に感じているので、SDGsとはちょっと距離を置きたいと思っています。
 しかし、持続可能な道をみつけなければ、我々は滅びの道を歩むことになります。そこでdevelopmentは置いておいて、sustainableな将来におけるMEMS技術を考えてみたいと思います。

持続可能な世界のためのMEMS応用

 まず考えられることは、MEMS、特にセンサを持続可能な将来に役立てることです。センサイトを読まれる方々はよくご存じのことですが「計測なくして、制御なし」と申します。地球の現状を測り、状態を把握して初めて、それが持続可能になるように制御することができます。地球全体規模であると、衛星を使ったセンシングなどが有利でしょうが、より人間活動に近い領域に沢山のセンサを広く設置して、細かい定量データを得るためにはMEMS技術に基づいた、IoT無線センサネットワークが必須の役割を果たします。これも今はやりのDX(ディジタル トランスフォーメーション)において、現実世界のモデルとしてディジタルツインを作り、データ駆動の解析をするための実データの取得に活躍します。
 IoTセンサシステムが測る対象はいろいろと考えられます。まず、環境の測定です。環境のモデルが(短期的にしろ)よい予測を与えるためには、常に現実とのデータ同化を行ってずれを修正しなければいけません。ここでは、環境変動のような長期的なトレンドを知るよりは、自然災害の予測と被害の低減のような短期的で局所的な計測がMEMSセンサに向いていると思います。
 次に、人間の活動を測定の対象とすることが考えられます。電力網のエネルギー流の計測と制御は、太陽電池など変動が大きな再生可能電源を有効に活用するために力を発揮しています。交通流と物流の制御も重要です。例えば、小型省エネルギーの自動運転車のシェアライドや無人タクシーが普及すれば、自動車の生産、運用と廃棄に要する資源とエネルギーを大きく削減できるはずです。さらに、インフラ構造物の劣化検出と健全性監視を行うIoTセンシングシステムにより、安全を確保したうえで、保守の最適化と構造物の寿命延長が可能になると思われます。
 最後に、農業や食糧生産は自然と人間のはざまにある領域ですが、農地の微視気象、病虫害、家畜の健康状態などなどのデータが、時間的・空間的に望まれる分解能で取得できていない状況にあります。農薬や肥料の節約、即応的な病虫害対策による増産、感染症の拡大防止など持続可能な食糧供給に役立つでしょう。

持続可能なMEMSハードウェア

 次に考えることは、ハードウェアとしてのMEMSです。上に記した様々な応用分野では、例えば自動車や携帯情報機器のような製品への組み込みや、工場など管理された環境への設置などの従来の利用形態に対して、屋外など大きく異なった場所での利用を想定する必要があります。その時、MEMS自体がそのような環境に耐えられるかだけでなく、環境に対してMEMSがどのように作用するかも考えることになります。逆説的に言えば、環境を守るためのMEMSセンサを設置すること自体が、環境へ悪影響を与えるかもしれません。そこで持続可能なIoTセンシングハードウェアにおいては、

・多数のセンシングノードの設置と保守を簡単に行うための、極低電力無線通信や自立電源供給
・複数のセンサの統合とAIなど学習機能による設置環境での測定パラメータ最適化や情報圧縮
・屋外環境など悪環境への耐性強化と、廃棄しても環境に負荷を与えない環境調和性

などが要求されるでしょう。このため、検出したい事象が起きた時だけ装置が起動するイベントドリブンのセンシング、通信に使う多くの電力の削減をめざした通信方式(例:低電力マルチホップ通信)やエッジ処理による通信データ量の圧縮など、センサノードの消費電力削減にむけた研究のほか、太陽電池だけでなく熱電発電デバイスやMEMS振動発電機など環境発電デバイスの開発を推進することが重要です。
 さらに、持続可能なハードウェアについては、ライフサイクルを通じた設計を行わねばなりません。すなわち、デバイスの作製に当たっては環境にやさしい生産プロセスを利用すること、運用時には環境発電に基づき自前で電力を供給すること、廃棄時にセンサを放置しても環境に害を与えない材料やパッケージングを選定することなど、これまでのセンシング性能のみを指標とする設計論を考え直す必要があります。さらに、稼働すべき時間が応用によって異なります。農業や短期的な災害状況の把握には、月単位の寿命でよいでしょう。逆に、インフラ構造物は十年以上の寿命が要求されます。短寿命のハードウェアは、生分解性などを備えて、環境に害を及ぼさない形で消えていくことが理想です。逆に長寿命のハードウェアは、堅牢で小型のパッケージに収め、石ころのように安定な形で環境に残ることが考えられます。こうした持続可能なスマートセンシングシステムの構築が急務となっています。

おわりに

 最後に、こうした新しいMEMSの作製と応用を支える、持続可能なMEMSの技術コミュニティの一層の発展が望まれます。我々MEMSの第一世代も引退が近く、その直系の第二世代もかなりの年齢になっています。今は、第四世代、第五世代を育てる時期です。しかし、MEMSがコモディティとしてありふれたデバイスになった時代に、昔のような情熱をもってMEMSの研究や開発に取り組む人たちを引き付けるには、新しいワクワクするビジョンを示すことが大切でしょう。
 幸い我が国には、電気学会センサマイクロマシン部門を中心に、機械学会、応用物理学会、化学とマイクロシステム学会など異分野の研究者が一堂に会して研究発表と討議を行う学会(今回は2022 年11月14日(月)~16日(水)に徳島で、Future Technologies from TOKUSHIMA合同シンポジウムとして開催される)が毎年開かれています。このような場を通じて、MEMS研究分野が新規な展望を見出し、一層の発展を求めて努力することが大切であると思います。


【著者紹介】
藤田 博之(ふじた ひろゆき)
東京都市大学 卓越教授
東京大学 名誉教授
キャノンメディカルシステムズ株式会社 先端研究所 名誉所長

■略歴
1975年東京大学工学部電気工学科卒業.
1980年3月同大学院電気工学専攻博士課程修了(工学博士)

2018年4月より
東京都市大学教授
キャノンメディカルシステムズ社先端研究所所長(2021年10月より名誉所長)
同年6月東京大学名誉教授

1980年 東京大学生産技術研究所講師
1981年 東京大学生産技術研究所助教授
1993年から2018年 東京⼤学生産技術研究所教授.
この間、1983 年-1985年 米国マサチューセッツ工科大学 (MIT) 客員研究員、2004年-2007年 独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)客員教授、2009年-2012年 東京大学生産技術研究所副所長、2000年-2016年 同附属マイクロナノメカトロニクス国際研究センター長、2015年 カリフォルニア大学バークレー校客員教授、2018年- 2022年 京都大学特任教授。
主としてMEMSとバイオ・ナノ技術への応用、マイクロ振動発電の研究に従事。

1997年 市村学術賞功績賞、2000年 服部報公賞、2001年 フランス共和国政府教育・学術功労勲章、2005年 文部科学省・科学技術賞、2005年 電気学会業績賞、2007年 船井情報科学振興賞、2013年 山崎貞一賞、
2019年 IEEE Robert Bosch Award、2022年 ヒロセ賞 などを受賞。