SUCS適用領域とユースケースのイメージ(2)

新井 康祐(あらい やすひろ)
(一社)次世代センサ協議会
新井 康祐

4. センサ・AIが拡張する世界

 センサ・ネットワークに限らず新規ビジネスは通常、「課題の普遍性が高く、解決の難易度が低い」、図4の右下から始まる。普遍性が高ければ市場が大きく、解決の難易度が低ければ投資が少なくてすむからだ。
 しかし、右下の領域は、参入障壁が低いので、やがて競争相手が増えて市場が飽和する。
すると、次に狙うところは 「普遍性が高く、難易度がやや高い(図の上方向)」 か 「普遍性がやや低く、解決の難易度が低い(図の左方向)」、いずれかの方向に進んでいくことになる。次第に、ここから先は市場が小さすぎて投資を回収できない、ここから先は難易度が高すぎて投資を回収できないという 「経済合理性の限界」 に直面する。(出所:山口周「ビジネスの未来」)
 この限界を超えてゆくものの一つが「センサ・AI」であり、2つの方向が考えられる。

図4 センサ・AIが拡張する世界
図4 センサ・AIが拡張する世界

4.1 テクノロジー進化で難課題を解決:図の上方向へ伸びる。

 地球温暖化への対策検討に活用される地球シミュレーション、交通事故撲滅や買い物弱者支援のための自動運転、難病・感染症に対抗する創薬などはこれまで実現が難しかった。しかし、センサ・AIのテクノロジー進化によって道が開かれつつある。

4.2 データ活用で多様性社会を実現:図の左方向へ伸びる。

 認知症高齢者や障がい者サポートでは医師や職員が個々に診察・電話問診できれば良いのだが、それはなかなか難しいという。これからはAI・データ分析によって全ての人々の個人に合わせたサービス提供が可能になりつつある。
 これまでは質と量がトレードオフの関係だったので平均値的なサービスしか届けられなかった。例えば、血圧の基準値も、学会のガイドラインでは140/90mmHgが高血圧の基準とされている。けれども、そもそも血圧の基準値を性別、年令に関係なく一律に考えてよいのかという考えもある。

5 テクノロジー進化で難課題を解決:従来取得困難だったIoTデータの取得

 高度IT、IoT 社会が進むことにより人々のライフスタイルも大きく変化し、価値観も多様化してきた。日本はより豊かになる一方で、「少子高齢化対策」「地球環境維持」などの社会課題を抱えている。
 これらに対してセンサ・AIで解決策を求める方向がある。従来のセンシング技術では困難であったデータを取得することで、例えば、インフルエンザや新型コロナウィルスを検知出来れば対策を早期に講じることが可能になり、その結果ウィルス拡散を未然に防ぐことが出来るようになる。また、設備・インフラの維持管理を行っていた作業にて、従来のセンサでは取得できない様な僅かな測定データを取得できれば、大きな故障や事故の発生を未然に防ぐことができるようになる。

図5 IoTデータの取得
図5 IoTデータの取得
図6 取得困難だったIoTデータ
図6 取得困難だったIoTデータ

これらのIoTデータは以下のように区分できる。

(1) Society 4.0での人間による入力データ 例えば、購入履歴・リコメンド、SNS、グルメ情報、フェイクニュースなどであり、IT 企業を中心として膨大な情報が蓄積、利用されている。 (2) Society 5.0でのセンサなどを介して収集されるIoT データ 例えば、カーナビでのGPSデータや製造機械に設置したセンサから出力される振動データ、スマホのカメラで撮影されてクラウドに収集される画像データなどが挙げられる。 (3) Society 5.0でも現在の技術では取得できていないIoTデータ ヘルスケア分野では、微少なバイオマーカーの検出が出来れば、尿や血液等からガンや心臓病の予兆検知が可能となり、社会課題を解決すると同時に新たな産業を生み出す可能性も高い。このように、現状の技術では取得困難なデータを取得し利活用することが社会課題の解決に必要である。

 例えば、人生100年社会を実現するためのヒトの僅かな体調変化情報や、道路・トンネル・橋梁など社会インフラの点検での微妙な音の変化や触覚変化情報を取得可能なセンサを開発できれば、社会課題解決を大きく前進できる。
 これを実現させるためにSUCSがサポートできる領域がある。SUCSのA/D変換・無線通信・電源の各ユニットは多種用意されるので、実証実験のためのユニット開発を気にせずに、センサ部の開発に集中できる。また、新規センシング項目を、複数種センサの組み合わせで実現する場合にもSUCSが役に立つだろう。

6. データ活用で多様性社会を実現:センサを活用した予知防災・減災社会

 豪雨が発生した際に、土砂災害によって住民の生命・身体に危害が生ずるおそれがある区域は、土砂災害警戒区域/特別警戒区域併せて111万カ所に及ぶ。(令和2年3月末現在)。
 起伏が多い日本の国土では土砂災害の危険性はいたる所に存在しており、現場状況の迅速かつ的確な把握のためにはセンサを可能な限り増やしていくことが必要である。
 応用地質株式会社は、地面の傾斜の変化をキャッチする表層傾斜計(クリノポール)や河川の氾濫を監視する冠水センサ(冠すいっち)を設置し、センサから得られたデータをクラウド上で集約している。この2つのセンサデータに雨量などの気象データを加えることで、斜面の崩落によって発生する土砂災害、増水によって発生する河川氾濫の危険度を判定する。
 斜面の変化をセンシングする表層傾斜計による危険度判定では、同じ変位量でもその地点の地形・地質・標高データなどによって崩落危険度の評価が大きく変わるので、熟練技術者がデータ分析・総合判断して、地点ごとに、危険度判定となる変位量閾値を設定している。また、センサの設置でも、崩落のきっかけとなる地点を見つけ出すのに熟練技術者の知見やノウハウが必要で、地形を読み解く高度なスキルを持つ技術者が設置最適地点を抽出している。
 このような、地形などの多様な環境条件によって、その対応が異なる仕事を人手だけに頼るのには限界が出てくる。

図7 応用地質(株)のハザードマッピングセンサソリューション(応用地質提供)
図7 応用地質(株)のハザードマッピングセンサソリューション
(応用地質提供)
図8 地形、地質、標高データからAIにより斜面崩壊危険箇所を抽出(応用地質提供)
図8 地形、地質、標高データからAIにより斜面崩壊危険箇所を抽出
(応用地質提供)

 同社では、これら技術者が抽出した結果や考え方のプロセスを教師データにして機械学習のアルゴリズムを開発した。これによって、熟練技術者による人手による作業と比べ、約100分の1の時間で地点抽出が可能になり、一次スクリーニングとしては十分な再現率と適合率になっているそうだ。
 地形など地点ごとの個々の環境に応じた土砂災害の予知は、条件が多様で 属人的で 課題の普遍性が低く 経済合理性の限界にあるかに見えるところを、センサ・AIを駆使して乗り越えた好事例といえる。(出所:スマートIoT推進フォーラム【ここに注目!IoT先進企業訪問記(55)】センサを活用した予知防災・減災の実現をめざす応用地質地質:https://smartiot-forum.jp/iot-val-team/mailmagazine/mailmaga-20211022

7.センサ・ネットワークへのSUCS活用

 ここまで、センサ・ネットワークの展開を「解決の難易度」と「課題の普遍性」の2軸で見てきた。
「i. テクノロジー進化で難課題を解決」では、社会課題を解決するため、微少ウィルス検知、微少ガス検知など従来取得困難だったIoTデータ取得が求められていることを例示した。それが新たな産業を生み出すと考えられており、実現のためにSUCSがサポートできる領域があることを示した。
「ⅱ. データ活用で多様性社会を実現」では、多様な環境条件をのもとでの予知防災・減災に取り組まれている応用地質(株)の事例を紹介した。地形・地質・標高など地点ごとの個々の環境条件に応じた土砂災害の予知は、一見 普遍性が低いように思えるが、同社はセンサ・AIを駆使して経済合理性の限界を乗り越えている。また冠水・雨量など他のセンサ情報を組み合わせて土砂災害、河川氾濫の危険度を判定しており、SUCSのような多様性にマッチングのある機能が適しているようだ。
 IoTは多様なユーザの使い方やニーズ、事情に合わせて、ITシステムとして実現されることで価値を生む。市場でIoTの普及が強く求められ、ライフスタイル・人々の価値観の多様化が進む中で、画一的な大量生産・大量消費のスタイルでは立ち行かない。社会の変化に伴い、センシングも“変化”してくる。
 これからは、ヒトの健康維持、複雑な五感の知覚機能、複数の環境要素を組み合わせた、複雑で多様なデータ取得が求められてくる。そしてSUCSのような多様性に富んだセンサ・ネットワークとソフトウェア(AI)との融合が求められると考える。

おわりに

 以上、「SUCS適用領域とユースケースのイメージ」を考察した。新技術SUCSが社会課題解決の一助になることを期待する。



参考文献

  1. 今後のセンシングは如何に進化するのか 小林彬:https://sensait.jp/20360/
  2. IoT&ビッグデータ時代におけるセンサ・センシング技術を探る 小林彬 環境試験技術報告 第 14 回試験技術ワークショップ
  3. ビジネスの未来 山口周 プレジデント社
  4. スマートIoT推進フォーラム【ここに注目!IoT先進企業訪問記(55)】センサを活用した予知防災・減災の実現をめざす応用地質 稲田修一:https://smartiot-forum.jp/iot-val-team/mailmagazine/mailmaga-20211022


【著者紹介】
新井 康祐(あらい やすひろ)
次世代センサ協議会SUCSコンソーシアムWG2リーダ

■略歴
2022年 次世代センサ協議会入会、現在に至る