味覚センサで世界をむすぶ(1)

(株)インテリジェントセンサーテクノロジー
代表取締役社長
池崎 秀和

1 味覚センサとは

味覚センサは、九州大学高等研究院の都甲潔特別主幹教授との30年にわたる共同研究の成果である(1)-(4)。2019年現在までに、国内450台以上海外70台が導入されている。研究機関(100台)や食品メーカー(280台)、医薬品メーカー(70台)及び流通小売に導入され、毎年40台の導入が進んでいる。
今まで味覚センサが世界になかった理由は、下記のような味覚の複雑さがあげられる。

・味物質の種類が膨大
 例えば、一杯の茶に数百種類の味物質が含まれる。

・味物質毎で閾値が1000倍の差
 砂糖はエネルギーの信号で%オーダーであるが、苦味は毒の信号でありppMオーダーで、
 その差は1000倍違う。これも生物として生きていく上で必要なことである。

・味物質間で相互作用(抑制効果と相乗効果)
 例えば、コーヒーに砂糖を入れると人はコーヒーの苦味が少なくなったと感じる。

以上のように味は非常に複雑であり、味の評価を化学分析の結果から行うことは非常に難しい。
そこで都甲らは、味は人が感じているので、人の味認識メカニズムを模倣して味覚センサを開発しようと考えた。生体の場合は、舌の味細胞の膜表面に呈味物質が吸着すると、細胞膜に電位変化が生じる。味細胞の表面は、脂質膜で覆われており、都甲らは、味の受容には、この脂質膜が重要な働きをしていると考え、味覚センサに脂質膜を用いた。人工脂質膜の組成を最適設計することで、各々の基本味(苦味、うま味、甘味、酸味、塩味及び渋味)に特異的に応答する人工脂質膜を作ることに成功した(図1)。

さらには、後味を測定することで、基本味の質の違いも評価できるようになった。脂質膜に吸着した味物質が脂質膜からはがれるスピードを測定することで、キレや余韻が評価できる。このように人の感覚に近い脂質膜センサを用いて、味の単位を定義した(表1)。

図1:味認識装置TS-5000Z
表1:味覚センサの定量化項目

2 味覚センサのビジネス活用

某大手コンビニエンスストアでは4年前より日本を9ブロックに分けて商品開発を行っており、最終的には各県毎にするとプレスリリースを行っている。なぜこのような大変なことをあえてするのだろうか?
その背景は、超少子高齢化社会において、消費者が若者から老人に移ってくることがあげられる。老人にとっての美味しさは、小さい時から慣れ親しんだ地方の家庭の味と考えられる。それゆえ、地域毎に開発を行うのである。

2.1 消費者の味の好みを見る

全国を狙う食品メーカーにとっては、味のニーズ調査で重要なのは、まず、味の地図を作ることである。
図2は、レギュラーコーヒーの例である。左上は苦味系であり、右下は酸味系である。ここでコンビニエンスストアのカウンターコーヒーは、激戦であるにも関わらず、左上に集中しているのであろうか?

そこで、POSデータと味覚センサのデータを組み合わせて消費者の年齢の傾向を分析した(図3)。若者は苦味系を、熟年は酸味系を好む傾向が分かる。この傾向はスターバックスの日本展開によるものとコーヒー業界で言われている。若者はスターバックスの強い苦味系で慣れており、一方熟年において、若い頃スターバックスはなく、喫茶店の酸味を楽しむコーヒーに慣れていると言われている。

今までコンビニエンスストアの主要な顧客は若者であり、その若者が苦味系なので、必然的にコンビニエンスストアのカウンターコーヒーは苦味系となる。ただし、今後、超少子高齢化で高齢者が消費者になってくると、酸味系も販売されると予想される。

図2:レギュラー珈琲の日本地図
図3:レギュラーコーヒーの年齢と味の嗜好性の関係

次週に続く-

引用文献

(1)都甲潔 監修”Biochemical Sensors: Mimicking Gustatory and Olfactory Senses”, Pan Stanford Publishing (2013)

(2)都甲潔”ハイブリッド・レシピ”、飛鳥新社(2009)(2017)

(3)都甲潔 監修 “食品・医薬品のおいしさと安全・安心の確保技術” (2012)

(4)都甲潔”旨いメシには理由がある”、 角川書店(2001)

【著者略歴】
池崎 秀和(いけざき ひでかず)
(株)インテリジェントセンサーテクノロジー 代表取締役社長

1986年 早稲田大学大学院電気工学専攻 修士修了
 同年 アンリツ(株)入社、味覚センサの研究開発に従事
2002年 アンリツ㈱退社
 (株)インテリジェントセンサーテクノロジーを設立
現在 同社代表取締役社長、九州大学客員教授、博士(工学)

受賞歴 :
山崎貞一賞、井上春成賞(いのうえはるしげしょう)、
ものづくり日本大賞特別賞、
飯島記念食品科学振興財団技術賞