交流磁界分布の可視化技術(2)

田上 周路(たうえ しゅうじ)
高知工科大学
システム工学群電子・光システム工学専攻
准教授
田上 周路

4. 交流電流によって生じる磁界分布と信号源位置推定

 実験系の概略図を図5に示す.セシウムD2線(852 nm)に調整されたDistributed feed-back (DFB) laserから照射された光はコリメートされた後に円偏光されてガラスセルを透過させた.ガラスセルを透過した光はDMDのミラーアレイ面にレンズを用いて結像され,画素要素となる領域の反射光のみフォトディテクタ(PD)に受光される.PDによって得られた各画素要素の信号はロックインアンプ (LIA)によって位相敏感検波され,測定対象となる磁界の周波数成分のみを抽出した.さらに,直交する2位相を分離することで感度を有する2方向の成分を分離した.地磁気と静磁界B0の調整には3軸ヘルムホルツコイルを用いた.測定対象となる磁界には,直径0.5 mmの極細導線を用い,信号発生器 (FG)に接続することで70 kHz, 10 mAの交流電流を印加し,導線周囲に発生する交流磁界の測定を行った.

図5 構築した実験光学系
図5 構築した実験光学系

 図6に測定中のガラスセルと貼り付けられた金属線の画像を示す.ガラスセルの上部に薄膜化したセシウムが確認できるが,光が透過する磁界測定領域は薄膜の無い透明な空間であり直径10 mmの円形の光を照射した.導線は光照射領域の真横に光軸と平行となるように貼り付けた.

図6 測定に用いたガラスセルと貼り付けた金属線
図6 測定に用いたガラスセルと貼り付けた金属線

 図7にDMDの画素要素を50×50に分解して得られた磁界強度の分布画像を示す.黄色い2本の破線がガラスセル内壁を示し,それらに囲まれた領域内部の円形部分が光透過領域であり磁界センサとして動作している.金属線の位置は白い点線の円で示しており,金属線に近接する位置で信号強度が増加している.この磁界分布画像を用いて信号源の位置推定を行った結果,ガラスセル内壁よりy軸方向に−1.41 mmと推定され,実際の金属線の内部を示した 5)

図7 金属線から発生した磁界強度分布の測定結果
図7 金属線から発生した磁界強度分布の測定結果

 次に,LIAによって分離された直交する2位相成分について解析を行った.感度を有するx軸とs軸の磁界方向成分に分離し,s軸方向の強度をy軸方向の強度に換算し, x軸とy軸方向成分のベクトルマップとした結果を図8に示す.金属線を中心として,アンペールの法則で知られる同心円上の磁界が金属線付近で大きく,距離につれて減衰していることが確認できる.

図8 金属線からの磁界について,x方向とy方向の磁界成分によって得られたベクトルマップ
図8 金属線からの磁界について,x方向とy方向の磁界成分によって得られたベクトルマップ

5. シングルピクセルイメージングの適用

 磁界分布の画像化において,より高い空間分解能での測定は磁界分布の評価制度の向上に繋がる.DMDを用いて空間分解能を向上させるには画素要素のサイズを小さくする必要がある.しかし,フォトディテクタへ入射される光強度は画素要素サイズに比例するため,高空間分解能化によるS/N比の低下が画像化の妨げとなる.そこで,DMDにランダムパターンや構造化パターンを次々と表示させ,そのパターンに対する信号強度との相関から画像化を行うシングルピクセルイメージング(SPI) 6) を適用させる.SPIを適用させることでガラスセルを透過した光強度のうち,理論的には約半分の光強度がDMDから反射されてPDで受光される.このため,画素要素をスキャンさせる方法に比べてS/N比の向上が期待できる.
 SPIの有効性を実証するため,画素要素のスキャンとSPIとの画像化比較を行った.図9にセンサ部分の写真を示す.測定対象には,直径10 mmのコイルをガラスセル上方に配置し,FGに接続することでコイルから発生する磁界分布を赤い点線の領域で測定した.測定回数は画素数と同じとし,SPIには画素数と同じ数のhadamard行列に基づくパターンをDMDに表示させて画像を再構成した.測定結果を図10に示す.図10(a)と(c)は画素数32×32でのスキャンとSPIによる画像をそれぞれ示しており,どちらも上方のコイルから発生した磁界強度が下方に行くにつれて減衰している.同様に,図10(b)と(d)は画素数64×64でのスキャンとSPIによる画像をそれぞれ示しており,スキャンでは受光強度の低下によって画像化できないが,SPIでは上方から下方にかけて磁界強度の減衰分布が確認できる.

図9 ガラスセル上部にコイルを配置した実験系
図9 ガラスセル上部にコイルを配置した実験系
図10  上方に配置したコイルからの磁界分布の,走査とSPIによる測定結果
図10 上方に配置したコイルからの磁界分布の,走査とSPIによる測定結果

 SPIによる効果は受光強度の増大によるS/N比の改善だけでなく,環境磁場ノイズへのロバスト性がある.測定時における地磁気の変動や近傍の電子機器からの低周波ノイズに対して,スキャンでは走査方向に線状のノイズが画像に重畳されるが,SPIでは影響が低減されることを実験によって確認している.さらに,圧縮センシングの技術を取り入れることで,測定回数を低減しても良好な画像を取得できることを実験によって実証している.

6. おわりに

 本稿では,光ポンピング磁界センサとDMDを用いて,サブミリメートルの空間分解能を有する磁界分布の可視化技術について簡単な実験結果を交えて紹介した.本手法は光の非侵襲性と並列性を利用した可視化技術であり,漏洩磁場計測や非破壊検査といった産業応用だけでなく,磁気微粒子の位置検出といった医療応用へも利用できる.今後ガラスセルの大型化やセンサの多点化,コイルプローブとの併用などによって,より広範囲で高精度そして高速な磁界分布の可視化が期待される.



参考資料

  1. S. Taue and Y. Toyota, “Signal-source estimation from magnetic field image obtained using atomic magnetometer and digital micro-mirror device,” Opt. Rev., vol.27, pp.258–263, 2020.
  2. https://optronics-media.com/publication/%E8%8B%A5%E6%89%8B%E7%A0%94%E7%A9%B6%E8%80%85%E3%81%AE%E6%8C%91%E6%88%A6/20170403/46219/


【著者紹介】
田上 周路(たうえ しゅうじ)
高知工科大学システム工学群電子・光システム工学専攻 准教授

■略歴

  • 2005年学位取得 博士(工学)(徳島大学)
  • 2005年広島大学非常勤職員(産学連携センター) 講師
  • 2007年京都大学有期雇用教職員 工学研究科・研究員
  • 2009年京都大学先端医工学研究ユニット 特定助教
  • 2011年岡山大学大学院自然科学研究科電子情報システム工学専攻 助教
  • 2018年高知工科大学システム工学群電子・光システム工学専攻