特別寄稿「センシング技術は如何に社会に貢献するのか」

小林 彬(こばやし あきら)
東京工業大学名誉教授
一般社団法人次世代センサ協議会会長
小林 彬

はじめに

 多方面においてセンシング技術への強い期待が寄せられている。計測技術の長い歴史を振り返ってみても、その時代のその時の状況の要請に従い様々な役割を果たし、多くの社会的貢献を為し続けてきたことが分かる。今、その延長線上にあって、計測技術は今後も益々種々の貢献に寄与して行くものと考えられる。
 しかし、そのようなことが一般にどれでだけ認識されているかと言えば、「知る人ぞ知る」の範疇に近いというのがその現状ではなかろうか。計測技術者としては極めて残念な状況ではある。
 そこで以下では、計測技術の役割を改めて見直すと共に、計測技術の正しい利活用が、公正な世の中の活動を齎すものであることをいくつかの視点から述べることとする。

1.計測技術の歴史の概観

 周知のように計測技術には度量衡に始まり現在に至るまで極めて長い歴史が有り、土木工学にも匹敵するものであり、社会の変遷に伴い、新しい機能を付加・実現すると共に、その時代の要請に応じた様々な役割を果たして来た。
 その役割の変遷を概観すれば図1のようなことが伺われる。

図1 計測技術の役割の変遷
図1 計測技術の役割の変遷

 税金が穀物の体積で納められた時代、徴税時の升は大きく、給料支払い時の升は小さくするようなことが起きれば公正さを欠くことは明らかで、計測の標準化は社会的に重要である。計測の客観性が公正さの基盤となる。
 また、地動説で有名なガリレオ・ガリレイは実務において望遠鏡の制作に熱心で、いち早く敵船の到来を検知し、有効で正確な軍事情報の獲得・提供に寄与したと言われている。勿論、一方で、現象を究めることを通じ物理学等真理の探究に大きく貢献してきたことも事実である。
 他方、計測の歴史を、計測すべき量の種類の個数及びその質の変遷の観点から概観して見た物が以下の図2である。

図2 計測量種類の量的・質的増大の歴史
図2 計測量種類の量的・質的増大の歴史

 図2において重要なことは、20世紀半ば、第二次世界大戦後いわゆるオートメーションが始まったが、この本質は、製造業における製造工程の機器計測化・自動化であり、センシング技術の別の効用が発揮され、同時に計測すべき量の種類の爆発的増加が起きていることで、極めて興味深い。
 また、単に物理量に留まらない感覚量や安全・安心にまつわる新しいインデックス(指標)を介在させた安全社会の構築にも寄与しようとしていることも留意すべきで、安全・安心を客観的に保証できるのは計測技術だけである。(図3参照)

図3 安全・安心を客観的に確認するセンシング技術
図3 安全・安心を客観的に確認するセンシング技術

2.DX化が叫ばれる中で

 周知のように、DX(Digital Transformation)とは、スウェーデンのウメオ大学教授であるエリック・ストルターマン氏が2004年に提唱した概念で、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」とされる1)
 また、企業がビジネス環境の激しい変化に対応する為に、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを考慮し、製品やサービス、ビジネスモデルを進化させ、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性確保を目指すことでもある2)
 データとデジタル技術を活用する点がポイントであり、どのようなデータを利用しどのようなデジタル技術と連携させるのかが問題解決の鍵で、ここにもセンシング技術が果たすべき新たな役割がある。しかも広範囲の多様性と可能性があることは想像に難くない。
 即ち、正にビッグデータの領域に該当するものでもあり、対象を広義の社会システムとして認識し、その状況・状態のオンライン的把握を目指すべきことは必然である。そうだとすれば、そこには、センシング技術の側面から考えて潜在的で未開の膨大な分野が広がっている。
 この場合、DXを実現する中核をなすのはSoT、IoT、AIであり、それらの緊密な連携が図られるようシステム構成を工夫することが重要である3)。(図4参照)
 なお、三者の緊密な連携により目指すものは、システムの広い意味での品質を確認する有効な評価インデックスの創出であり、その意味での新センシング系の実現である。
ここで、SoT、IoT、AIの意味と役割分担は以下の通りである。

  • SoT:Sensor of Things
    所要の箇所にセンサを積極的に設置し、必要なデータをオンライン的に拾い挙げる考え方で、IoTに併行する形で主張されている。
  • IoT:Internet of Things
    インターネットによるデータの効果的伝送・収集システム
  • AI:データの活用
    新たなセンシング技術を創出する様々なアルゴリズムの開発
図4 DXの実現:SoT、IoT、AIの緊密な連携活用
図4 DXの実現:SoT、IoT、AIの緊密な連携活用

3.膨大で潜在的な新センシング技術市場の開拓

 センシング技術の新たな役割を考える上で重要なことは、センシング技術が何に適用されようとしているのかである。
 この点、従来センシング技術が、自動車産業やプロセス産業を中核とする製造業において利活用されてきたのに対し、今後は社会インフラを始めとし、これまでとは全く異なる非製造業分野への適用分野拡大への機運が高まっているのは見過ごすことのできない大きな変化である。
 即ち、センシング技術から見たとき、対象の状況を示すパラメータの機器計測化、見える化、情報化が遅れている、あるいはそれらがほとんど実施されていない領域・分野が新分野であり、図5に示すように数限りなく存在している。(図5参照)

図5 潜在的で膨大なセンシングニーズの開拓
図5 潜在的で膨大なセンシングニーズの開拓

 そのような分野は極めて広く、多種・多様であり、具体的ニーズは必ずしも明確にはなっていない。その意味でニーズは潜在的である。しかし膨大な多量のセンシングニーズがあるとされる。また、分野が異なれば、見える化すべき評価インデックスも異なってくるものであり、評価インデックスを確立するためには、その顕在化手法の開発を鋭意検討しなければならない。

4.新分野への展開と新しいセンシング技術の開発

 前述したように、SoT、IoT、AIの緊密な連携によりDX化を始める訳であるが、これに伴い新しい分野へ展開する為のセンシング技術の開発に直面することになる。
 ここで重要なことは、新しい分野ということは単にこれまでと異なる分野ということ以上に、その分野にとっても新しい「こと」を始めることを意味し、それによって世の中が変わって行くと言う事である。また、新しいということは、何らかの意味で、新しい機能が提供されたり、これまで以上の性能向上が図られたりすることの筈である。
 従って、世の中を変化させる為には、それなりの新しい機能・性能を持つシステムの実現が要求される。さらに、新しい機能・性能を持つシステムが実現されたかを客観的に確認・保証することも必要となる。その為には然るべき観点からの客観的評価は必須で、この役割を担うのが正にセンシング技術である。
 即ち、センシング技術の新分野への展開に伴い、新しい評価の観点に立った、新しい測定項目への対応(評価インデックスの創出と評価アルゴリズムの整備)が要求され、ここには、新システムが新測定項目を要求するばかりでなく、逆に新測定項目が新システムの誕生を促すと言った、双方向のインスピレーション(inspiration)関係が見出されるのである。
 なお、分野が異なることによる測定項目等の違いを製造業(例えばプロセス産業)と非製造業(例えば社会インフラ;道路橋梁)とで比較した例が図6である。(図6参照)

図6 分野が違えばセンシング技術も異なる
図6 分野が違えばセンシング技術も異なる

 図6にも見られるように、「センサを制する者はシステムを制する!」の言葉にある通りであり、このような効用を考えると、センシング技術が世の中を向上させまた変革させる原動力ともなることが分かるが、これはセンシング技術が社会に貢献できるまた別の側面であり、留意すべき役割である。

5.センシング技術導入の効用:生産性向上1.0 から 2.0へ

 既に触れたように、嘗て、オートメーション化の時代、デジタル技術活用は多くはなかったかもしれないが、今から振り返ってみると、DX化の先触れではあった。そこでは結果として製造業における生産性向上が図られ、世の中は大きく変化した。
 今改めて、DX化が叫ばれ、製造業の分野を越え、一般社会を中心に、センシング技術の展開がされようとしており、そのことの新たな意味は、人間作業に関わるリードタイム短縮を核とする新たな生産性向上にあると考えられる。
 人間社会における活動形態を大胆に分類すれば次の3形態がある。

  1. ① 製造作業
    製造業に代表される、製造設備を用いる製造作業
  2. ② 社会インフラ作業
    交通インフラ等、社会インフラ設備を利用して実現される作業
  3. ③ 人間作業
    行政活動を始め、社会規範・人間の判断・行動に基づき行われる、広くサービス作業

 この内、①は過去オートメーション化の実績もありDX化が最も進んでいる作業である。勿論、今後も更なる進化を目指し、持続的開発がなされることを期待したい。
 一方、②は、近年世間の検討対象となり、様々な技術開発も行われ、今後開発されたセンシング技術の社会実装が展開される作業である。
 他方、③は、最もDX化が遅れている、未開拓な作業分野で、ここでの機器計測化・見える化。自動化のため種々センシング技術を開発すべき作業であり、この分野を開拓することで大きく世の中が変革されると考えられる。
 この点に気付いていない人が多いかもしれないが、結果として社会に大きな影響を与える要因になり得るのである。即ち、リードタイムの短さは「もの・こと」を変革させるスピードそのものであり、ビジネスにおける競争の原点でもある。
 ここで、オートメーション化の時代の生産性向上を「生産性向上1.0」と呼ぶとすると、新たな生産性向上は「生産性向上2.0」と呼ぶのが相応しい。なお、図7は両者を比較してその特徴を図式化したものである。

図7 生産性向上1.0と2.0の対比
図7 生産性向上1.0と2.0の対比

 図7に関し、自然災害減災ついて、センシング技術の複合計測化、予測技術の必要性等、センシング技術の新しい役割と期待が議論されているが、ここでは割愛したい。
ともかく、センシング技術には社会の変革に向け多様な可能性があり、正に、社会のDX化における基盤技術を担うものである。

6.客観的事実の提供を目指して

 前章までにおいて、センシング技術を俯瞰的に捉えたとき、社会的貢献としてどのようなことに寄与できるのかを考えてきたが、最後にセンシング技術の持つ特殊であるが重要な役割について2・3述べることにしたい。
 これは、一般には意識されていないかも知れないが、センシング技術の役割として一番大切なことが「客観的で冷静に、対象の状況につき正しく情報を収集し、それを示しつつ、場合によって事実の検証を行うこと」にあることに関係している。

6.1 サッカー競技におけるVAR(ビデオアシスタントレフリー)の衝撃

 未だ記憶に新しい人もいると思うが、サッカーのカタール・ワールドカップ(W杯)で、日本は2022年12月1日、スペインに2-1で逆転勝ちし、決勝トーナメント進出を決めた。1-1の後半6分に田中碧が2点目を入れたが、直前にゴールラインを越えていたのではないかと海外で論争に発展した。これに決着をつけたのがVARで、FIFAは「使用できる証拠では、ボールは完全には外に出ていなかった」と見解を示している。
 使用できる証拠の内にVARが入っていると考えるが、以下は、筆者のセンシング技術者としての私見も交えた見解である。
 テレビ放送によれば、基本情報は、多方向からの有効なビデオ画像を採用し、問題となる瞬間にボールがどの位置にいたのかを同時分析した画像を明示するものであった。この場合次のようなことがポイントになると考えられる。

  1. 問題となる瞬間(田中碧がボールを蹴った時刻)の特定:画像のフレームレート(何枚/秒)は
  2. その時刻にボールを写している多方向からの画像の切り出し:ビデオ画像間の時刻同期性は
  3. 多方向からの画像情報と三角測量的解析によるボール位置の同定
  4. ゴールラインとボール位置の関係を明らかにする画像の表示

 以上のような処理に基づくと考えられる情報が提供され、その上で、ボールは完全には外に出ていなかったと決定された。ルール上は審判が最終判断するものとされている。
 我々の立場から考えれば、人間の知覚では追いつけない状況の判断について、客観的で冷静に必要な情報を把握するものがセンシング技術である。
 なお、以上のような処理は、バトミントンや硬式テニスの分野でもオンライン判定に用いられており、今後益々利用の輪が広がると想像される。

6.2 数値モデル出力は現実ではない:現実を把握するのはセンシング技術

 デジタル技術が大きな発展を示しその利用は広く行き渡り、社会的にも多くの恩恵を受けている。その便利さは言うまでもなく、チャットGDPに見られるようにその可能性は通常の人間の活動の範囲を脅かすまでになろうとしている。
 しかし、数値モデルの出力は飽くまで数値出力値であり現実ではない点は充分留意して対応する必要がある。勿論、程度の差の範囲に収まることは多く、その効用もある。天気予報を取り上げてみても、予報がそう正確ではないことを知りつつも、適当な対応を準備することは我々も日常よく経験することである。一方、予報には洪水予想がなかったのに、洪水が発生したということになればことは重大であり、このような意味では数値モデルの精度を今後も持続的に向上させて行くことが望ましい。
 問題は両者に基本的差違が生じた場合である。ややもすると、経済性や簡便さから数値モデル出力に引きずられるケースが見られるとの話も聞くが、本末転倒であり、センシング技術による現実の正しい把握を基本としなければならない。
 数値モデル出力(計算機シミュレーション)が現実と異なる最大の問題点は、現実には起こり得る現象への影響要因を全て隈なく考慮することが難しい点にある。(現実には発生している、分布的境界条件、突発的・予想外的状況要因、等)

6.3 計測による事実の確認無くして何の証明・検証か

 最近の傾向として、大学等教育研究機関において、講義も含めセンシング技術への関心が薄らいでいるとの話を聞くことがある。大学等においては、新しい技術・理論が創造されその新規性が競われる訳であるが、事実として新しい「物」が創出されたことが証明・検証されなければ議論は無意味である。
 この点、証明・検証手段として計算機シミュレーションが用いられているのは問題が多い。数値モデルは現実ではないからで、先ず、数値モデルが現実を高精度に近似するものであることを証明するまたはそれが保証されていることが大前提で、このためには、センシング技術により現実を正しく把握する必要がある。単に計算機シミュレーションだけでは証明・検証にはならないのである。

おわりに

 以上、センシング技術が社会に如何に貢献するのかに就いて考察した。幅広い貢献につき実績もあり今後の可能性も多大である。従って、センシング技術の重要性を改めて再認識すると共に、その利活用に鋭意努め、延いては、潜在的なセンシングニーズを開拓し、膨大なセンシング市場を実現しようではありませんか!



参考文献

  1. https://www.i-learning.jp/topics/column/useful/digitaltransformation.html
  2. https://www.sas.com
  3. 小林彬:センシング技術のDX 社会に向けた役割と将来展望、計測と制御、第62巻第07号(2023年7月)


【著者紹介】
小林 彬(こばやし あきら)
東京工業大学 大学院理工学研究科 機械制御システム専攻 教授
東京工業大学 名誉教授
次世代センサ協議会 会長

■略歴
昭和44年03月 東工大理工学研究科博士課程修了(制御工学専攻)、工学博士
昭和44年04月 東工大工学部 助手 (1969.04)
昭和50年08月 東工大工学部 助教授 (1975.08)
昭和62年12月 東工大工学部 制御工学科 教授 (1987.12)
平成5年4月  東工大工学部 制御システム工学科 教授 (1993.4.)
平成6年4月  東工大総合情報処理センター教育・研究専門委員会委員
平成12年4月 東京工業大学 大学院理工学研究科 機械制御システム専攻
平成13年4月~平成15年3月
東京工業大学 保険管理センター所長
平成17年03月 東京工業大学 大学院理工学研究科 定年退職 東京工業大学名誉教授
平成17年04月 大学評価学位授与機構客員教授
平成17年04月 帝京平成大学現代ライフ学部教授
平成22年04月 帝京平成大学現代健康メディカル学部教授
平成24年03月 帝京平成大学定年退職

■賞罰
昭和48年08月 計測自動制御学会学術論文賞受賞
昭和55年08月 計測自動制御学会学術論文賞受賞
昭和61年07月 計測自動制御学会学術論文賞受賞
平成5年5月 日本ファジィ学会;著述賞。「あいまいとファジィ」
電気学会編、オーム社発行(1991)
平成4年10月 (社)日本産業用ロボット工業会;工業会活動功労者賞
平成8年07月 計測自動制御学会フェロー受称
平成17年08月 計測自動制御学会学術論文賞受賞
平成15年10月 東京都科学技術振興功労者賞
平成23年10月 経済産業省産業技術環境局長