1.においセンシングの現状
においのセンシングの目的は、一言でいえば、においの見える化ということになると思われるが、それには2つのゴールがあると考えている。
一つのゴールは、そこに含まれる全成分もしくは、ある成分の量を検出するというもので、もう一つは、嗅覚が感じているものをできるだけそのまま表現するというものになるかと思われる。
嗅覚が感じているものというのは、個人差があるのではないかと思われるが、官能評価の世界には、分析型官能評価と嗜好型官能評価があり、分析型官能評価で得られる結果であれば、におい成分の情報から比較的客観的に引き出せる。
分析型官能評価とは、例えば、においの強さであれば、臭気指数等であり、におい質であれば、QDA法と呼ばれる官能評価方法で得られた結果等である。
一方、におい成分を求める方法は、GCMSをはじめIMS、大気イオンMS等の物理的な装置が発達し、高感度化、小型化をしてきており、リアルタイムににおい成分の変化も追えるようにもなってきており、成分を求めるだけであればセンサ方式としては、より小型で高感度なものが求められてくると思われる。
においを嗅覚が感じている通りに表現する場合に問題になってくるのが、色であれば三原色にあたる、においには原臭がまだ見つかっていないということである。一方、においを有する成分数は40万種もあり、それらのにおい成分がコーヒーなどは500種も集まって一つのにおいを形成しており、原臭が見つかっていない状態では、においの見える化を難しくしている。
また、におい成分には、検知閾値濃度(においを感じる最低濃度)がpptからppmまで広く存在し、濃度の対数でにおいの強さを感じ、横軸を濃度の対数とし縦軸をにおいの強さとした時に、その傾きも成分により少し異なり、におい物質が同じ濃度存在しても、成分によって強くにおうものから、ほとんどにおわないものまで存在する。
さらに、一番においをわかりにくくしているのが、いくつかのにおい成分が合わさって一つのにおいを形成している複合臭である。複合臭では、マスキングに象徴される成分間の相互作用があり、成分分析だけではにおいがうまく表現できない要因の一つになっている。そのため、成分に分けないでにおいが評価できるセンサ方式に期待が寄せられているところではあるが、実際にセンサ素子がとらえているものを正確に把握していないと落とし穴にはまる可能性がある。
複数のにおいセンサを利用して、嗅覚に構成は似せた電子鼻が登場してから久しいが、測定結果がマップで得られ、期待したようにマップ上で分かれていても、それが実際に嗅覚と同じ違いを表せているのか、目的とした成分の違いにより分かれているのかも同時に調べておおかないと誤判定につながる危険性がある。
生体からのガスやにおいをもとに、健康状態を推定したり病気の可能性を推定したりする試みがなされているが、これも、病気の人とそうでない人がうまく分かれているという結果だけで判定をするのではなく、検出しているものが検出すべきものとなっていることを確認しながら行わないと誤判定の危険性が高い。
嗅覚と同じ結果を得るためには、嗅覚レセプターをそのままセンサにすることが望ましくそれに対していくつかの試みはされているものの、まず安定に動作させることが難しく、動作はしても現状では、1か月単位での安定性しか得られておらず、今後の研究の進展が待たれるところかと思われる。
以上まとめると、においのセンシングは、複合臭の評価や健康状態推定など、期待される部分が多いものの、気をつけないと評価したいものとは異なった信号をもとに判定していることが多々あり注意が必要である。
ここでは、複合臭とはどういうもので、なぜセンサ方式に期待されるのかを説明したあとで、センサ方式の陥りやすい問題点を指摘し、最後にセンサ方式をうまく利用していくためのツールを紹介する。
次週に続く-
【著者略歴】
喜多 純一(きた じゅんいち)
(株)島津製作所 分析機器事業部
1.最終学歴
1981年3月 京都大学 工学部 化学工学科卒業
2014年3月 九州大学大学院システム情報科学府電気電子工学専攻博士課程卒業
2.受賞歴、表彰歴
平成13年 におい識別装置FF-1 第4回日食優秀食品機械資材賞受賞
平成19年 におい識別装置FF-2A (社)においかおり環境協会 平成18年度 技術賞
平成23年 電気学会進歩賞受賞
平成26年 希釈混合装置FDL-1を用いた簡易官能評価装置
(社)においかおり環境協会 平成26年度 技術賞
同年 長年におけるにおい識別装置の開発研究
(社)においかおり環境協会 平成26年度 学術賞
○主な研究論文及び著書(レビュー)
J.Kita, etal :Quantification of the MOS sensor based Electronic nose utilizing trap tube,
Technical Digest of the 17th Sensor Symposium,m301 (2000)
島津評論第59巻第1・2号 p.77~85 (2002)
島津評論第64巻第1・2号 p.63~79 (2007)
アロマサイエンスシリーズ21〔6〕におい物質の特性と分析・評価 5章3 半導体センサ(2)
におい香り情報通信 第3章 12.におい測定装置 p.177~p.187
超五感センサの開発最前線 2.3.7 におい識別装置の開発 p.197~p.205
Sensor and Materials vol.26 no.3 2014 149-161
味嗅覚の化学 においセンサおよびにおい識別装置を用いた臭気対策 p.207。
※現在ゴルフにはまってます。