今後のセンシングは如何に進化するのか
New Concept and Functions in Future Sensing Technologies

東京工業大学名誉教授
一般社団法人次世代センサ協議会会長
小 林 彬

1.はじめに

 世の中、IoT、Society5.0、DX化の時代が叫ばれており、中でもセンサ技術への期待は大きい。重要な視点で有り、これを掛け声だけに終わらせてはなりません。
 しかし、この点、どのような分野で、どのようなセンサ技術/センシング技術が求められ、どのような役割を果たすべきか/果たすのかの意味で、中身のある議論が少ないのは残念であり、実際目に見える実績は挙げられてはいませんが、現時点は、今後新しいセンシング技術の創出を基盤として膨大な市場が拓かれようとしており、我々はその岐路に立っております。以下においては、このような認識の下、今後のセンシング技術は如何に進化するのかを考えてみます。

2.新領域における膨大で潜在的なセンシングニーズへの対応

 従来、センシング技術は、主としてインダストリー(製造業)において活用され、製造プロセスの機械化・自動化に貢献し、所謂オートメーションを推進し一時は日本を世界一に押し上げる原動力ともなったのです。
 一方、IoT、Society5.0ということは、センシング技術の側面から受け取ると、今まであまりセンシング技術が使用されてこなかった分野へも適用するということで、言わばセンシング技術未開拓領域への進出が求められていることを意味しています。
 即ち、今後は、製造業のみならず、それとは異なる非製造業分野(一次産業、サービス業、流通業、アミューズメントなど)にまでセンシング技術(センサ技術、計測技術)の適用範囲を拡げることになります。

図 センシング技術適用領域の拡大
図 センシング技術適用領域の拡大

 この点、具体的ニーズは必ずしも明らかではなく、現状潜在的なものではありますが、思考実験してみれば直ぐ分かりますように極めて膨大なセンシングニーズが存在することが推察できるのであります。
 例えば、最近のコロナ禍で浮彫にされましたたように、換気モニタリング用にCO2センサを活用することが有効とされていまする。換気モニタリングが必要と考えられる所は、各家庭の室内ばかりでなく、一般事務所、病院、乗用車や電車の車内、学校教室内、遊興施設内、等であり、その市場は膨大です。
 また、電力消費のモニタリングについても、カーボンニュートラルの観点から、そのモニタリングの重要性が指摘されており、工場の大規模施設から、家庭内の小規模利用に至るまで様々なフェーズが存在します。家庭内においては、電力の小規模利用とは言いながら、個数の点で圧倒的であり、また、家計管理との関連からかなりの関心が持たれているのも事実です。

3.適用領域の拡大はセンシング技術にとって何を意味するのか

 前述のように、今後センシング技術適用領域が拡大することは明らかですが、このことはセンシング技術にとって何を意味するのでしょうか。
 製造業としてプロセス産業を考え、非製造業として社会インフラにおける道路橋梁管理業を例にして、適用領域が変わることによりセンシング技術として何が変わるのか考えて見ます。
 センシング技術上管理すべき測定項目は、前者では:温度、圧力、流量、レベル、等であり、後者では:振動、撓み、劣化・損傷、固有周波数、等です。
 また、各測定項目のモニタリングを基盤として考慮すべきマネジメント項目は、前者では:エネルギー効率、生産速度、歩留まり、等であり、後者では:橋梁健全度、橋梁の残存寿命、等であります。
 さらに、価値観、思考パターン、文化、習慣、等に相違が有り、行政・一般人との繋がりの濃さ、等についてもかなりの温度差が存在しています。
 従って、センシング技術が新領域に展開することに伴い、新しい測定項目が必要となり、且つ新しい評価項目が求められ、それぞれへの適切な対応が要求されています。
 一般に、世の中が変化するということは、新しい機能・性能を持つシステムが要求されることを意味し、他方、新しい機能・性能が実現されているかを検証するため、相応しいインデックスが創出されることになります。この新インデックスに基づきシステムの状態を適切にモニタすることも新たなセンシング系の役割です。「センサを制する者はシステムを制する!」の言葉も存在します。

4.新センシング技術による効用:生産性向上2.0への期待

 センシング技術が新たな領域に広く浸透して行くことになりますが、それによって世の中に齎(もたら)される何か新しい効用が生まれるのでしょうか。
 勿論、生まれる新しいセンシング技術には、対象により様々なレベルのものが考えられ、特に強調することもないものも出てくるには違いありませんが、技術的に重要な効用の一つとして「生産性向上2.0への期待」に触れておきます。
 上述の進展の中で、DX化が伴うことは言うまでもありません。この場合、デジタル情報がアナログ情報と異なる大きな違いの一つは、その情報の検索可能性であり、且つ情報間の紐付けによる関連情報の提供の容易さにあります。
 そのような紐付けのネットワークシステムが整備されることが前提ではありますが、このネットワークの中に、センシング技術により収集される様々なデジタル情報を積極的に組込むことこそ真の意味でのSociety5.0の実現で、そこでは生産性向上2.0が大いに期待できるのです。
 すなわち、嘗て、生産性向上が叫ばれたオートメーション化の時代には、生産速度の向上、生産効率の向上、生産における省エネルギー化、測定の機器計測化、等が目的とされ、製造設備の改善による生産性向上が図られました。これが、生産性向上1.0と呼びたい体制です。
 これに対し、生産性向上2.0は、製造設備を超えて、広く人間の加わったシステムを対象とし、人間の作業を支援し、人間作業に伴うリードタイム短縮とその品質向上を目指すものです。
 行政における事務作業も含め、人間の作業は、必要な情報(データ)を収集し、状況(状態、要望、問題点)を判断し、それに対応する意思決定(結果判定、行政対策)を行うことの連鎖と考えられます。この連鎖において、情報収集を迅速に実行し、状況判断に必要な判断基準や適正な統計データをタイムリー且つ分かり易く表示することについて、前述の紐付けネットワークシステムを効果的に活用すれば、人間作業に伴うリードタイムを短縮でき見落としの少ない意思決定が実現出来ると期待しています。



【著者紹介】
小林 彬 (こばやし あきら)
東京工業大学 大学院理工学研究科 機械制御システム専攻 教授
東京工業大学 名誉教授
次世代センサ協議会 会長

■略歴
昭和44年03月 東工大理工学研究科博士課程修了(制御工学専攻)、工学博士
昭和44年04月 東工大工学部 助手 (1969.04)
昭和50年08月 東工大工学部 助教授 (1975.08)
昭和62年12月 東工大工学部 制御工学科 教授 (1987.12)
平成5年4月  東工大工学部 制御システム工学科 教授 (1993.4.)
平成6年4月  東工大総合情報処理センター教育・研究専門委員会委員
平成12年4月 東京工業大学 大学院理工学研究科 機械制御システム専攻
平成13年4月~平成15年3月
東京工業大学 保険管理センター所長
平成17年03月 東京工業大学 大学院理工学研究科 定年退職 東京工業大学名誉教授
平成17年04月 大学評価学位授与機構客員教授
平成17年04月 帝京平成大学現代ライフ学部教授
平成22年04月 帝京平成大学現代健康メディカル学部教授
平成24年03月 帝京平成大学定年退職

■賞罰
昭和48年08月 計測自動制御学会学術論文賞受賞
昭和55年08月 計測自動制御学会学術論文賞受賞
昭和61年07月 計測自動制御学会学術論文賞受賞
平成5年5月 日本ファジィ学会;著述賞。「あいまいとファジィ」
電気学会編、オーム社発行(1991)
平成4年10月 (社)日本産業用ロボット工業会;工業会活動功労者賞
平成8年07月 計測自動制御学会フェロー受称
平成17年08月 計測自動制御学会学術論文賞受賞
平成15年10月 東京都科学技術振興功労者賞
平成23年10月 経済産業省産業技術環境局長