触感定量化に基づく感性価値創造 Kansei Value Creation based on Tactile Quantification(2)

山﨑 陽一(やまざき よういち)
関西学院大学 工学部/感性価値創造インスティテュート
特任准教授
山﨑 陽一
長田 典子(ながた のりこ)
関西学院大学 工学部 教授
感性価値創造インスティテュート 所長
長田 典子

4.プロダクトデザインへの適用事例

4.1.ふきとり化粧水の処方設計

 この触感計測技術は素材の触感定量化のみならず化粧水の処方設計など幅広く活用されている.本章では,化粧水の処方設計への適用事例を紹介する(5).この事例では,ふきとり化粧水の感性価値である「ふきとり感触」が「肌摩擦感」「ふきとれた実感」の2要素から構成されることを明らかにし(図7(a)),触感計測技術によりそれぞれに影響する振動周波数帯を求め,試作品の化粧水によるふきとり時の振動を計測することでふきとり感触の形成に関わる触感要素の客観計測手法を確立でき(図7(c)),試作品が感性価値を高めているかを評価することが可能になった.この計測手法を用いて,ふきとり触感を高めた製品開発に取り組み,ふきとり化粧水の感性価値を最大にする処方設計を実現した(図7(d)).

図7 化粧水の処方設計
図7 化粧水の処方設計

4.2.所望のテクスチャ触感を有するハイトマップの自動生成

 ここでは触感定量化技術を用いたテクスチャ触感の制御について述べる(6)。当該研究は、自動車内装材の意匠に用いられるシボを対象とし、その表面の凹凸形状(ハイトマップ)を制御することで、所望の触感を有するシボの生成を実現する.図8は,本研究で構築したデジタル触感生成システムの概要を示したものである.まず,シボ触感について指標化・定量化を行った.その結果として,シボのテクスチャ触感として「スマートさ(滑らかさ)」「しっとり感」「硬軟感」の3要素を見出した.次に,シボのハイトマップから皮膚の接触領域を考慮することで,触感形成に寄与する情報のみをハイトマップ特徴量として抽出し,触感指標との関係を分析し,触感予測モデルを構築した.これによりハイトマップからシボ触感予測を高い精度で予測できるようになった.さらにこのモデルは,ハイトマップの情報を入力,触感を出力とする関数としてみなすことができ,これを数理計画法の枠組みに適用することで,所望の触感を提供するハイトマップの生成を可能にした.この生成方法の妥当性を検証するため,代表的な3種類のシボ(梨地,革,ヘアライン)について,「スマートさ」「しっとり感」を高めたハイトマップデータを生成した.生成されたハイトマップが所望の触感を提供するかを検証するため,データに基づき金型を作成し,実際にシボ板を作成し評価した.その結果として,生成したハイトマップは,生成元のシボに対して所望の触感が高まっており,生成手法の妥当性を確認した.

図8 デジタル触感生成システム
図8 デジタル触感生成システム

5.まとめ

 本稿では,感性指標化アーキテクチャに基づいた触感の定量化技術について,特に触感計測とプロダクトデザインでの活用事例を紹介した.さらにシボのテクスチャ触感を対象に,定量化により得られたモデルを数理計画法の枠組みで活用することで所望の触感を提供するハイトマップの生成が可能であることを示し,プロダクトデザインにおける触感定量化技術の有効性を示した.また,この取り組みは触覚情報のデジタル化に資するものである.著者らは,触感定量化技術に基づいた物性表現の枠組みとしてFDDF(Force-Displacement Distribution Function)を提案している(7).今後の展開として,触感を学習したよりヒトに近い感覚・感性構造を有するAIが実現され,これにより個人により最適なプロダクトやサービスのカスタマイズが可能になると期待される.また,この取り組を介して,一人ひとりの感性が尊重される社会,すなわち豊かで持続可能な社会の実現に貢献することができると考えている.



参考文献

  1. 浅井健史, 山﨑陽一, 谿雄祐, 飛谷謙介, 山元裕美, 長田典子, ふきとり時の触感が優れたふきとり化粧水の感性評価, 日本化粧品技術者会誌, Vol.55, No.1, pp. 36-44 (2021)
  2. 山﨑陽一, 谿雄祐, 飛谷謙介, 井村誠孝, 長田典子, 楠見昌司: 感性に響く触感創生手法の検討, 公益財団法人自動車技術会2018年春季大会学術講演会講演予稿集, 20185137 (2018)
  3. Y. Yamazaki, M. Imura, M. Nakatani, S. Osanai, N. Nagata, H. Tanaka, Feature quantification of material texture perception using a force-displacement relationship. Proc. 2021 IEEE World Haptics Conference (WHC), 1157 (2021)


【著者紹介】

山﨑 陽一(やまざき よういち)
関西学院大学 工学部/感性価値創造インスティテュート 特任准教授

■略歴
2012年4月 愛知県立大学大学院情報科学研究科 博士(情報科学)取得
2011年4月〜2016年3月 公益財団法人科学技術交流財団 知の拠点重点研究プロジェクト統括部 研究員
2011年4月〜2016年3月 愛知県立大学情報科学共同研究所 客員共同研究員
2016年4月〜現在に至る 関西学院大学 工学部/感性価値創造インスティテュート 特任准教授

専門は,感性工学,生体医工学,生体シミュレーション,医用画像処理等.(公)科学技術交流財団では,血流刺激に対する血管の動きを血管壁を構成する細胞の振る舞いから説明可能なマルチスケールモデルの開発とその応用に関する研究に従事.関西学院大学では,モノと感性の定量化技術及びプロダクトデザインへの応用に関する研究に従事.

長田 典子(ながた のりこ)
関西学院大学 工学部 教授 / 感性価値創造インスティテュート 所長

■略歴
1983年京都大学理学部数学系卒業,同年三菱電機(株)入社
産業システム研究所においてマシンビジョンの研究開発に従事
1996年大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程修了
2003年より関西学院大学理工学部情報科学科助教授
2007年同教授
2009年米国パデュー大学客員研究員
2013年感性価値創造研究センター長
2015年革新的イノベーション創出プログラム
「感性とデジタル製造を直結し,生活者の創造性を拡張するファブ地球社会創造拠点」サテライトリーダー
2020年感性価値創造インスティテュート所長.博士(工学).専門は感性工学,メディア工学等.
著書「感性情報処理」(共著)他

2013年文部科学大臣表彰科学技術賞(科学技術振興部門),2023年兵庫県科学賞受賞