スポーツセンシング(3)

仰木裕嗣
慶應義塾大学政策
メディア研究科
兼 環境情報学部 教授

3.今後登場するスポーツセンシングデバイス

3.1 2020年台にはウェアが台頭する

スポーツセンシング技術のうち、研究や商用を問わずこれまでに登場しているものを整理してみると図6のように構成されると筆者なりに考えた。

ここでは、その製品がプロ向けかアマチュア向けか?という軸と研究向けか商用向けか?という二つの軸で表現している。右上はプロフェッショナル向けの製品・サービスであり完全なるB2Bビジネスと言っても良い。そのほとんどはテレビ視聴者向けのサービスか、もしくは審判のジャッジを担保するためのものである。右下の領域は筆者がこれまで開発してきたトップアスリートに特化した個別対応したデバイスであり、これらは決して商用品としては存在し得ないものである。写真は円盤投選手用の6軸センサ搭載のセンサ円盤である。左下領域の事例写真は歩行分析用の大規模面積圧力センサであるが、これは筆者の研究室とNISSHA(株)が共同開発してきたものである7)。ここでもやはり我々の日頃の歩行をありのままに観測したいという要求からまるで絨毯のように敷き詰めて使う世界最大規模の面積の圧力センサを開発してすでに健康診断で導入している。

図6:スポーツセンシングデバイス・システム等の分類

トレーニング、試合のいずれをとっても、「ありのままの振る舞い」を観測するためのウェアラブルデバイス開発と映像技術開発が進むであろうことは疑いない。そのなかでもウェアラブルデバイスについていえば、より自然に選手の動きや生体情報を観測するために、選手の着る衣服、シューズやヘルメットなどがセンサとしての役割を果たすであろう。特にウェアの果たす役割は今後ますます大きくなっていくと考えられる。これには導電繊維の果たす役割が重要である。導電繊維といえば、東レの開発したhitoe™️がその代表格であるが、導電繊維を電極として用いることで心電図や筋電図の計測に用いることが知られている。しかしながら、今後はその導電繊維をさらに活かした応用製品としてのウェアラブルデバイスが登場してくる。その理由は、選手の着るウェアが、「肌に密着している」ということに他ならない。この肌に密着していることは、「皮膚からの情報を得ることに向いている」、ということと同時に「皮膚に情報を伝達することにも向いている」ということである。

3.2 データソースとしてのウェア

スポーツウェアの多くは現在、伸縮性の優れたポリエステル素材が用いられる。導電繊維メーカーの多くは自社の得意とする導電繊維(銅、銀、ステンレスが代表格)とポリエステル繊維とを絡めた糸を量産している。東レのhitoe™️が心電図を計測するように導電繊維は皮膚表面の生体電気信号を計測することに大変向いている。ほかにも近年では繊維によって血圧を測定する技術開発も進んでいる。心電図を日頃から測る人が希少であるのとは対照的に血圧は1日何度も測る人の多いことからその潜在的価値はスポーツにとどまらず莫大であると考えられる。
スポーツであれば運動中に多くの場合汗をかくが、汗からの乳酸計測技術が実用化に至っており8)、皮膚表面に密着しているウェアには乳酸計測がおそらく盛り込まれてくると考えられる。汗中乳酸は血中乳酸と異なりその濃度は薄まっているものの血中乳酸の動態に追いかけるように変化している。生体負荷を示す乳酸はトレーニング強度を知る上で重要な情報であることから、「乳酸値を測れるウェア」は持久系スポーツの陸上やサッカーなどの競技においては大変な魅力である。また乳酸計測の原理は血糖値計測にも転用できることから、そこには背後に大きな市場があると言える。

図7:グレースイメージング社の汗中乳酸センサ(チップ部分のみ)

伸縮性をもつ電線としての役割にくわえて防水という機能を導電繊維に持たせることで身体中に散りばめたセンサ群からのデータを集約するための信号伝達としての役割を持たせることもできる。図はAiQ Smart Clothing社が開発した、AiQ Motionと呼ばれる製品である9)。全身スーツ23カ所に加速度・ジャイロの6軸センサが埋め込まれており、それらが極めて伸縮性のよい4本のステンレス導電繊維でデイジーチェーンでつながり、電力供給と信号の伝送がこの4本を使って行われている。驚くべきことには爪の先ほどの大きさのこの6軸センサにはそれぞれCPUが用意されており、すでにその場で姿勢計算が行われている。すべての体節の姿勢がBluetoothによってPCに送られてリアルタイムでアバターを動かすことができる。さらにはウエアごと丸洗いできるというところにも特徴がある。
これ以外にも近年急速に研究が進んでいる皮膚ガスの計測にもウェアが適していると言える。脂質代謝の指標としてはアセトン、筋活動の情報を示すこともできる一酸化窒素など皮膚表面から排出されている微量なガスは生体内で行われている代謝を知るための指標であり、これらを着用している衣服によって常時モニタリングすることができるようになれば、特に長時間運動をするような種目に対して有効な情報源になる。

図8:AiQ Smart Clothing社製AiQ Motionのデモンストレーション。
画面上のアバターをリアルタイムで動かすことができる。

3.3 データ提示としてのウェア

ウェアが我々の皮膚に密着していることは、情報を皮膚を介して提示することが可能であることも意味している。これにはHapticと呼ばれる圧力感覚(触覚)を用いてユーザーになんらかの情報を提示する方法と、FES(Functional Electrical Stimulation)、EMS(Electrical Muscular Stimulation)と呼ばれる電気刺激によって皮膚から筋を刺激することによって筋肉を動かすタイミングを教えたり、強調して動くべき筋肉群を教えたりする用い方がある。特にスポーツおいてはどのように筋を強調させるのか?はトレーニングで意識していることであるので皮膚電気刺激によるウェアからの情報伝達は需要が高まると予想される。

次週に続く-

参考文献

7) 石塚辰郎、前田時生、山路紗皇、仰木裕嗣、柴山史明、渡津裕次、萩原心一、久保田拓也、関英子、光学式モーションキャプチャシステムと大面積圧力センサを用いた歩行解析、日本機械学会シンポジウム,スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2017

8) https://www.gr-img.com/

9) https://www.synertial.com/


著者紹介

氏名:仰木 裕嗣(おおぎ ゆうじ)
出生:1968年1月 福岡県北九州市生まれ

慶應義塾大学政策・メディア研究科兼環境情報学部 教授
慶應義塾大学スポーツ・ダイナミクス・インフォマティクス・ラボ代表
慶應義塾大学スポーツ・アンド・ヘルスイノベーションコンソーシアム代表

職歴
1997年4月 SPINOUT設立代表(~現在:個人事業としてのスポーツ研究支援会社)
1999年4月 慶應義塾大学環境情報学部嘱託助手
2001年4月 慶應義塾大学環境情報学部専任講師(有期)
2005年4月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科兼環境情報学部助教授
2007年4月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科兼環境情報学部准教授
2016年4月 慶應義塾大学政策・メディア研究科兼環境情報学部教授
2007年3月 豪Griffith University、School of Engineering、Center for Wireless Monitoring and Application、Honorary Associate Professor

専攻分野
スポーツ工学・ スポーツバイオメカニクス・生体計測・無線計測

賞罰
2002年6月 第9回国際水泳科学会議 アルキメデス賞(若手奨励賞)日本人初
2003年2月 TUM Academic Challenge Award、競技スポーツ部門賞

特許M
・コースガイド(特許出願2005-130243、特許公開 2006-304996)
・ゴーグル(特許出願2005-314855、特許公開 2007-124355)
・エネルギー消費量報知装置(特許出願2009-098373)
・スイング動作評価方法、スイング動作評価装置、スイング動作評価システム及びスイング動作評価プログラム(特許出願2008-299478、特許公開2009-50721)