信頼性を求められる直流大電流センサ(1)

忠津 孝(ただつ たかし)
ロイヤルセンシング(同)
CEO
忠津 孝

はじめに

 センサと言うと「感度は」「精度は」と質問されることが多い.しかし実用的にはそれよりも「信頼性」が重要である.特に大エネルギーに関わるセンサは,人命や災害と隣り合わせで使われたり,あるいはシステムのエネルギー効率や商取引の計量等で経済的な影響も引き起こす.本題の直流大電流センサはそのようなセンサの一つである.
 昨今では直流電力の利用は珍しくないが,筆者が「直流電力社会」を意識したのは1990年代後半からである.例えば太陽光発電に関しては1994年に国が住宅用の太陽光発電の補助金制度を設け,1999年には日本が太陽光パネル生産量で世界一になったこともある.また1997年には初代プリウスが発売され,同年に電気事業法に基づく電気設備技術基準が大改正された.この頃から直流電力社会の効果のアピールが始まった.勿論直流電力はそれ以前から,電車饋電,電話回線,メッキ工場,アルミ製錬工場などにおいて使われていたが,これらは不特定多数の市民が接する電力ではなく,常に技術者の監視下で稼働するものであった.ところが直流電力社会では技術者の常時監視下から解放されて使われるようになってきた.ここが従来とは大きく異なる点である.
 そこで監視の役目をセンサに頼ることになり信頼性の向上が必要になってきた.ところが直流電力利用には困難な二大課題があり,その一つは電流の遮断であるが,もう一つが電流の計測である.つまり直流大電流を高信頼性で計測する技術が不十分だったのである.そしてそれは今も続いている.

直流電流センサとは

 直流電流センサは「直流電流も測ることができる」と言うのが現実的だ.つまり厳密にいうと完全な直流だけという電流は存在せず,例えば電池の放電電流なら電池の電圧が少しずつ下がるにつれ負荷電流も緩やかに変化する.また回路の開閉では急激に電流の増減が起こる.これらの変化量は交流成分であり,前者は非常に低い周波数成分で,後者はかなり高い周波数成分を含む.前記の回路の開閉には電子回路による高速なスイッチングも含まれる.このように直流大電流センサに期待される測定可能周波数範囲は,0 Hzから数百kHzまでと広範囲である.しかし全ての直流電流センサにこれが求められるわけではなく,用途によって高域の限界周波数は異なる.ただし0 Hzを計測できることは必須であり,この点が交流を計測できるにも関わらず直流電流センサと呼ばれる所以であろう.なお,直流電流センサには単一方向の電流しか計測できないものもある.この際交流成分は直流電流に重畳していて電流の逆転は起こらないという条件でしか使えない.
 直流電流センサには絶縁型と非絶縁型があり,非絶縁型は抵抗器両端の電位差をオームの法則により計測する方法である.抵抗に電流を流せば発熱し抵抗値に比例したエネルギー損失が生じる.これを抑えるために抵抗値を下げると,微小電流で出力電圧が低くなり S/N比が低下して精度が落ちる.さらに,被計測電流のインパルスノイズや大幅な定格超過が生じた場合,直結している電子回路を損傷しやすいことや,温度特性などを改善可能な負帰還方式(クローズドループ方式)が使えないなど,大電流計測には不向きな点が多い.
 しかし,抵抗器(シャント抵抗器)を用いる方式には他の方式よりも確実に優れている点があり,それは磁気的なヒステリシス特性などがなく『センサによるオフセットが生じない』ことである.
 絶縁型は被計測電流による磁界を磁界センサで計測するものである.この際,如何にして被計測電流の磁界だけを計測するかという工夫が重要である.周知の通り磁界センサの種類は数多くそれぞれに長所や短所があり,その特徴によってどの様な電流センサに向くか別れる.電流センサの用途を大別すると,・校正に用いる参照用センサ,・技術者が管理して使う計測用センサ,・設備や装置に搭載して監視や制御用に使う汎用センサなどに分けられる.
 この中で特に高い信頼性が求められるのは3番目の設備や装置に搭載して用いる汎用センサである.これは長期間維持管理無しで使われる場合が多く,時には極限環境に曝されることもある.例えば身近なところでは車載用が良い例で,特別な用途では宇宙用もある.いずれも維持管理無しの信頼性が求められる.信頼性には動作原理に基づく本質的な信頼性と,動作原理に関わりなく,設計や製造の良し悪しによって決まる信頼性がある.また参照用や計測用は精度的信頼性が必要だが,それは仕様上その信頼性が保証されている物であれば,後は使用する技術者や管理者の責任に委ねられる.またこの様な用途では使用環境は穏やかでかつ使用方法に条件付けができる.そしてこれが人命や災害に直接関わることはない.

直流電流センサにおける大電流領域

 ところで,大電流と言う表現は曖昧であり電流を扱う立場によって感覚が異なる.例えば弱電技術者(電子工学)と強電技術者(電気工学)とでは随分隔たりがあるようだが,筆者は弱電技術者であり直流電流センサにおいては100 Aを超えれば大電流であろうと思っている.その根拠は磁気平衡式(クローズドループ方式)の電流センサを作る場合を考えてのことである.
 磁気平衡式にする目的は精度を向上させるためであり,そのためには磁気コアは閉磁路のリング状にするのが良い.そうすると,負帰還コイルはトロイダル巻きをすることになる.リング状のコアに施すトロイダル巻きは手間がかるだけでなく,品質の均一化も難しい.磁気平衡式では巻数と負帰還電流の積が被測定電流であるため,巻数を減らすには負帰還電流を大きくする必要があり電線を太くしなければならない.細い電線を使うと巻数を増やして印加電圧を高くしねければならない.これはコイルを巻けるスペースに限界があるためである.この課題は100 Aを超えると顕著になってくるために,直流電流センサではこの程度の電流からが大電流だと思っている.

シンプルな大電流センサ

 このように磁気平衡式を採用することによって磁気コアの磁気飽和を避けて高精度の大電流センサを作ることができるが,それでも上記のような課題があり限界がある.そこで,磁気コアを使わずに被計測電流の直近に磁界センサを置いて磁界を計測するコアレスの電流センサがある.しかしこの方法では環境磁界の影響をもろに受けることが課題である.仮に地磁気だけを考えて全磁力(磁束密度)を50 μTとした場合,これを磁界に換算すると約40 A/mであり,約2.5 Aの電流から10 mm離れた位置と同程度である.つまり,磁界センサを電流線から10 mm離して置くと,地磁気の影響だけで±2.5 A程度の誤差が生じると言うことになる.このような電流センサでは複数の磁界センサを対向する位置に配置して環境磁界の影響を相殺する方法もあるが精度は低い.
 ちなみに地磁気は日本国内に限っても地域差が大きく,鹿児島県出水市から神戸を通り福島県いわき市を結ぶ線上でおおよそ47 μT,北海道稚内市ではおおよそ51 μTである.つまり,上記のような電流センサは地域によっても誤差が異なる.
 このほかに光ファイバーを用いた方法などを含めても,磁気コアなしで高精度の汎用直流大電流センサを作るのは今の所困難である.

磁気コアを有する直流大電流センサの避け難い課題

 様々な分野で同様であるが,直流電力分野でも需要が拡大するにつれて効率の向上や安全性の向上及び,設備や装置のコスト低減が必要になってくる.そうすると制御や監視の質の向上も必要になり,それらに使われる電流センサの信頼性向上とコスト低減は必須事項になる.しかし磁気コアを有する直流大電流センサには信頼性に関わる深刻な課題がある.
 それは磁気コアの磁気ヒステリシスに起因する着磁である.着磁は今日製品化されている電流センサの全ての磁気コアに存在すると言って良いだろう.そしてこれが直流大電流センサの特性向上を阻害し直流電力社会の高度化の障害になる.

Fig. 1Fig. 1 定格200 [A]の校正用参照電流センサ(フラックスゲート&磁気平衡式)を校正用計測装置と内蔵された定格5 [A]の校正用シャント抵抗を基準にして器差を求めたグラフ.典型的なオフセットのグラフになっている.ただし,この製品の保証仕様内には入っている.またオフセットの原因は未確認.

 磁気平衡式電流センサでは磁気コア内の磁界が略ゼロになるように負帰還電流を流しており,定格の2倍程度までならこの機能が働く様に作られている.しかしそれでも磁気コア内の磁界は完全にゼロにはならないため,多かれ少なかれ着磁する.したがってプラス側に電流を流した場合と,マイナス側に電流を流した場合とでは,その後0 Aに戻った時の出力値にずれが生じる.つまり使用状況に依存するオフセットが生じるのである.
 これは電流センサの定格内では特性の一つとして仕様書に記載されており,それを見込んだ装置の設計ができる.しかし長期間維持管理無し使われる装置の場合には定格内で稼働する保証はない.例えば近隣の落雷で瞬間的に定格を大幅に超える大電流が流れることは頻繁に発生しており,直流電力系でも同じである.この様に定格電流を大幅に超える電流が流れると磁気平衡式は機能せず,それが瞬間的であってもヒステリシスのある磁性材は確実に着磁する.また,磁気平衡式が機能するのは電流センサが稼働している時だけであり,稼働していない時には定格値以内であっても負帰還電流が流れないために着磁する.さらに電流センサメーカから出荷後の運搬中や保管時の磁気環境,またはセンサを実装した装置の保守点検や修理の際に着磁した工具などの磁界に曝されるなど着磁の機会は多い.
 このような着磁の対策として自己消磁機能がついたセンサもあるが完全に消磁されるとは限らず,また運転中の着磁は連続稼働の装置では対処が困難である.あるいはフラックスゲート方式では交流励磁によって消磁されると言う考え方もあるが,現実には完全に消磁されることはない様である.
 そしてホール素子や磁気抵抗効果素子を用いた電流センサの場合は,それらの素子にもドリフトするオフセットがあるため,着磁の回避だけでは解決しない.


次回に続く-




【著者紹介】
忠津 孝(ただつ たかし)
ロイヤルセンシング合同会社 CEO

■著者略歴
専門分野:磁気応用センサ
九州大学大学院総合理工学附量子プロセス理工学専攻 博士(2012年)

2002年:磁気ブリッジ方式(磁気検出方式)を提案/特許査定
2004年度:加速器用電流センサ共同研究開発(SPring-8)
2005年~:磁気ブリッジ型磁界センサの宇宙実証共同研究(JAXA)
2008年:磁性流体を用いた電流センサの提案/特許査定
2013年:磁性流体磁気ブリッジを用いた電流センサの共同研究開発(産総研 計測標準研究部門)
2014年:定励磁磁束方式電流センサの提案/特許査定
2017年:波状磁束型磁界センサの提案/特許査定
2018年:ロイヤルセンシング合同会社設立 代表に就任 現在に至る
現在は磁界センサと電流センサの新技術の研究に取り組んでいる.