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岡山大、果物・野菜収穫用AI空間センサの屋外実証実験に成功

 岡山大学発ベンチャーの(株)ビジュアルサーボは、(公社) 岡山市公園協会 岡山市半田山植物園の協力を得て、2024年9月に、園内の果樹(ナツメ、ザクロ、ヘビウリ、ナタマメ、カリン、キンカン、ボケ)の果実計測実験を行った。果物・野菜収穫用AI空間センサを用いて、果樹になっている果実の位置・寸法のリモート計測屋外実証実験に成功し、果樹園での空間計測の有効性を確認した。

 ある時刻の複眼カメラ画像情報の比較のみに基づく画像処理は、時々刻々変化する時変光環境外乱の影響を受けないという特徴がある。撮影時の光環境は左右カメラの入力画像に同時かつ同等に反映され、過去の光環境状態から影響を受けることはないからである。今回の空間計測システムは、この「複眼光環境耐性」を利用しているため時変光環境外乱に耐性を持つ。

 この画像計測方法は、左右複眼カメラに同じ対象物が写っていれば、その位置・姿勢・寸法の計測が可能である。実証実験では、自動収穫ロボット用空間センサとしての能力を確認するため、植物園内の立木果樹の木陰に見え隠れする果実の非接触計測実験をおこなった。実験の結果、遠方写真より接近写真での寸法計測はより誤差が少なくなっていた。

 また、ナツメ、ザクロ、キンカンの計測結果では、小さい果実の場合でも計測が可能なことが分かった。
 今回の実験により、(1)屋外立木果樹に実る果実を対象とした位置・寸法の非接触空間計測が可能なこと、(2)カメラ果実間の検出距離の補正後、近距離での果実寸法の平均誤差は約5[mm]以下であることが分かった。

 このことから、ロボットハンドが接近後、採取時には正確な計測が可能であり、収穫ロボット用空間センサとして望ましい機能を備えていることが分かる。

 また、果物・野菜収穫用AI空間センサは、収穫する果実の写真を現場の果樹園で撮影するだけで対象果実のコンピュータへの指定が完了し、操作が簡単である。

 同社は、果物・野菜収穫ロボット用空間センサを「全天候型空間センサーAWSS」(All-Weather Space Sensor)と命名し、発売している。今後、果物・野菜収穫用ロボットを他社と連携して開発する予定である。収穫時に果物の熟度などの判定も考慮した仕分け作業も可能な多機能収穫ロボットの共同開発を考えているという。

本情報は、2024年10月18日に岡山大学から公開された。

<発表のポイント>
・果物・野菜収穫用AI空間センサを用いて果樹になっている果実の位置・寸法のリモート計測屋外実証実験に成功し、果樹園での空間計測の有効性を確認した。

・複眼カメラ動画像を用いたAI空間画像処理を行うことで、光の入射角度や照度などの光環境の時間的変化に耐性を持つ空間計測系を構築しその性能実証に成功した。

・果物・野菜収穫用AI空間センサは、収穫する果実の写真を現場の果樹園で撮影するだけで対象果実のコンピュータへの指定が完了し、操作が簡単とのこと。

プレスリリースサイト:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000002604.000072793.html

ispace、HEX20 将来の月周回軌道への衛星輸送における協業について覚書

 (株)ispaceは、インドの超小型衛星関連技術を手がける企業であるHEX20Lab India Private Limited(以下HEX20)と、将来のキューブサットの月周回軌道への輸送および展開に関する覚書を締結したことを10月17日、イタリアのミラノで開催中の第75回 国際宇宙会議(IAC)にて、発表した。

 このたび、両社が署名した覚書はispaceの月着陸船によるHEX20キューブサットの月周回軌道への打ち上げと展開を視野に入れたミッションに関する交渉をスタートさせる最初のステップとなる。
 なおispaceは2023年10月に、インド初の民間開発ロケットの宇宙空間到達を成功させたSkyroot Aerospace Private Limited社およびHEX20の親会社であるオーストラリアのHex20 Pty Ltd社との間で、将来的な月周回衛星ミッションの需要創出 に向けて協力する3社間覚書を締結している。

プレスリリースサイト:https://ispace-inc.com/jpn/news/?p=6259

ローデ・シュワルツ、R&S RadEsT次世代レーダー・ターゲット・シミュレータ発表

 ADASや自動運転の発展には次世代レーダーが欠かせないが、その開発には極めて卓越した精度と効率、信頼性を備えたテストソリューションが必要になる。こうしたレーダー開発をさらに後押ししようと、ローデ・シュワルツは車載レーダーのテストを根本から変革する技術を投入する。そのR&S RadEsT(Radar Essential Tester)という車載レーダー・ターゲット・シミュレータは超コンパクトな汎用ツールとなっており、研究室環境での機能テストから車両レベルの生産チェックまで、レーダーセンサのライフサイクルを通じた幅広いテストニーズに応えられる設計であるうえ、かつてないほどのコストパフォーマンスを実現しているという。

 数々の優れた機能による卓越したその有用性は、正確かつ信頼性の高いダイナミックなレーダー試験に新たな可能性を切り開くものとなっている。このRadEsT(Radar Essential Tester)は、レーダーモジュールのリファレンスデザインに対するシステムチェックとデバッグから、レーダーモジュールのソフトウェア検証や機能テストまで、幅広いユースケースに対応する。レーダーのアライメントやキャリブレーションのための高度なテスト機能を備えており、OEMメーカーによるEoL(end-of-line)テストに最適であるほか、従来から使用されてきたパッシブ型反射素子による機能の制約を超えて生産の途中での機能チェックも行うことができる。さらにRadEsTは、先進運転支援システム(ADAS)や自動運転(AD)機能をテストする能力も備えている。

 R&S RadEsTはレーダーセンサの信号を捉えてそれを改変し、模擬レーダー・ターゲットとして返す。この動的なターゲット・シミュレーションによって、自動緊急ブレーキ(AEB)やアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)のような自律走行機能を検証するうえで重要な素早く移動するターゲットの模擬に迅速に対応できる。シミュレートしたターゲットは、その距離や速度/ドップラー効果、減衰/RCSについて、臨機応変かつ動的に設定可能である。

 このレーダー・ターゲット・シミュレータは、12台の受信用パッチアンテナと偏波方向の異なる12台の送信用パッチアンテナを装備している。そのため物理的な動きを必要とせず、あらゆる角度からのターゲットをシミュレートできる。さらには内蔵の検知メカニズムにより、それぞれのレーダーセンサの偏波に適応する。

 R&S RadEsTには解析機能も統合されている。EIRP(等価等方放射電力)や占有帯域幅など、レーダーセンサの品質を示す重要な指標を直接測定できる。こうした高度な機能を備えるにもかかわらず、R&S RadEsTはコンパクトな設計で軽量なことから、セットアップを容易に行え、あらゆるテスト環境に統合可能である。また、オプションでバッテリ駆動とすることもでき、携帯性と柔軟性がいっそう向上する。

 R&S RadEsTは、長期間にわたって安定した性能を維持するためにセルフチェック機能も備えています。この機能では、性能指標をモニタリングしながら、不整合やドリフトを特定して測定プロセスの偏差や異常についてユーザーに警告を出す。

 R&S RadEsTはまた、反射やマルチパスの影響を低減できるように設計されている。小型のパッチアンテナに加えて表面を吸収体で覆うことで、RCSが非常に低いクリーンなRFフロントエンドとし、近距離のターゲットや潜在的に発生するマルチパス反射を抑制している。さらにR&S RadEsTは、干渉のないRF環境を実現するためのコンパクトなシールドシステムともなっている。ピラミッド型のR&S RadEsT-Z50あるいはストレート型のR&S RadEsT-Z55を使用でき、研究室から車両レベルまで、反射を最小限に抑えてより優れたテスト結果を得ることが可能であるとのこと。

プレスリリースサイト(rohde-schwarz):
https://www.rohde-schwarz.com/jp/about/news-press/all-news/-r-s-radest-press_releases_detailpage_229356-1520064.html

OKI、日清紡MDと共同でCFB技術による薄膜アナログICの3次元集積に成功

 OKIは、日清紡マイクロデバイス(株)〔以下、日清紡MD〕と共同で、CFB®(Crystal Film Bonding)技術(注1)を用いて薄膜アナログIC(注2)の3次元集積(注3)に成功した。本技術は、アナログICなどの多様な半導体デバイスを集積するヘテロジニアス集積(注4)に応用可能であるという。両社は本技術を用いた製品開発を進め、2026年の量産化を目指す。

 近年、AI、自動運転の普及に伴い、半導体デバイスのさらなる高機能化のニーズが高まる中、チップレット技術(注5)が注目されている。チップレット技術は、全機能を単一チップへ集積するのでなく、機能ごとに小片チップに分割し、2.5次元・3次元の実装技術で統合することで、大規模な機能集積を低コスト・省面積で実現する。また、分割することで歩留りを向上し、各機能を実現するための最適な半導体製造プロセスを選択できるため、コスト増大を抑制する。

 従来のチップレット技術をローエンドなアナログICの3次元集積に適用するためには、主に以下の2つの課題があった。

 1つ目の課題は、レガシープロセス(注6)で対応可能な3次元集積技術の開発である。3次元集積は、チップを垂直に積層するため集積度向上や小型化に大きく貢献する。しかし、積層するチップ同士の電気的な接合には、一般にTSV(Through Silicon Via)技術(注7)が用いられるため、設備投資や高度なプロセス開発が必要である。このため、従来の技術では高価なプロセスとなる。

 2つ目の課題は、電気信号の干渉によるノイズ(クロストークノイズ)の防止である。アナログICは、「0」と「1」だけでなく連続的な信号変化全体に意味を持ち、デジタルICと比較して高い電圧の信号を取り扱う。そのため、積層によりICの回路層が近接すると、クロストークノイズが増大する。

 OKIは、1つ目の課題を解決するために、新たに「薄膜チップレット技術」を開発した。本技術は、剥離・接合のCFBプロセスと、その後の再配線で構成される。まず、アナログICの機能を完全に保護し、アナログICの機能層のみを基板から剥離する。この薄膜アナログICを異なるアナログIC上に接合することで、薄膜アナログICの3次元集積に成功した。一般的なTSVによる3次元集積の場合、ICチップの厚みは数十~数百µmであるが、本技術により接合された薄膜アナログICの厚みは数µmと極めて薄いため、一般的な半導体リソグラフィ(注8)による再配線が可能である。本技術による再配線は、一般的で安価なレガシープロセスの適用が可能になる。

 2つ目の課題を解決するために、日清紡MD独自の局所シールド技術をアナログICに適用した。この技術は、チップ全体ではなく、上下チップ間で影響がおよぶ特定の箇所にのみシールドを施すことで、回路機能を低下させることなく信号干渉を抑える技術である。今回、同社は高音質ICで長年培ったローノイズアナログIC技術を活かすことで本技術を開発し、20Vppの高い電圧出力下においても、クロストークノイズの抑制をすることで正常な動作検証に成功した。

 日清紡MDとOKIの共創よる薄膜アナログICの3次元集積の成功は、さまざまなアナログICとの組合せによるアナログソリューションの提供を可能にする。また、OKIの「薄膜チップレット技術」をデジタル・アナログ・光・パワー・センサなど、さまざまな半導体デバイスのヘテロジニアス集積に応用することで、半導体デバイスの新たな進化に貢献するとしている。

用語解説
・注1:CFB(Crystal Film Bonding)技術
 半導体デバイス機能層を薄膜剥離し、異なる材料基板に分子間力で接合するOKIの独自技術。接着剤を介さない直接接合のため、接合間で電気・光・熱など伝搬でき、接合後の半導体プロセスが可能なため、異種材料・機能を統合した新たな半導体デバイスの創出に貢献する。
・注2:アナログIC
 センサーなどの連続的に変化するアナログ信号を増幅・フィルタリング変換などを行う処理機能を有する集積回路(Integrated Circuit)。
・注3:3次元集積
 半導体デバイスを垂直方向に積層し、階層間で電気的接続を行う技術。
・注4:ヘテロジニアス集積
 異なるプロセスノード(微細加工技術の世代)、異なる機能(デジタルIC、アナログIC)、異なる半導体材料(光デバイス、次世代半導体)など、異なる半導体デバイスを複合的に組合せて集積する技術。
・注5:チップレット技術
 単一チップの半導体デバイスを、複数の小片チップ(チップレット)に分割し、実装技術で集積する技術。これにより、高機能化による大規模化における歩留まりの改善が可能。
・注6:レガシープロセス
 旧世代の製造技術や設備を用いた半導体製造方法。安定性や信頼性に優れ、コスト効率が高いため現在も多くの半導体プロセスで使用されている。
・注7:TSV(Trough Silicon Via)技術
 シリコン基板に垂直な貫通電極を形成することで、垂直方向の半導体チップ間の電気接続を実現する技術。
・注8:半導体リソグラフィ
 半導体プロセスにおいて、光や電子ビームを使用して半導体基板上に極めて微細な回路パターンを形成する技術。

プレスリリースサイト(oki.com):https://www.oki.com/jp/press/2024/10/z24028.html

「どうぶつの森」の魚たちが教えてくれる光センサのユニークな進化

概要
 ヒトを含む脊椎動物にとって、眼から得られる視覚の情報は外界の変化をとらえる上で重要であり、そのために眼にロドプシンという光センサーを持つ。藤藪千尋 京都大学理学研究科博士課程学生、山下高廣 同講師、行者蕗 甲南大学研究員、日下部岳広 同教授、佐藤恵太 岡山大学助教、大内淑代 同教授、川野絵美 奈良女子大学准教授 の共同研究グループは、魚類がロドプシンを眼だけでなく脳での「みる」仕組みにも使い分けていることに着目し、光センサーのユニークな進化の道筋を明らかにした。
 ヒトを含む多くの脊椎動物のロドプシン遺伝子は、イントロンに分割される遺伝子構造を持つ。しかし、多くの魚類は例外的にイントロンがないロドプシン遺伝子を眼で利用し、イントロンのあるロドプシン遺伝子を眼ではなく脳の松果体で利用する。本研究では、魚類の中でも比較的古くに多様化し、任天堂のゲーム「どうぶつの森」にも登場する「古代魚」を中心に解析を行い、約4億年前に起こった珍しい遺伝子重複を皮切りにして、新たに誕生させたロドプシン遺伝子を眼で使う一方、もともと眼で使っていたロドプシン遺伝子を脳で使うようになり、さらにはもともと脳で使っていた別の光センサーピノプシンが代替される形で姿を消した、という魚類における光センサーの玉突き的置換プロセスを明らかにした。
 本成果は、2024年10月8日に国際学術誌「Cellular and Molecular Life Sciences」にオンライン掲載された。

プレスリリースサイト:https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id1286.html

直感的な空間操作を可能にする「aeroTAP 空間3Dインターフェイス」

 (株)ネクステッジテクノロジーは、「aeroTAP 空間3Dインターフェイス」の提供を開始した。タッチレスインターフェイス技術を提供してきた弊社は、「手のひらトラッキング」、「仮想タッチスクリーン」に加え、新に「空間3Dインターフェイス」を製品化した。

 「aeroTAP 空間3Dインターフェイス」は、空中映像、ホログラム映像、Vx映像の没入感を引き出し、直感的な空間操作のために設計したインターフェイスである。オペレータは、3D映像やモデルを直感的に操作でき、視界を妨げることなく自然な操作感を体験できる。

空間3Dインターフェイスの特徴:
■ 空中に映る3D映像の両手、または片手による直感的な操作
 3Dインターフェイスでは、両手により空中映像を包み込むような方法で、回転、拡大、ドラッグ操作が可能。
■ 手のひらを使ったコテンツを見ながらの直感的操作
 観察対象への視界を遮ることなく、操作しながらの観察が可能。
 従来あるような、指先による2Dインターフェイスの非接触操作、ジャスチャー機能も可能。

対応機器:
 MIRAI PIX(空中ディスプレイ)*1  各種3Dデータの表示と操作が可能。

利用用途
 •医療、教育
 •博物館、科学館の資料展示
 •ゲーム、エンターテインメント

※aeroTAP タッチレス3Dインターフェイスは、信州大学医学部山田哲教授(特定雇用)指導の下に開発された。

*1 MIRAI PIX(空中ディスプレイ)は、MIRAI BAR(株)の製品。

空間3Dインターフェイスは、特許出願中の技術である。

プレスリリースサイト(nextedgetech):
https://www.nextedgetech.com/#

脳シミュレータを用いた感性や思考の評価
Evaluating Mental Information Using Brain Simulators(2)

西田 知史(にしだ さとし)
(国研)情報通信研究機構 未来ICT研究所
脳情報通信融合研究センター 主任研究員
西田 知史

4. 感性・思考の評価における個人差の反映

 同じ画像・映像・テキストを見ていたとしても、人それぞれ異なる感性や思考が引き起こされる。脳情報デコーディングはそのような感性や思考の個人差も読み取れる点が重要である。脳計測が不要な脳情報デコーディングとみなせる脳融合AIにおいても、そのような感性・思考の個人差が推定可能であれば、技術的な価値は大幅に向上する。この可能性を検証するため、私たちの研究グループは、映像と紐づいた87種類の感性・思考ラベルについて、脳融合AIの推定結果が個人差を反映しうるか確認した3)
 まず、個々人の脳応答を用いて学習した脳融合AIを使用してラベルを推定した。次に、推定したラベルの時系列を用いて、推定結果における個人ペア間の距離を算出した。このペア間の距離が個人差のパターンを反映する。そして、脳情報デコーディングによって推定したラベルの時系列を用いて同様の個人間距離を計算し、脳融合AIと脳情報デコーディングで個人間距離に一貫性が存在するか確かめた(図3)。脳情報デコーディングと同様に、脳融合AIにおいても感性や思考の個人差が推定できるのであれば、様々な感性・思考ラベルについて個人間距離の高い一貫性が認められるはずである。

図3 感性・思考の推定結果における個人差の評価
図3 感性・思考の推定結果における個人差の評価

 結果として、87種類のうち81種類のラベルで統計的に有意な一貫性が認められた(図4は一例)。この結果は、ほとんどのラベルにおいて、脳情報デコーディングによって読み取れる内容の個人差が、脳融合AIの推定に反映されていることを示している。したがって、脳融合AIの推定結果は、感性や思考の個人差を反映することが示唆された。

図4 個人差の推定において高い一貫性を示したラベルの例
図4 個人差の推定において高い一貫性を示したラベルの例

5. おわりに

 私たちが開発した脳融合AIは、脳情報デコーディングの社会応用を阻んでいる脳計測技術の限界を、これまでに無いアプローチで解消する画期的な技術である。脳計測不要の脳情報デコーディング技術として利用でき、脳情報デコーディングの社会応用の可能性を格段に高めることができる。また同時に、個人脳の振る舞いを模倣する脳シミュレータとしても利用できる。従来のAIよりも高い性能で、人間の複雑な感性や思考を推定可能にする。以上のことから、脳融合は社会において今後様々なシチュエーションで幅広く使われる、人間の感性や思考を評価するための基盤技術になると期待する。
 脳融合AIは、従来AIが軽視していた脳の模倣を主たる目的とするAIである。そのため、人間を理解し、人間らしく振る舞うAIの実現に貢献する可能性を秘めている。そのようなAIは、AIの目的を人間の価値観に一致させることに問題意識を置き、近年盛んに議論されているAIアラインメントに対しても、解決の糸口をもたらしうる。その結果、人間とAIが真に共生する社会を実現に導く可能性を秘めている。
 さらに重要な特長として、感性・思考の推定における個人差の反映が挙げられる。これは、脳融合AIが個人脳のシミュレータとして利用できる可能性を示している。そのようなシミュレータは、商品のレコメンデーションなど、感性・思考の個人差の推定が重要な商用サービスに極めて有用である。それだけでなく、将来的には脳をデジタルデータとして再現するブレインデジタルツインの基盤技術となる可能性も秘めており、その潜在能力は計り知れない。
 脳融合AIはまだ生まれたばかりの新しい技術であり、今後に向けて改善すべき点は多く存在する。しかし、上述の通り様々な応用の可能性を秘めており、私たちの社会に大きな変革をもたらしうる画期的な技術だといえる。今後の発展に期待してもらいたい。



参考文献

  1. Kawahata K,Wang J,Blanc A,Maeda N,Nishimoto S,Nishida S,Decoding Individual Differences in Mental Information from Human Brain Response Predicted by Convolutional Neural Networks,bioRxiv 2022.05.16.492029, 2022.


【著者紹介】
西田 知史(にしだ さとし)
(国研)情報通信研究機構 未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター 主任研究員

■略歴

  • 2014年 3月京都大学 大学院医学研究科 博士課程修了 博士(医学)
  • 2014年 4月京都大学 こころの未来研究センター 研究員
  • 2014年11月情報通信研究機構 研究員
  • 2015年 4月大阪大学 大学院生命機能研究科 招へい研究員
  • 2019年 4月情報通信研究機構 主任研究員
  • 2020年 4月大阪大学 大学院生命機能研究科 招へい准教授
  • 2020年12月科学技術振興機構 さきがけ兼任研究者
  • 2023年10月北海道大学 人間知・脳・AI研究教育センター 客員研究員
  • 2024年 4月北海道大学 人間知・脳・AI研究教育センター 客員准教授

人間の感性をサポートし拡張するサービスは世界をより豊かに出来るのか(2)

大山 翔(おおやま しょう)
セントマティック(株)
プロジェクトマネージャー
大山 翔

4.表現する/伝える

 前述の通り、2つのサービスを紹介し、それぞれ計測している方法も対象も異なるが、ユーザーの感性を推測した結果、すなわちAIが出力した結果を伝えるために様々な方法をとっている。

「数字」で表現する(定量的な計測および表現)
 例えば、「好き」~「嫌い」を10点~0点で表現する方法があげられる。セマンティック・ディファレンシャル法(SD法)と呼ばれる手法で、感情や感性の意味、強さ、強度を計測する手法として一般的である。当該の手法に限らず、感性を数値に変換し表現する方法は多数存在する。

 このように、定量的な心理量の計測は、一見合理的な手法に見えるが、数字は正しく利用しなければ、誤った判断を導く可能性があることも常に念頭に置く必要がある。例えばとある製品において調査や前述のサービス利用を通じて「好き」というなんらかのスコアが競合品より高いという結果が出たとする。では、果たしてこの商品は市場において消費者から選ばれる商品になるだとうか。答えは「わからない」もしくは、私の経験からすると売れない可能性すらあると考える。一見すると「好き」という単純な感性に思えるが、実際には複雑な感性であるようだ。商品を目の前にして、好きかどうかを問われると、多くの消費者は、調和度の高い、洗練された、スタイリッシュな、デザインの商品を「好き」と答えるようだ。だが、「好き」な商品を想起させ回答させると、必ずしも前述の特徴ではなく、馴染みがある、特異性や特徴がある、多少違和感があるデザインの商品を回答することがある。ある程度は質問の仕方で統制が取れるが、根本的には「好き」という感性は刺激に対して線形でなく、複雑に変化しているように感じる。

「文字」で表現する(定性的な計測および表現)
 本稿では感性をなんらかの感性を別の方法で表現する方法や意味を述べており、実際の人間であれば、最も原始的な方法として言語で表現する方法がまず思い起こされる。実際、従来の消費者やユーザー調査における定性調査では、質問用紙へ自由記述回答が手法として、様々な”本心”を引き出す工夫と共に存在する。一方、定性的にユーザーへ感性を推測した結果を伝える方法の一つとして、ワードクラウドのような単語を列挙する方法が一つ挙げられる。
 前述の二つのサービスでは目的や調査の対象も異なるものの、同様の表現方法が見られており、定性的な感性表現として一定の地位を得ていることがわかる。

NeuroAIにおける言語的表現の事例
https://youtu.be/dJUCYWcMPFs

KAORIUMにおける言語的表現の事例(1:35~1:45)
https://www.youtube.com/watch?v=KtTrryg-Fts

 単なる数字の羅列に比較して、1画面に多くの情報を盛り込むことが可能な方法であり、対象の様子を大まかに把握する方法として有効であると考える。より人に寄せる方法として、出力された単語を生成AIに取り込み文章を作成することで、自由記述回答と同様の結果を得ることも出来き、目的に応じて選択すればよいと思う。
 生成AI以前の自然言語処理技術において最も重要な発明は分散表現であると思っている(専門外の私にはかなり大きな驚きであった)。この概念を知った結果、自然言語の曖昧さや不完全さを感じるようになった。すなわち、本来は事実(商品やサービス等の物理現象)や五感等の感覚は、ほぼアナログ的な連続値であるはずだが、それに対して言語があまりにもデジタル的な離散的な表現であると感じるようになってしまった。PC等で色をRGBで表現をすると各色256段階で表現される。RGB(21,96,130)とRGB(21,96,125)は色を横並びで隣接させるとその色の違いを知覚することが出来るが、私にとって言葉でそれらの違いを明確に表現することは難しい。耳に聞こえる音の大きさ(デシベル)や目で見える輝度の差はよりその差を言葉で表現することは困難である。もちろんその様な場合は定量的な表現をすればよいだけではあるのだが…。

5.アートとデザインの境界たる位置にある産業

 CMや香水といった一見全く異なる対象向けにサービスを提供してきたが、それらの製作される過程や、業界構造は実はかなり近しいと感じている。
 一般的にCMにおいては、伝えたいメッセージやコンセプトをもとに企画書を最初に作成する。企画書には様々なお作法や、企業による違いが存在するが、例えば、絵コンテと呼ばれる漫画のような形でCMを簡単に表現したものがある。この企画書をベースに細部を詰め、実際に撮影と進んでいくこととなる。このような流れは現代の香水作りにおいても、企業やブランドによって差はあるもののおおよそ同じである。
 本来は映像も香水もアートの側面をもっていたはずであるが、現代では需要を意識した工業製品に近いものになっていると感じる。もちろん、企業が製作する以上は、より蓋然性高く売上を上げられることは重要ではあるが、逆説的に需要や過去の成功を意識した、つまらない、どこかで見たこと、嗅いだことがあるようなCMや香水が増えていることもまた事実であると思う。

6.マスターピースは機械で計測できるのか?(作れるのか?)

 人間の感性を測ること、特に、AIを使って計測、表現、可視化することを述べてきたが、このようなAIは基本的には過去のデータを使って作られたものであり、常に現実世界より一歩後ろを歩んでいる。AIやデジタルより先に「感性」を動かしているのは人間である。この構造は今後も変わらないはずだ(少なくともロボットが人間と同じように人権を持って生活をしていない現時点では)。紹介した取組以外にも、世間一般には多くの感性を計測/予測するサービスが存在するが、あくまで過去の経験から作られたものである。そのようなサービスでは、過去から非連続的に進化した次世代のマスターピースを正しく計測/予測出来ないであろう。むしろ過去の再生産されたものしか評価出来ないであろう。しかし、企業は蓋然性を高めるために、このようなサービスを捨てられず今後もより活用される機会は増えてくるはずだ。私は、我々人間の感性こそが常に世界の先端にあり(錯覚は起こりうるが、それを理解しつつ)正しいものであるという自負を持ち、世の中の刺激に心を向け、「我々がマスターピースを作るのだ」という意気込みが必要と主張していきたい。



【著者紹介】
大山 翔(おおやま しょう)
セントマティック株式会社 プロジェクトマネージャー

2015年慶應義塾大学経済学部卒業。新卒でNTTデータに入社。鉄道会社、自動車メーカー、研究機関等多くの企業に向け、ニューロサイエンスに関する営業企画、商品企画や、戦略~業務コンサルティングサービスを提供。通信事業者向けの大規模システム統合プロジェクト、インフラ事業者との新規事業創出、事業連携に従事した後、2020年よりNeuroAI及びD-Plannerの企画、後にサービス主幹を担当。多くの消費財メーカー、サービス業向けにサービス提供を実施。2024年より現職。主にフレグランス領域で営業企画やサービス企画を担当。

【著書(共著)】
『ヒトの感性に寄り添った製品開発とその計測、評価技術』内第5章1節『NeuroAIを用いた広告クリエイティブの可視化と効果予測』

ロボットハンドに第六感を与える近接覚センサの研究開発状況(2)

小山 佳祐(こやま けいすけ)
大阪大学
基礎工学研究科システム創成専攻
助教
小山 佳祐

5. フォトリフレクタ式

 フォトリフレクタはLEDと受光部(フォトダイオードまたはフォトトランジスタ)がペアになった素子であり、物体面からの反射光強度を直接計測する素子である。2013年ごろまでは発光・受光素子のみでしか販売されていないことが多かったが、センサ素子の筐体内に発光・受光素子とAD変換・コントローラ部分が内蔵された製品も登場し、ロボット研究で利用しやすくなった。フォトリフレクタ式は数百マイクロ秒からミリ秒オーダで反射光強度を計測できることから、ロボットを正確な周期で高速制御する際に向いている。著者の研究グループもフォトリフレクタを使用した近接覚センサに関して10年以上、研究開発をしてきた[4]。過去にはロボットハンドの指先に多数のフォトリフレクタを配置してアレイ状の近接覚センサを開発した。また、各指の近接覚センサフィードバックにより、ロボットハンドの指先位置を対象物面に沿って自動的に調整する制御や、アーム手先位置も同時に調整する制御を実現した。
 ただし、フォトリフレクタ式の場合、反射光強度を直接、ロボットの制御値に用いるため、対象物の光の反射率に依存して位置決めの目標値自体が変動する問題がある(図4)。この問題に関しては、移動中の近接覚センサ値を基に物体面の光の反射率を推定する手法や、衝突するまでの残り時間を推定する手法[5]などを提案してきた。しかし、適用可能な反射特性が拡散反射のみに限定されており、鏡面反射や透明物体は計測することができず、主にファクトリーオートメーションの現場需要に応えられない点が課題として残った。

図4:フォトリフレクタ式の測距特性と課題
図4:フォトリフレクタ式の測距特性と課題

6. AI処理を組み合わせたフォトリフレクタ式

 フォトリフレクタの反射光情報から正確な距離情報を計測するためのキャリブレーション技術に関して、著者の研究グループが研究開発を行ってきた[6]。この中で、汎化性能の高い独自の機械学習モデルを用いることで、透明や鏡面物体を正確に計測する技術を開発した(図6)。これは代表的な鏡面反射物体、透明物体、拡散反射物体を用意し、フォトリフレクタの反射光強度データを収集、学習モデルを生成することにより、物体面の光の反射特性の影響を受けづらい測距機能を実現する技術である。2×2のフォトリフレクタアレイの反射光情報に対して独自の機械学習を適用することで、距離情報に加えて物体面の傾き角度も推定できる点が特徴である。2018年ごろまでは学習モデルのパラメータ調整や汎化性能が高いモデルを評価することが極めて困難であったが、Optunaやpyhessianなどの最適化・解析ツールが登場したことで研究開発が進んだ背景がある。本センシング技術を用いることで、透明な試験管やスマートフォンの画面といった、鏡面反射特性が強い物体に対して自動的にロボットの手先位置決めを行う動作が可能となった。
 また、ハンド指先に搭載した柔軟な機構の変形量を近接覚センサで計測することにより、ばら積みされたねじを自動的にピッキングするシステムも実現した。これはヒトが目を閉じて指先で物体を探りながら把持を行う過程に着想を得たシステムであり、ハンド指先機構の変形量を基に指先のねじれ状態を解消する方向にアーム手先位置を調整し、ピックアップが容易な方向に移動する手法である。本センサ技術により、高速に動作しつつも手探りでロボットが位置決めを行う事が可能となってきた。
 さらに、著者は本研究シーズを基に2022年に株式会社Thinkerを設立し、近接覚センサの販売とロボット開発事業を行っている。この中で、2Dカメラとの組み合わせによる薄型食品のピッキングロボットなどを開発しており、近接覚センサの社会実装に向けた取り組みも加速している。

図6:AI処理を組み合わせたフォトリフレクタ式、独自AIモデルにより複雑な反射光強度情報を線形な距離・角度にキャリブレーション(大阪大学、株式会社Thinker)
図6:AI処理を組み合わせたフォトリフレクタ式、独自AIモデルにより複雑な反射光強度情報を線形な距離・角度にキャリブレーション(大阪大学、株式会社Thinker)

7. おわりに

 本稿では、ロボットハンドの手指における近接覚センシングに焦点を当て、代表的な検出原理を紹介し、著者の研究開発・社会実装に関して簡単に紹介した。
 ヒトの作業を代替するロボット技術は学術的に魅力的な研究課題であると同時に、少子高齢化社会において必要不可欠な技術であると考えている。移動ロボットやコミュニケーションロボットはレーザ計測技術や機械学習の急速な発展に伴って著しく成長しているが、一方で、物体を掴んで操作するロボットマニピュレーションはまだまだ発展途上である。現時点では絶対的に強力な手法は存在せず、実用化・社会実装も遅れている。この一因として、ロボットハンドの手指感覚の欠如があり、ロボットハンドに適したセンシング手法を一から考え、研究開発することが近道であると考えている。近接覚センサは有望な候補の一つと捉えているが、触覚センサや力覚センサと比べて応用例はまだ決して多くない、更なる用途開拓が必要である。「ロボットに本当に必要なセンシングは何か?」、学術的な観点からだけでなく、有用性と技術的な限界に関して慎重に見極めていく必要があると考えている。



参考文献

  1. K. Koyama and M. Shimojo, A. Ming and M. Ishikawa, “Integrated control of a multiple-degree-of-freedom hand and arm using a reactive architecture based on high-speed proximity sensing” The International Journal of Robotics Research, Vol. 38, No. 14, pp.1717–1750, 2019.
  2. K. Koyama and Y. Suzuki, A. Ming, M. Shimojo, “Grasping control based on time-to-contact method for a robot hand equipped with proximity sensors on fingertips,” IEEE/RSJ International Conference on Intelligent Robots and Systems (IROS), pp. 504-510, 2015.
  3. 小山 佳祐, 高速・高精度近接覚センサの開発とロボットマニピュレーションへの応用, 日本ロボット学会誌, 2022, 40 巻, 5 号, p. 393-398, 2022.


【著者紹介】
小山 佳祐(こやま けいすけ)
大阪大学 基礎工学研究科システム創成専攻 助教

■著者略歴
2017年 電気通信大学大学院情報理工学研究科知能機械工学専攻博士課程修了(短期終了)。 2015-2017年 日本学術振興会特別研究員 (DC1)。 2017-2019年 東京大学大学院情報理工学系研究科特任助教。 2019年 大阪大学大学院基礎工学研究科助教、現在に至る。 2022年から株式会社Thinker取締役を兼務。 近接覚センサや多指ハンドに関する研究に従事。 計測自動制御学会、日本機械学会、日本ロボット学会会員。博士 (工学)。

沖縄近海における水中ロボットの活用 沖縄工業高等専門学校

武村 史朗(たけむら ふみあき)
沖縄工業高等専門学校
機械システム工学科
教授
武村 史朗

1. 研究室の概要

 沖縄高専は「人々に信頼され,開拓精神あふれる技術者の育成により,社会の発展に寄与する」を理念として2004年に一期生を受け入れ,国立高専では最も若い高専である.筆者はレスキューロボットの研究開発に携わった経験の後,2007年に沖縄高専 機械システム工学科に赴任しました.海に囲まれた沖縄でする研究は海に関すること,海洋保全に貢献できるようなこと,沖縄に貢献できるようなこと,を念頭におき,水中ロボットに関する研究開発をはじめとするロボティクスに関する研究を行っている.

2. 研究内容・テーマ・実績

 沖縄は海で囲まれています.筆者が赴任した当初はサンゴの白化現象の原因の一つにオニヒトデによる食害が挙げられる.そこで,沖縄近海における海洋保全・情報収集のための水中ロボットの研究開発を行っている.ここでは,筆者らが行っている水中ロボットに関する研究開発を紹介する.

2.1 水中ロボットによるオニヒトデへの酢酸注射実験

 サンゴの食害に対して,オニヒトデへの酢酸注射による駆除の仕方がある.ダイバーでの駆除は肉体的負担・安全性(オニヒトデは毒を持っているためアナフィラキシーショックを引き起こす場合があります)をダイバーが担う.肉体的負担・安全性を水中ロボットに担うことを目的として,酢酸注射を遠隔操縦の水中ロボットで行うことを試みた.操縦者は海上のボートで水中ロボットから送られる映像をラップトップパソコンで見ながら水中ロボットを操縦した.カメラ映像での操縦は,操縦者にかなりの負担となる.この実験では,水中ロボットでオニヒトデへ酢酸注射できることを確認した(図2-1参照).しかしながら,オニヒトデを探す・追いかける・酢酸注射を打つ,をすべて遠隔操縦で人が行うのは大変である.これらの作業をAI技術等により,自律的に作業できる自動化が求められる.この実験では,ダイバーによるオニヒトデ駆除ではなく,遠隔操作による水中ロボットの駆除の可能性を示すことができた.

水中ロボットによるオニヒトデへの酢酸注射実験
図 2-1

2.2 水上移動体の水中物体位置計測

 水中調査の際には,水中の位置は重要な情報になるが,水中では電波が届かないので,地上のようにGPSが使えず,位置情報はわからない.しかし,沖縄近海は透明度が高く,深度5mほどの海底は海面からくっきり見ることができる(図2-2-1の右側の写真)ことから,深度情報がわかれば,水中の位置が計測できる(図2-2-2参照).筆者らは,水中ロボットにLEDライトを上向きにつけ,水中ロボットから深度情報を取得し,水上移動体にGPS,下向きカメラ,姿勢センサを搭載することで,水中ロボットの水中での位置計測をできるようにした.図2-2-1はオニヒトデに酢酸注射する実験の際の位置計測を行ったものである.

水上移動体の水中物体位置計測
図 2-2-1
ピクセル・メートルの変換係数
図 2-2-2

2.3 曳航型水中ロボットを用いた海底3D地図の作成(共同研究 龍谷大 坂上研,香川大 高橋研)

 従来,AUV(自律型無人水中ロボット)を用いた海底3D地図作成は行なわれている.従来の方法だと3ノットまでが多いが,我々は,曳航型水中ロボットを用いて,浅海域における広域・高速に海底3D地図作成のための曳航型水中ロボットの開発・カメラシステムの開発を行なっている(図2-3-1,2,3参照).2019年3月1日曳航速度4ノットに成功した(図2-3-4参照).この技術が実用化できると定期的(1年に一回,またはさらなる高頻度)に同じ海域を撮影することで海底の経年変化の蓄積ができ,それを元にした海洋保全計画の作成,海洋考古学における海底ミュージアムなどの用途への応用が期待できる.同じようなことを従来の手法でするとダイバーが実際に潜水して行うことになるので,高コストかつ事故のリスクがある.ロボティクス技術を活用することで,人の安全も確保でき,海洋情報の活用方法が広がる.

水上移動体の水中物体位置計測
図 2-3-1
ピクセル・メートルの変換係数
図 2-3-2
水上移動体の水中物体位置計測
図 2-3-3
ピクセル・メートルの変換係数
図 2-3-4

3. 今後の方向性・展望

 今回は,本研究室で主に研究開発をしている水中ロボットに関することを述べた.研究室の学生は毎年変動があるが,本科5年生,専攻科1・2年生で計5~10名程度で研究開発を行っている.本科生・専攻科生は学内外での研究成果を発表して,自身の発信力を身に着けている.また,本校の専門4学科の学生が集うロボット製作委員会では,毎年,高専ロボコン出場を目的としてロボット製作を行い,大会後は県内でロボット作りの楽しさを伝える活動を続けている.これらの研究活動・課外活動により,プロジェクトの経験・プレゼンを含むコミュニケーションの経験を得て,ロボット製作・制御の楽しさや奥深さを感じてもらい,地域貢献につながる学生教育を進めて行きたい.



【著者紹介】
武村 史朗(たけむら ふみあき)
沖縄工業高等専門学校 機械システム工学科 教授,ロボット製作委員会顧問
Fumiaki TAKEMURA, Dr. Eng., Professor
Department of Mechanical System Engineering, National Institute of Technology, Okinawa College

■略歴

  • 2007年4月沖縄工業高等専門学校 機械システム工学科 准教授
  • 2018年4月
    (現在に至る)
    沖縄工業高等専門学校 機械システム工学科 教授

水中ロボット,ロボティクスに関する研究に従事