1.はじめに
株式会社KRIフェロ&ピコシステム研究部では、MEMSと磁気制御を基盤技術としてIOT/ロボット分野や脱炭素に貢献する分野に向けた磁気応用デバイスの研究開発に取り組んでいる。
具体的磁気応用としては、磁性流体熱輸送や磁気冷凍などの冷却用途、磁気式触覚センサや磁気リニアアクチュエーターなどのロボット用途、電磁誘導振動発電などのIOT用途などが挙げられる。この様に磁気応用は用途が広範に渡っており、今後の実用化が期待される分野である。
本稿では、破壊に強い柔らかい磁性材料を用いた環境振動発電に焦点を絞って弊社の研究の一端をご紹介する。
2.磁性エラストマ
昨今、磁性エラストマー(磁性を有する粘弾性材料)とよばれる機能性材料が注目されている。この材料は、例えば、シリコーンゲルやウレタンゲルなどの粘弾性材料に鉄粉等の磁性微粒子を分散・硬化させたものであり、粘弾性と磁性との2つの性質を兼ね備える。この種の機能性材料は、外部磁場によって、硬さや粘弾性が変化(MR効果)し、また変形を誘起される(磁歪効果)ため、ソフトアクチュエータ1)、免振装置2)、可変軸バネ3)など応用研究が盛んにおこなわれている。
筆者らは磁性エラストマの鉄粉の代わりに永久磁石粉を用いて材料自体に保磁力を有する機能性材料を提案し、変形により磁化が変化する(逆磁歪効果)特性を利用した環境発電の研究に取り組んでいる。
3.環境振動発電
3-1.供試体
供試体としては、図1に示す様に直径18mm、高さ18mmの円柱状永久磁石エラストマを用いた。分散媒はシリコンポッティングゲル、分散質は永久磁石粉(混合割合は60w%、70w%)であり、型に入れて加熱硬化後に6Tの磁場を印可して着磁してある。
エラストマ硬化時に無磁場で硬化させた際には、エラストマ中に磁粉がほぼランダムに配向した状態であり、エラストマ硬化時に厚み方向に磁場を1.5T印加して硬化した場合には、磁粉は厚み方向に配向(クラスター化)した状態になっている。ランダム配向と厚み配向(クラスター化)状態の模式図を図2,図3に示す4)。
3-2.振動発電実験
磁性エラストマを用いた振動発電実験系を図4に示す。供試体をコイル中に設置し、正弦波形の強制振動を与え変形させ、ファラデーの電磁誘導により発電をおこなった。加振ストロークは10mmと一定とし、加振周波数をパラメーターとし実験をおこない、誘導起電力を測定し、その値をもとに発電量を算出した。
誘導起電力は、基本式 V= – N dΦ /dt で表され、磁束の時間変化量に巻線数を乗じた量で表され、磁性エラストマの変形により時間当たりの磁束変化量を大きくすることがポイントになる。
実験結果を図54)に示す。
3-3.発電実験結果
最大発電量は、10Hzの振動周波数の時に磁石粉のクラスター形成あり、磁石粉配合割合70w%の時に約900μWを記録した。
実験範囲内では、磁石粉の配合比率が多いほど、振動周波数が高いほど、発電量は大きくなっていく傾向にある。配合比率が多い方がエラストマの表面磁束密度が上昇していく一方で、70w%より多くすれば、弾性の劣化が起こり振動の周波数追随性が悪くなる傾向にあり、配合比率や振動周波数は適正な条件が存在する。また、エラストマ中の磁石粉のクラスター有(磁石粉の厚み方向の配向)は、なし(ランダム配向)と比較すると、条件により1.6倍から2.0倍程度の発電量となり、クラスター形成はエラストマ表面磁束密度が高められ、発電量には非常に有効である。
次回に続く-
参考文献
- 岸、下野、出口、藤井、山本、磁場配向の異なるエラストマ磁石を用いたフレキシブルリニアモータの比較実験、電気学会産業応用部門、(2021)
- Y. Li et.al., Smart Mater. Struct., 22, 035005, (2013)
- 梅原ら,鉄道総合研究所, 鉄道車両を支える台車技術、2018年5月号 Vol.75 No.05
- 特開-2019-22435
【著者紹介】
藤井 泰久(ふじい やすひさ)
株式会社KRI フェロ&ピコシステム研究部 部長
■略歴
1988年 東京理科大学理工学部卒業
1988年 ローム株式会社入社
サーマルヘッド、インクジェットヘッドの開発
1997年 ミノルタ株式会社入社
ライン型インクジェットヘッドの開発、MEMS開発
2002年 株式会社KRI入社 フロンティア研究部 研究員
流体MEMS研究開発(バイオチップ、マイクロリアクター、嗅覚センサなど)
2014年 フェロ&ピコシステム研究部 部長
~現在 磁気MEMSの研究開発(振動発電、触覚センサ、磁気冷凍・磁性流体冷却など)