脳シミュレータを用いた感性や思考の評価
Evaluating Mental Information Using Brain Simulators(2)

西田 知史(にしだ さとし)
(国研)情報通信研究機構 未来ICT研究所
脳情報通信融合研究センター 主任研究員
西田 知史

4. 感性・思考の評価における個人差の反映

 同じ画像・映像・テキストを見ていたとしても、人それぞれ異なる感性や思考が引き起こされる。脳情報デコーディングはそのような感性や思考の個人差も読み取れる点が重要である。脳計測が不要な脳情報デコーディングとみなせる脳融合AIにおいても、そのような感性・思考の個人差が推定可能であれば、技術的な価値は大幅に向上する。この可能性を検証するため、私たちの研究グループは、映像と紐づいた87種類の感性・思考ラベルについて、脳融合AIの推定結果が個人差を反映しうるか確認した3)
 まず、個々人の脳応答を用いて学習した脳融合AIを使用してラベルを推定した。次に、推定したラベルの時系列を用いて、推定結果における個人ペア間の距離を算出した。このペア間の距離が個人差のパターンを反映する。そして、脳情報デコーディングによって推定したラベルの時系列を用いて同様の個人間距離を計算し、脳融合AIと脳情報デコーディングで個人間距離に一貫性が存在するか確かめた(図3)。脳情報デコーディングと同様に、脳融合AIにおいても感性や思考の個人差が推定できるのであれば、様々な感性・思考ラベルについて個人間距離の高い一貫性が認められるはずである。

図3 感性・思考の推定結果における個人差の評価
図3 感性・思考の推定結果における個人差の評価

 結果として、87種類のうち81種類のラベルで統計的に有意な一貫性が認められた(図4は一例)。この結果は、ほとんどのラベルにおいて、脳情報デコーディングによって読み取れる内容の個人差が、脳融合AIの推定に反映されていることを示している。したがって、脳融合AIの推定結果は、感性や思考の個人差を反映することが示唆された。

図4 個人差の推定において高い一貫性を示したラベルの例
図4 個人差の推定において高い一貫性を示したラベルの例

5. おわりに

 私たちが開発した脳融合AIは、脳情報デコーディングの社会応用を阻んでいる脳計測技術の限界を、これまでに無いアプローチで解消する画期的な技術である。脳計測不要の脳情報デコーディング技術として利用でき、脳情報デコーディングの社会応用の可能性を格段に高めることができる。また同時に、個人脳の振る舞いを模倣する脳シミュレータとしても利用できる。従来のAIよりも高い性能で、人間の複雑な感性や思考を推定可能にする。以上のことから、脳融合は社会において今後様々なシチュエーションで幅広く使われる、人間の感性や思考を評価するための基盤技術になると期待する。
 脳融合AIは、従来AIが軽視していた脳の模倣を主たる目的とするAIである。そのため、人間を理解し、人間らしく振る舞うAIの実現に貢献する可能性を秘めている。そのようなAIは、AIの目的を人間の価値観に一致させることに問題意識を置き、近年盛んに議論されているAIアラインメントに対しても、解決の糸口をもたらしうる。その結果、人間とAIが真に共生する社会を実現に導く可能性を秘めている。
 さらに重要な特長として、感性・思考の推定における個人差の反映が挙げられる。これは、脳融合AIが個人脳のシミュレータとして利用できる可能性を示している。そのようなシミュレータは、商品のレコメンデーションなど、感性・思考の個人差の推定が重要な商用サービスに極めて有用である。それだけでなく、将来的には脳をデジタルデータとして再現するブレインデジタルツインの基盤技術となる可能性も秘めており、その潜在能力は計り知れない。
 脳融合AIはまだ生まれたばかりの新しい技術であり、今後に向けて改善すべき点は多く存在する。しかし、上述の通り様々な応用の可能性を秘めており、私たちの社会に大きな変革をもたらしうる画期的な技術だといえる。今後の発展に期待してもらいたい。



参考文献

  1. Kawahata K,Wang J,Blanc A,Maeda N,Nishimoto S,Nishida S,Decoding Individual Differences in Mental Information from Human Brain Response Predicted by Convolutional Neural Networks,bioRxiv 2022.05.16.492029, 2022.


【著者紹介】
西田 知史(にしだ さとし)
(国研)情報通信研究機構 未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター 主任研究員

■略歴

  • 2014年 3月京都大学 大学院医学研究科 博士課程修了 博士(医学)
  • 2014年 4月京都大学 こころの未来研究センター 研究員
  • 2014年11月情報通信研究機構 研究員
  • 2015年 4月大阪大学 大学院生命機能研究科 招へい研究員
  • 2019年 4月情報通信研究機構 主任研究員
  • 2020年 4月大阪大学 大学院生命機能研究科 招へい准教授
  • 2020年12月科学技術振興機構 さきがけ兼任研究者
  • 2023年10月北海道大学 人間知・脳・AI研究教育センター 客員研究員
  • 2024年 4月北海道大学 人間知・脳・AI研究教育センター 客員准教授